メールマガジン/WEBマガジン

新川タイムズ

中村 昌允

2021/02/04 業界コラム

これからの安全と技術者の責任

 日本の安全管理は岐路に差し掛かっている。これからの安全管理には3つのポイントがある。  一つ目は「現場力の低下」である。 製造現場の年齢構成は、従来は「二山構造」をしていたが、ベテランの退職により「一山構造」に移行しつつある。若年層はトラブル経験が少なく自動化された設備を運転しているので技術・技能を身につける機会が少ない。  二つ目は「どこまで安全を求めるか」である。 日本社会の安全認識はグローバルな認識とは少しずれている。日本はリスクのないことを安全と考えているが、ISO/IECの「ガイド51では「許容できないリスクのないこと」を安全と定義している。「リスクゼロ」は理念目標であって、実現のためには無限の投資を必要とする。すなわち「どこまでのリスクを許容するか」が問われている。  三つ目は人工知能(AI)、ドローン等の最新の技術進歩を取り入れて、これからの管理体制を構築していくかである。 安全は「人的能力」と「物的能力」との「積」で決まる。人的能力の低下は、設備・システムで補っていく必要がある。これまでは「ボトムアップの安全管理」に依存してきたが、これからはトップ主導の「リスクベースの安全管理」が求められる。...

東京工業大学 特任教授
中村 昌允

2020/09/28 業界コラム

「Fukushima 50」から学ぶ安全管理

 映画「Fukushima 50」が3月6日に封切られた。コロナの影響で一時上映が中止されたが、7月から再度上映され大ヒットした。  この映画は2011年3月11日に起きたマグニチュード9.0、最大震度7という、日本の観測史上最大の地震となった東日本大震災時の福島第一原発事故を描いたもので、原作は門田隆将氏の「死の淵を見た男」(1)である。 福島第一原子力発電所(第一原発)は地震後、大津波に襲われ、非常用電源が破壊された。そのために、すべての計器の電源が失われ、電動弁も動かず、真っ暗闇の中で原子炉の冷却作業に苦闘する作業者たちの姿が描かれている。 主人公は、現場の最前線の中央制御室で奮闘する当直長の伊沢で佐藤浩市が演じており、免振重要棟で現場に指示を出し、一方では東電本店や官邸からの指示の中で苦闘するリーダー吉田昌郎所長を渡辺謙が演じている。  映画のストーリーは原作に忠実につくられており、原発政策の是非や官邸側からの描写は描かれておらず、徹底して「現場を見つめる視点」となっている。 第一原発に残った地元福島出身の名もなき作業員たちは、世界のメディアから “Fukushima 50”(フクシマ フィフティ)と呼ばれ賞賛された。死を覚悟して発電所内に残った作業員たちが「どんな思いで現場への突入を決断したか」、その時、一人一人が残された家族への思いをはせ、それでも「自分が突入しなければ最悪の事態になる。何としてもその事態は避けねばならない」という強い使命感のもとに行動している姿が描かれている。 技術者には「緊急事態に陥った時、どのように判断し、行動するか」という観点で、経営者には「組織のあり方やリーダーの指導力」という観点で、一般の方には「現場で働く技術者たちがどの様な思いで仕事をしているか」、「技術者の性(サガ)とはどんなものか」という観点で、是非、鑑賞していただきたい映画である。  一人の人間が、このような巨大事故を経験することは滅多にない。 安全に携わる者は、この事故を自社とは関係のない原子力関係の事故として捉えるのではなく、「そこで問題となった安全管理上の課題が自社にはないか」という視点でチェックし、自社の安全管理に活かすことが求められる。 それが、この事故の収拾に尽くされた多くの方々の労苦に報いることで、その観点で、事故から学ぶ安全管理上の課題を述べてみたい。  安全管理上の課題を下記の5点について述べる。 緊急事態発生時における現場と本社との関係巨大事故に対する備え(どこまでの津波対策を実施するか)停電対策IC(緊急冷却設備)ベント(原子炉内圧の外部への放出)...

東京工業大学 特任教授
中村 昌允