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Column

創造のなぎさに遊ぶ No.6
馬鹿になってノーベル賞

東京大学大学院 情報理工学系研究科 システム情報工学専攻 教授 生田 幸士

東京大学大学院 情報理工学系研究科
システム情報学専攻 教授 生田 幸士
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見事なノーベル賞

山中先生のiPS細胞創造の独創的研究にノーベル医学生理学賞が決まり、研究者として心から祝意と敬意を表したい。研究業績に関しては、すでにマスコミや科学雑誌が詳細に報道しているので、皆さんもご存知であろう。簡単に言えば、人間の臓器や皮膚などすでに分化した細胞を、たった4個の遺伝子で分化前の幹細胞に「初期化」する方法を発見したことである。


PC内のHDDやメモリでは、初期化したつもりでも実は情報は物理的に磁気ディスク上に残っているが、今回のiPS細胞は本当に内部構造が変化して初期化されている。だから、ここに別の遺伝子や魔法の化学物質をパラパラとふりかけてやれば、心臓や神経などいろんな細胞に再び分化することができる。細胞レベルではあるが、「人生やり直しができる」わけである。


世間では人生やり直したいと思っている人は少なくないが、iPS細胞の手法では臓器の再生は可能だが、その寿命が延びるかは不明。子供に戻ることも困難である。クローン生物が長生きできない理由も遺伝子と修復能力の劣化疑われているが、まだ完全には解決されていない。(1982年にすでにこの問題をテーマにしたSF映画がリドリースコット監督作品「ブレードランナー」である)


ただし、人体すべての初期化は困難である。もし遠い将来それが可能になっても、記憶もすべて初期化されては、再生されたぴかぴかの自分は別人で、本人は死んだも同然。どこかに記憶を一時保存しておいて、脳細胞に再度移植できるなら、意識は続くかもしれないが。



山中先生の真の素晴らしさとは

数多くの山中先生賞賛の報道の中では十分に語られていないことがある。それは彼が京大に移動する前、整形外科医から研究者になった苦難の経緯と、奈良先端大学院大学での研究アプローチである。まず前者は、最近TVでもドラマ仕立てで放送されていたが、現在の日本の医療制度と、普通の大学で医師をしつつ独自の研究することへのサポート体制の劣悪さである。基礎医学の講座では患者さんを診ないで研究だけに集中できるが、外科や内科など臨床系の講座では早朝から診察、治療、会議が続き、夜になってやっと自分の時間が取れる。しかも一部のトップ大学しか十分な研究費が得られない。医師が実験動物のお世話で忙殺されることも珍しくはない。山中先生もこの環境でうつ病になりかかったと話されている。


しかし、ここからが人生の分かれ道。諦めず、海外の大学や研究所に、何十通もの採用応募書類を送り続け、留学のチャンスをつかみ研究者になった経緯は情熱と「根性」の賜物である。研究は頭だけではできないといわれるが、同感である。



根性の研究アプローチ

さらに奈良先端の助教授になってからがまた大変。特に大きな研究予算があるわけではなく、学生もいろんな大学からの寄せ集めである。筆者も九州の飯塚の大学に在籍したことがあるが、研究能力は偏差値だけでは決まらない。むしろ発想力、実行力、集中力、プレゼン能力など、人間力が大きな比重を占める。しかし、無名時代の山中研究室は、多分研究が大好きな学生ばかりではなかったはずである。その中で、トップ大学の研究者も挑戦しない初期化の問題に取り組んだところが、一番尊敬する。世界では簡単にいかないと誰もが思っていた大問題である。


数々のユニークなアイデア群の詳細は省略するが、とにかく、背水の陣で、やる気のある学生と頑張った姿は、分野違いの研究者にも想像できる。中には他の研究室と比べて自分の時間がないと逃亡した学生もいるかもしれない。


初期化に必要な遺伝子を絞りこむ手法は、別の分野から進学してきた学生のアイデアと聞くが、これが泣かせる。日本の医学教育が数学的理論や工学的手法の学習が弱い。米国ではいったん大学を卒業しないと医学部に入学できない仕組みなので、医師でも理工学と手法を理解している。これを学生が補ってくれたことは、感動的なエピソードである。大学院で勇気を持って異なる分野や大学に進学することの意義を実証した最高の例である。



独創性の育て方ってあるの?

山中先生と学生のように、独創的な研究成果を出すためには、記憶力重視の日本の偏差値では不十分である。それでは独創性を訓練する手法はないのか。筆者の教育者としての長年の課題はこれである。助教授になって以降、20年近く独自に試行してきたものがある。以前、本コラムでも紹介した「たまご落とし」の先に、「馬鹿ゼミ」がある。経緯から説明しよう。


春合宿(2007年)
春合宿(2009年)
春合宿(2007年)
春合宿(2009年)

筆者が東工大の生物ロボット工学の草分けの梅谷陽二、森政弘研究室の博士後期課程に在籍していた1985年頃、当時助教授だった広瀬茂男先生と研究室恒例の春合宿イベントを相談している時に、馬鹿なことをまじめに発表しまじめに討論する「馬鹿ゼミ」をすることになった。発表内容は、趣味でもナンセンスな研究ネタでも何でもよい。誰でも話せる大阪弁講座、女性なんぱ工学、地震予知など硬軟混合、金石混合の発表で、初回から大いに盛り上がり、見事に毎年のイベントに昇格した。


現在、筆者の研究室では、各自約10分程度のPCプレゼンと、約10分の質疑応答をする。全学生は、ナンセンスとユーモアのメジャーとして「馬鹿度」を、アカデミックなメジャーとしての「ゼミ度」を点数付けし、合計点のトップをグランプリとしている。


もともとの動機は、合宿でのお楽しみであったが、長年実施していると興味深いことが判明した。それは、グランプリを取る学生は、研究でも独創性、実行力、プレゼンがうまいのである。学会での受賞数とも高い相関があることが実証された。考えてみれば、みんなを驚かせたり、うまく楽しませたりすることは、研究者の基本的な能力である。馬鹿ゼミをすればプロの研究者でなくても体験できるのである。


日頃から次回の馬鹿ゼミのネタ探しを頭の隅に置いて生活することは、独創的な研究活動と同じ脳を使っているに違いない。難しく考えないで、読者も、ぜひやってみて欲しい。何より楽しいことを実感するはずである。


実は、梅谷研究室で始まった馬鹿ゼミのはるか後に始まったのが「イグノーベル賞」で、これはプロ研究者の馬鹿ゼミとも言える。イグノーベル賞の受賞内容は、検索をすれば容易に調べることができる。牛の糞から抽出したバニラからソフトクリームを作った女性研究者、細胞性粘菌の行動からカーナビのような最短ルートを探る実験をした人など、日本人研究者の受賞も多い。極めつけはイグノーベル賞を受賞して、ノーベル賞を受賞したナノ物性研究者である。発想の転換を超えるユニークさには脱帽である。


次回、馬鹿ゼミについて、さらに詳しくお話しよう。

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Vol.4 No.12
2012年12月04日号

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