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Column

創造のなぎさに遊ぶ No.4
女王陛下の手術ロボット

東京大学大学院 情報理工学系研究科 システム情報工学専攻 教授 生田 幸士

東京大学大学院 情報理工学系研究科
システム情報学専攻 教授 生田 幸士
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ジェット機の窓から見る成層圏は、濃い藍色から淡い青色まで正確に並べられた色見本を思い出させる。透き通ったこの碧い空間には、艶かしい羽衣の天女よりも白い羽根の天使が似合うと感じるのは、フライトがすでにヨーロッパ上空まで来たせいかもしれない。今回の出張は



3泊5日のロンドン出張

ジェット機の窓から見る成層圏は、濃い藍色から淡い青色まで正確に並べられた色見本を思い出させる。透き通ったこの碧い空間には、艶かしい羽衣の天女よりも白い羽根の天使が似合うと感じるのは、フライトがすでにヨーロッパ上空まで来たせいかもしれない。


探検家リビングストンの像探検家リビングストンの像

今回の出張はオリンピック直前のロンドンである。手術ロボットに的を絞った中規模の国際会議がテムズ河の北、インペリアルカレッジで開催された。正確には王立地理学協会(勝手な和訳)が会場である。世界的探検家のリビングストンを記念して創立された組織である。赤レンガの古風な建物の内部には登壇者と観客が一体感を持てる広さの円形ホールや会議室がある。高い天井の会議室や廊下の壁には、多くの肖像画が掛けられている。学会中、庭園では写真展が開催され、市民が自由に出入りして楽しんでいた。


西隣には有名なロイヤルアルバートホールがあり、南側には、巨大なフロンドザウルスの化石とダーウインで有名な自然史博物館や、ワットの蒸気機関からトヨタ織機まで展示されている科学博物館など文化の中心である。目の前は市民の憩いの場、ケンジントンパーク。日本なら皇居前広場か日比谷公園周辺のようだと言いたいが、規模を比べると英国に失礼であろう。



王立地理学協会(学会会場)
学会ホール
王立地理学協会(学会会場)
学会ホール
ロイヤルアルバートホール
ダーウインの自然史博物館
ロイヤルアルバートホール
ダーウインの自然史博物館

ロボットは人を助けるか?

手術ロボットといえば、近年、米国のダビンチが日本でも認可され導入が進められている。1台2億円以上の超高額医療機器であるが、世界ではすでに何百台も稼動している。お腹を大きく切り開かないで、体表に開けた1センチ程度の穴から内視鏡と棒状の鉗子を入れ、外から操作して手術をする低侵襲手術用の遠隔操作ロボットである、誤解の無いように説明しておくが、あくまでの手術をするのは外科医であり、まだロボットが自動で手術することはできない。ロボットは人間の手の拡張なのである。


筆者は、手術ロボットとは本来どんな名医でも不可能な手術を可能にするのが最重要だと思って研究をしてきたが、ダビンチはまだそこまで到達していない。日本では名医が多いため、人間の方が早く安全にできる手術が多い。欧米では少し事情が違い、日本人ほど器用な外科医は多くないため、手術レベル全体の向上に貢献していると言われている。


現在、世界で認可を受けた商用遠隔手術ロボットはダビンチだけである、そのためサイズも大きく、可能な作業も限定されまだ発途上である。最近では、筆者らが10年前に提案開発した直径2、3ミリで柔軟なヘビ型(正解にはミミズ型)ロボットの研究開発が活発化してきた。今回の国際会議でもこのカテゴリーが主要であった。そのため、医療用ではないがヘビ型ロボットの世界のパイオニアとして著名な広瀬茂男東工大教授が基調講演に招待され、すばらしい講演をされた、医療ロボットの最新成果に関しては、別の機会に詳細を紹介したい。


ハムリンセンターの衝撃

学会のランチタイム、筆者と広瀬先生は、インペリアルカレッジ内の「ハムリン研究センター」を案内してもらった。学会の主催者である盟友ヤン教授が開設したこのセンターは3つの組織から成り立っている。開発部門と動物実験部門に、患者に適用する臨床部門である。近代的な5階建ての2、3階が中枢の開発部門である。内部はSF映画か007映画の首領の基地のような超モダン。廊下と研究室はガラスの壁で仕切られ、ガラスにはインペリアルカレッジの学色で明るいブルー基調としたデザインが施されている。LEDによる間接照明も巧みである。


ダビンチやゼウス、イソップなど米国ベンチャーの手術ロボットが稼動状態で置かれ、湾曲した壁一面がスクリーンになった部屋に案内された。まるでシアターである。ヤン教授も医療シアターのつもりだと話していた。驚くことに、すべてヤン教授のデザインとのこと、以前から彼は建築デザインを趣味としていると話していたが、プロ以上である。


全面ガラス窓に面した別の研究室には開発中の手術ロボットがあり、イタリア出身の若い女性研究者が説明をしてくれた。EUはもともと各国の研究者が融合しているが、ここも同様。


ヤン教授の部屋はペーパーレスで、巨大なマッキントッシュの液晶ディスプレーを中心に、ガラス製のテーブルなどすべて、クリーンなクリスタル系でこれまた映画のよう。「僕は、仕事場は研究者の頭の中を現すと思うんだよね」と言われ、一瞬英語が出なくなった。筆者の教授室を知る広瀬先生は、隣で爆笑であった。


読者もぜひ、リンク先をクリックして、ハムリンセンターのホームページを覗いてほしい。私が興奮したモダンなインテリアと、最先端研究の場を感じれるはずである。


ハムリンセンター誕生秘話

見学も終盤になり、同業者としてもこのセンターの設立経緯と予算の出所を知りたくなくなるのは人情。


「大型予算に申請して、うまく当てたんだよね?」


「ノーノー! クリスマスプレゼントだよ」


彼は満面の笑顔である。またまた英語が出なくなった。今回は広瀬先生も顔全体が?マークで埋まった。以下がヤン教授の説明の概略である。


実は数年前、名門ハムリン家のクリスマスパーティーに招待された。宴の終盤、招待客全員に恒例のプレゼントが渡された。大半は価値のある趣味的な品々であった。ヤン教授は自分の名前の箱を開けたら、それが、「莫大な先端研究予算」であった。89年に中国から夫婦で留学に来た彼にである。日本ではあり得ない話である。彼は全力で、医療ロボットの研究開発センターを構築し、順調に成果を揚げている。最近はエリザベス女王らの訪問も受けた。「やっぱりここには天使が降りている!」


天使を呼ぼう

一般の理工学の研究分野と比べ、より国民生活に密着する医療ロボットでは、お国の違い、文化の違い、国民性の違いが大きな影響を及ぼしている。帰途、機上から朝日に染まる赤富士に向かい日本での天使の出現を願ったが、天女も降りてくれるか怪しい。さらに研鑽を深めて、奇跡を待ち構えよう。



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No.1 小さな機械で大きな夢を
No.2 パリでの日本再考
No.3 たまごが割れたら、ブレイクスルー!
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Vol.4 No.7
2012年07月10日号

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