半導体放射線検出器カドテルによるイノベーション No.2 では X 線イメージングと放射線計測のそれぞれについて CdTe 検出器の特徴とその有用性を紹介しました。今回はフォトンカウンティングについてと、CdTe 検出器との組み合わせによるメリットとそれを実現する回路や信号処理方法について紹介したいと思います。

フォトンカウンティングとは

フォトンカウンティングはその名前の通り、光子(フォトン)を計数(カウント)することです。光が波動性だけではなく粒子性も持つことを利用した計測方法で、光子 1 粒が検出器と相互作用を起こした際に発生するエネルギーを取り出す方式です。

図 2.1:光の強度とフォトン(数とエネルギー)の関係

図 2.1 に示したように、普段、私達の目やカメラ等が感じている明るさ(光の強度)は非常に細かい時間で見た場合には光子の個数とエネルギーの積になっています。つまり、理論的なフォトンカウンティングとは、いわゆるカメラのシャッタースピードを無限小にして光子 1 粒が入射したことを検知することであり、これにより強度軸をエネルギーと頻度の 2 つの指標に分解する事ができる手法です。

しかし、実際にはそのようなデバイスは現時点では実現不可能であるため、検出器に単位時間当たりに入射する光子の量を減らし(暗くし)、かつ、できるだけ速いシャッタースピードで検出することでこれを実現します。

余談ですが、太陽から降り注ぐ地球軌道付近での光子数は 1 平方メートル・秒当たり 6,000,000,000,000,000,000,000 個(6×1021 個/m2・s)以上です(wikipediaより)。よって、自然光環境下でフォトンカウンティングを実現するためには 10-21 秒(ゼプト秒)よりも速いシャッタースピードが必要となります。

このことからも分かるように、フォトンカウンティングは光子数が極めて少ない環境で用いることが実用的な条件となっており、カメラでいうところの超高感度の暗視カメラのような位置づけになります。この効果としては低線量でのイメージングが可能ということですが、医療の画像診断の低被ばく化が最も有力なアプリケーションであると考えられます。

図 2.2 にアクリル材の中にヨウ素と水を入れ、人体の血管造影を模したサンプルで従来の電流形検出器とフォトンカウンティング検出器で X 線 CT 撮像し画像化し比較した 1 例を示します。

図 2.2 : 電流型検出器とフォトンカウンティング型検出器の X 線 CT 撮像比較

電流型検出器では画像ノイズが悪く、1.8µAs では撮像が出来なかったが、フォトンカウンティングでは画質はほぼ変わらず撮像できていることがわかります。また右側に入っている水も薄くではあるが認識可能で、さらに µAs という単位は現在の医療診断時に照射されている線量の約 1/1000 なので、非常に少ない線量(被ばく量)でより良い診断画像を取得できます。

フォトンカウンティングを実現するアナログ信号処理回路

現在、放射線計測で最も普及しているフォトンカウンティング用受光素子は光電子増倍管 (PMT) です。増幅率、応答速度などフォトンカウンティングを実現する上で必要な基本的な性能は非常に優れており、回路技術的にも成熟しているため広く採用されています。

しかし、PMT は原理的にピクセル化や薄型化が難しいのでイメージング用途にはあまり適さず、それらを克服可能な半導体検出器とその回路技術の開発がなされてきました。

PMT と半導体検出器の最も大きな違いは、信号増幅機構の有無です。PMT はシンチレータ等の光変換形の放射線検出器と組み合わせて使うもので、最終出力段では大きな信号(数百万電子)となって出力されます。このため、前置増幅器は一般的な電圧アンプか応答速度の高速化のための電流アンプのいずれかを選択すれば電圧信号を得ることが出来ます。

一方で、半導体検出器においては検出器内で放射線により直接発生した電荷以上には増幅されないため、前置増幅器は極めて低いノイズかつ高速応答性をもつ電荷増幅器を採用する必要があります。

図 3.1:電荷増幅器
図 3.2:電荷増幅器の信号出力(パルス入力時)

図 3.1 に示すように、電荷増幅器は入力が電荷で有ることを前提としており、この時のアンプ出力は図中に示したとおりの式で表されます。この回路ではフィードバックコンデンサ (Cf) の放電機構が無いので、入力がされ続け増幅器の最大振幅まで到達すると出力は飽和状態となります。通常では Cf と共にフィードバック抵抗 (Rf) も並列に接続され、Cf×Rf の減衰時定数を持たせることで波形を自己減衰させます(図 3.2)。

電荷増幅器は非常にシンプルな回路で実現されるものですが、検出器から発生する僅か数百電子〜数千電子を SN の良い信号に増幅する必要があるため、増幅器やそれを構成する部品そのものの雑音特性も考慮して設計する必要があります。

また、第 1 節で述べたようにできるだけ速いシャッタースピードが求められるため、ナノ秒〜マイクロ秒オーダーの波形整形アンプと AD 変換器の組み合わせでそれを実現する必要があります。

更に、半導体検出器と接続される電荷増幅器として注意すべき点は、図 3.3 に示したように、検出器で発生した電荷は検出器自体の容量と電荷増幅器の容量(利得を A とした時、Cf(A+1)) の容量比で配分されることです。

図 3.3:電荷増幅器の等価回路と電荷配分

よって、十分に大きな利得 A が得られないと電荷収集効率が悪くなり光電変換時のロスが少ない半導体検出器の特徴を活かす事ができないため、半導体検出器の特性(容量、リーク電流、キャリア移動速度等)に最適なチャージアンプを設計する必要があります。

放射線におけるフォトンカウンティングと CdTe 検出器

フォトンカウンティングは信号処理方式なので可視光でも、X 線やガンマ線でも同様に適応可能ですが、X 線やガンマ線のように光子エネルギーが大きい(波長が短い)ほうが検出器との相互作用で発生するエネルギーが大きくなるため、それを捉えやすくなります。

図 4.1:半導体検出器の構造とフォトンとの相互作用の様子

図 4.1 に示すように、CdTe 検出器を始めとした半導体検出器を採用した場合には、検出器に入射した放射線が検出器内で相互作用を起こし直接的に発生させるキャリアを電子回路で読み出すために、変換効率が非常に良くなります。シンチレータのような光散乱や減衰が起こらないため検出器の厚みを厚くしても電荷収集効率の低下率が低く抑えられるため、高エネルギー X 線管を用いた工業用非破壊イメージング用途にも適しています。

図 4.2: ビームハードニング補正、材料識別 CT の画像化例

特に、図 4.2 に示すような、フォトンカウンティングの最大の特徴であるエネルギー情報を利用した応用イメージング(ビームハードニング補正や散乱線除去、材料識別)を行う際には、図 4.3 に示すように X 線管のスペクトルを短冊形に区切ったエネルギー領域同士の演算を行うため、利用可能なエネルギーレンジは広く、短冊形のエネルギー領域の幅は狭いほうが情報量の面で有利になるので、シリコンやシンチレータでは難しかった構造物の高画質な画像化が可能になります。

図 4.3: X 線管スペクトルと低・高エネルギー領域の演算の概念図

まとめ

今回はフォトンカウンティングの原理とそれを実現するアナログ信号処理回路、また CdTe 検出器等の半導体検出器とフォトンカウンティングを組み合わせた時のメリットについて紹介させていただきました。
フォトンカウンティングのためのアナログ信号処理回路は利得を大きくしつつ、雑音をいかに下げるかということに尽きます。検出器により決まる物理特性と、システムで要求される信号処理機構や応答速度、波形整形時間の入出力が決まった状態で増幅器の雑音を下げるのは熟練の設計技術とノウハウが必要です。

弊社では電荷増幅器や波形整形アンプ、また、AD 変換以降の信号処アルゴリズムの開発も行っておりますので、極低ノイズの計測などでお困りでしたら是非、株式会社 ANSeeN までお問い合わせいただければ幸いにございます。