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Column

理解と工夫から新しい創造を No.6
展示会の役割と楽しみ

東京大学 情報理工学系研究科 システム情報工学専攻 教授 安藤 繁

東京大学 情報理工学系研究科
システム情報学専攻 教授 安藤 繁
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私が講師になりたての頃ですが、学科教員の会議の場で、ある報告書が回覧されました。「設計教育」をテーマに、そのあるべき姿を多くの学科の先生が集まって議論した内容をまとめたものです。その報告書をぱらぱらと眺めていた中に、どなたかの先生が書かれた「設計教育とは、合理的なものを美しいと感じる力を養うことである」という文章を見つけ、はっとするとともに、じわーっと湧いてくるような深い感動を覚えました。

この文章はいろいろな意味で心に響きます。「合理性」は共通な理性の世界のもの、「美しさ」は個人の感性の世界のものですが、教育はこれらを結び付けられなければなりません。我々はそれらが結びつくことを勉学と研鑽の理想とせねばなりません。また、この文章はものの形のあるべき姿を主張しています。 合理性を突き詰めて得られる形には、人の作為を超えた美しさがあります。本質が示す美しさは誰の心にも浸透します。突き詰める手段としての論理的思考力や実験分析改良の反復の重要性、私が常に学生に伝えようとしていることでもあります。反合理性こそが美というような風潮に対する工学者としての信念に基づく反論も感じられます。思い出すたびに味わいが深まって行きます。このような短い中に多様な本質を言い表す文章を書いてみたいものです。

哲学じみた話と思われるかもしれませんが、形ある「もの」への関心とこだわりは、実は技術者なら誰でももっているのではないでしょうか。私は特にそうで、意味ありげで特徴的な形のものは、なぜ?どうして?とその理由を考えずにはいられなくなります。それが人工物なら、生み出した才能にあこがれを感じたり、それなら私も、とライバル意識とやる気が刺激されることもあるでしょう。「もの」と「形」は技術者の自己の表現であり、技術者どうしの共通語であり、興味と理解と新たな発想を引き出す活力源・成長源なのです。今回の主題はここにあります。このような共通語としての「もの」と「形」を媒体として、技術者の関心や新たな発想、問題解決を効率的にサポートしてくれる場が、表題の「展示会」であると私は考えています。

たくさん並んだブースの中を多くの人が最新情報の取得に訪れる展示会の風景
図1. たくさん並んだブースの中を多くの人が最新情報の取得に訪れる展示会の風景。最近は産学共同をテーマにしたブースが用意され、大学の研究室でも研究公開の機会が多くなった。(2010年6月画像センシング展、2010年12月国際画像機器展の産学連携関係のブースにて)

私が展示会を訪れる機会はたびたびあります。業界団体が恒例で開催しているものの他に、国際会議や国内学会の大会等と併催されるものもあります。私の関係はセンシングに関連するものがほとんどですが、それでも、画像検査機器、ビジョン機器、光計測機器、光デバイス、マイクロセンサ、MEMS製品や製造機器、音響振動騒音検査、計装制御関連機器などたくさんあります。いずれも後で述べるように非常に実質的な展示会で、「もの」を見ながら話したり考えたり想像したりする楽しさを存分に味わえるため、機会と時間がある限り、見て回るようにしています。ここ数年は、自分でも国のプロジェクトの一環として画像センシングの研究開発を行っている関係で、積極的に技術を公開し、ニーズを把握し、応用展開を広げてゆくことが求められています。横浜や東京お台場や浜松の展示場など、毎年2、3度は開発装置を持ち込んでデモを行い、私自身も説明員として立つこともしばしばです。

それにつけても、センシング技術に関連した展示会は、実質があり、行くだけの満足感があります。これはどうしてでしょう。ステージ上ではなやかに宣伝文句を並べたり記念グッズを配ったりの展示会もありますが、これとは対照的に、小さく地味なブースがたくさん並び、説明員は大体はベテランとおぼしき男性ばかり、おそらく開発技術者当人や技術の分かる営業担当者なのでしょう。訪れる方も技術系の人ばかり、おそらく開発担当か研究開発企画の技術者や教員・学生がほとんどのように思われます。特定の商品を見に来たというよりは何かないかと目をこらしながら見て回り、あちこちのブースを訪れては、ジーッとのぞきこんだり、説明を聞いたり、質問をしたりしています。ですが、これがいいと私は思っています。実質的な情報収集と情報交換は、本来あるべき展示会の理想の姿そのものです。カタログだけ手提げに一杯にして帰ったり、目指す商談だけで終わりであってはなりません。参加する企業のビジョンも大切です。多くの企業が集まることで業界と技術分野の存在をアピールし、お互いの切磋琢磨の中でそれぞれに独自の発展をなす。このダイナミズムにひかれて多くの人が集まるのです。自己の技術を隠して目先の利益を守ろうとする企業であってはなりません。

センシング関連の展示会は、展示される物に、形に特徴のあるものや、実際にその場で動作させられる物が多いのも特色です。各種マイクロセンサやMEMS製品はできあがった形だけでなく、それを作るプロセスにも興味がひかれます。光関係のデバイスや光学測定器も形が美しく、形と機能の結びつきを想像するのが楽しく刺激になる機器です。音響関係、特にアレイ型の機器はその形から測定戦略やアルゴリズムまで見えてきます。各種画像検査機器では、実際に検査対象を提示しながらのデモが印象的です。展示している方はその高速さや正答率を一生懸命アピールしているのですが、私の方はその説明は上の空で照明のあて方などの工夫の方に目が行ってしまいます。いずれも「もの」を介したコミュニケーションならではの特色です。

上記のような実質的な展示会が盛況を維持していることには、センシングの技術と適用対象、それらを必要とする環境の特徴が現れているように考えられます。要するに、多くの技術者が日常的に問題に直面し困っていて、その解決策をセンシング技術に求めているのです。

センシング技術の特徴の第一は、その種類の多さです。千差万別いや「センサ万別」と言われるように、センサは物理現象ごと、対象ごと、適用環境ごとに異なり、個別的で、汎用品で済むことがほとんどありません。最終製品、例えば自動車や家電製品に組み込まれた数多くのセンサと役割の広さを考えてください。製造ラインや装置においては、温度、流量、圧力で済んだのは昔の話で、形状や傷や欠陥や異物など、製造物ごとに異なる数多くの品質指標がセンシングの対象になります。近年の特徴は高品質化、安心、安全への要求の高まりです。最終製品のメーカもそうですし、メーカに製造装置を提供するメーカも厳しい対応が要求されます。大量生産がルーチン的で順調に行われるなら問題は少ないですが、どうしても例外が発生します。原料から入る場合、部品から入る場合、機械の故障で入る場合、ヒューマンエラーで入る場合など、多種多様です。例外を取りきろうとする時、例外を検出して対処しようとするとき、どうしてもセンシング技術が必要になります。原材料の種類が多く、生産が大量で高速なだけに、人間による対応は困難で、やむを得ず行う場合でも、コスト高やたまに起きるミスが問題になります。人の幅広いセンシング能力ですら不足だとすれば、未だ人間に比べてはるかに未熟なセンシング技術では、数と種類と、それを世話し続ける技術者の努力で対応せざるを得ません。

センシング技術の特徴の第二は、センシング対象が常に拡大し、質的に新しい技術や方法論が求められる点です。従来の技術の高性能化だけでは済みません。例えば、商品の安全安心に関しては、その流通段階や使用段階まで、管理を求められる領域が広がりつつあります。商品の新たな付加価値として、ヒューマンインターフェースの充実、センサ内蔵による機能の向上が大きな流れになっています。製品の情報化が今後ますます進んでゆくことは明らかで、一旦ここに乗り出すと、製品のサイクルが速いため、常に更新や改良を求められます。画像処理では、工場や製造装置の中など、対象とその置かれる状況を都合よく制限可能な場合を「整備環境」、これらが不可能な場合を「非整備環境」と呼んで、後者の難しさとこれからの課題の多さを表現します。現代のセンシング技術は、この困難さに立ち向かおうとしています。

最後に、私どもも最新の研究成果を近々出展しますので、その宣伝を兼ねて簡単に内容を説明します。場所はパシフィコ横浜の画像センシング展(6月8日から10日)で、(財)浜松地域テクノポリス推進機構のブースで、私と共同開発企業のいくつかが時間相関イメージセンサの応用を紹介します。私自身はオプティカルフロー検出をデモする予定です。

オプティカルフローとは、画像に写る光の明暗の動きの速度場のことです。撮像対象が動いたり、カメラが動いたり、撮像環境が変化すると、画像には場所ごとに異なる複雑な明暗の移動が生じます。これを高密度な速度ベクトルのアレイとして抽出するのがオプティカルフロー検出です。オプティカルフロー検出には様々な応用があります。立体的な画像解析により、三次元環境中の対象の動きと位置を求めることができます。計算機による視覚認識が格段に高度化されます。移動体の認識、人間の動作の認識、ヒューマンインターフェースなどへの応用が期待されます。複雑な運動場を高時間空間分解能に検出できます。応用には、流体の流れ解析(粒子画像計測、PIV)や集団行動の動態解析などがあります。研究には長い歴史がありますが、膨大な処理を行っても精度と分解能を出すのが大変困難でした。

今回展示するシステムは、時間相関イメージセンサを用いることで始めて可能になったもので、1画素、1フレームだけでオプティカルフローを検出できます。フレーム間の移動量の制限はありません。アルゴリズムは数学的に厳密な解を少数回の代数計算だけで生成します。この夢のような能力の秘密は、時間相関イメージセンサの複素変調撮像(位相スタンプ撮像)にあります。得られる画像には部分部分の速度の情報が複素数の分布として埋め込まれています。これを強度画像の画素値と複素画像の画素値の連立計算によって取り出します。

下図にその一例を示します。写真中のカラーの線は、線の長さと方向が速度ベクトルの大きさと方向を、さらに見やすくするため色相でも速度の方向を表示しています。その装置の仕組みと能力を是非ご自身の目でご確認ください。

今回私が展示する実時間オプティカルフロー検出装置の検出例
図2.今回私が展示する実時間オプティカルフロー検出装置の検出例。2画素おきの格子点上で1フレームの移動速度を検出し表示している。写真中のカラーの線は、線の長さと方向・色相が速度ベクトルの大きさと方向を示す。左は表情や動作の検出例、右はアルミ粉末を散らした水面の流れの検出例。

技術者は努力と工夫の成果を「もの」と「形」で表現し残すことができます。それが製品に組み込まれ広く使われるのですから、充実感はひとしおでしょう。大学ではそこまでいかないのが残念ですが、私も、自然・生物から人工物まで、日頃の不思議の観察と思考を楽しみながら、新しい課題へチャレンジし、できれば将来のセンサの開発につなげてゆきたいと思っているところです。

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