東京工業大学 工学院 電気電子系エネルギーコース 教授

山田 明

職歴
東京工業大学 理工学研究科 電子物理工学...もっと見る
職歴
東京工業大学 理工学研究科 電子物理工学専攻 教授(2008-)
東京工業大学 量子ナノエレクトロニクス研究センター 助教授(2004-)
東京工業大学 量子効果エレクトロニクス研究センター 助教授(2001-)
東京工業大学 工学部 助教授(1994-)
東京工業大学 工学部 講師(1990-)
東京工業大学 工学部 助手(1989-)

委員歴
応用物理学会 理事(APEX/JJAP編集担当) (2014/04-2016/03)
光産業技術振興協会 第5分科会 主査 (2012/05-)
(競)JST さきがけ領域アドバイザー (2011/08-)
電気学会 論文委員 (1996-2003)
応用物理学会 編集委員 (1998-2000)

回は、太陽光発電の概要をお話しました。

今回は太陽光発電の動向と、当研究室で研究している Cu(InGa)Se2(CIGS) 薄膜太陽電池のお話をします。

図 1 は、SolarPower Europe が ”Global Market Outlook for Solar Power 2016-2020” として発表している太陽光発電システムの地域別導入量をまとめたものです。2011 年度および 2012 年度における太陽光発電システムの導入量は 30GW とほぼ横ばいでした。しかし、2013 年度から再び増加に転じ、2015 年度は 50GW 近い太陽光発電システムが全世界に導入されました。この図から、2011 年度までは主にヨーロッパに太陽光発電システムが導入されたことが分かります。太陽電池の製造地域はアジアですので、アジアで製造された太陽電池がヨーロッパに導入されるという構図でした。これに対して 2013 年度以降は、中国、アジア・太平洋(主として日本)地域に太陽光発電システムは導入され、導入地域がヨーロッパからアジアへと移行、アジアで製造された太陽電池がアジアに設置されるという形に変化してきました。また、アメリカにおける導入量も着実に増えてきており、2015 年度には 7.3GW が設置されました。前回、日本の 2015 年度の導入量は 9GW と報告しましたので、ほぼ同程度の量がアメリカに導入されたことが分かります。また、この図には示されていませんが、インドにも約 2GW の太陽光発電が導入されており、インドにおける潜在的な需要、成長力を考えると興味深い兆候と考えております。

図 1 2015 年までの地域別太陽光発電システム導入量 (SolarPower Europe のデータを元に作製)

日本では、この 4 月から「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法等の一部を改正する法律」(改正 FIT)が施行されます。これは、再生可能エネルギーの最大限の導入と国民負担の抑制とを両立させるために行われる改正です。制度は「設備認定」から「事業計画認定」へと変化し、また 2,000kW 以上の太陽光発電設備を対象に入札制度が導入されるなど、事業の見通しが立てやすい仕組みが取り入れられています。このような経過を経て、2020 年度以降我が国に毎年 3GW 程度の太陽光発電システムが導入されていくと予想されています(前回の図 2)。個人的にも、低炭素社会の実現とエネルギー需給率の向上のために再生可能エネルギーの導入は必要不可欠と考え、高効率太陽電池の研究を行っています。

Cu(InGa)Se2(CIGS) 太陽電池

現在、市場で販売されている太陽電池の 85% 以上は、単結晶あるいは多結晶の Si 太陽電池です。この結晶 Si 太陽電池の最高効率は、平成 28 年 9 月にカネカより発表された 26.33% です。これに対してこれからお話をする CIGS 太陽電池の最高効率は、ドイツの会社である ZSW が達成した 22.6% です。お互い、晴天時の太陽光エネルギー 1kW/m2 の 1/4 から 1/5 を電気エネルギーに変換する能力を持っています。この CIGS 太陽電池は、光を吸収する能力が Si の 100 倍ほど高いという特徴を持っており、Si 太陽電池に比べて厚さを 100 分の 1 程度、2μm 程度(髪の毛の太さは 80〜50μm)まで薄膜化が可能です。このため原材料が少なく、低コスト化が図れる太陽電池として研究開発が活発に進められています。図 2 に、この CIGS 太陽電池の断面の電子顕微鏡像ならびに模式図を示します。下から、青板ガラス基板、Mo(モリブデン)電極、CIGS 光吸収層、CdS(硫化カドミウム)層、ZnO(酸化亜鉛)透明導電膜で構成されています。光を吸収する CIGS は、多結晶です。光が CIGS に入射すると、電子(負の電荷を持つ)が光のエネルギーを吸収し、エネルギーをもらった電子が CdS、ZnO の層を通って外部に流れ、電池として機能します。また、電子が光のエネルギーを吸収する時に CIGS に正孔(正の電荷を持つ)と呼ばれる粒子が発生し、正孔は Mo 電極に流れます。太陽電池の開発のポイントは、光のエネルギーを吸収した電子を如何に外部に取り出すかにあります。CIGS 太陽電池は、図 2 に示すように様々な材料で構成されており、この一つ一つの界面(異なる材料系で構成されるためヘテロ接合界面と呼ばれる)が電子の流れを妨げることになります。この流れを阻害する要因の一つを、界面再結合と呼んでいます。光を吸収した高いエネルギー状態の電子と電子の励起時に発生した正孔が消滅、吸収した光エネルギーを再び光または熱として放出することにより外部に光エネルギーが取り出せなくなる現象を指します。この界面再結合は光の入射側、CdS と CIGS とのヘテロ接合界面にて多く発生し、この界面再結合を抑制することが高効率に繋がります。

図 2 CIGS 太陽電池の断面電子顕微鏡像と模式図
図 3 Cu 欠損層の役割:正孔を CIGS に押し返す

私たちのグループでは、この CdS/CIGS ヘテロ接合界面の再結合を抑制する方法を新たに考案し、CIGS 太陽電池の高効率化に取り組んでいます。考え方は非常に簡単です。先の説明の通り、再結合は電子と正孔の2種類の電荷が関係します。このうち電子は CIGS から CdS へと流れ、外部に取り出す必要があります。そこで CdS/CIGS ヘテロ接合界面から正孔を遠のければ電子と再結合する相手が居なくなり、ヘテロ接合界面での再結合の割合が減少、スムーズに電子が外部に取り出せると考えました。この方法として、図 3 に示すように CIGS とはバンドギャップが異なる材料系を CdS/CIGS ヘテロ接合界面に挿入し、正孔を CIGS 内に追い返す方法を考案しました。(ここでは、バンドギャップについては説明しません。)
具体的には、Cu(InGa)Se2 とは Cu 組成が異なる Cu 欠損な材料が適切なバンドギャップを持っており、正孔を押し返す性質があることを見出し、意図的に Cu 欠損層をヘテロ接合界面に挿入することを試みました。ここまでは、電子工学的な発想です。

それでは、どのよう方法により Cu 欠損層を CIGS 表面に設けることが可能になるでしょう。私たちは、ここで Cu と Se の相図に着目しました。Cu−Se の相図を図 4 (a) に、最終段階の CIGS の表面状態を図 4 (b) に示します。CIGS が結晶成長する際に重要な Cu2Se は、元々 Cu 欠損な Cu2xSe となっています。ところが Se の供給量が足りないと Cu2xSe の x の値は様々な値を取り、均一な Cu 欠損層ができません。これは、図 4 (a) から読み取ることができます。これでは、太陽電池の高効率化は実現しません。ところが相図を見ると、Se を過剰に供給することにより CIGS 表面の Cu−Se 組成は組成が定まった(x の値が一定の)Cu2xSe と Cu−Se の液相になることが分かります。表面をこの状態にした上で CIGS を作製すると、CIGS 表面に均一な Cu 欠損層が形成できると考えました。この様子を図 4 (b) に示します。ここは材料科学的なアプローチです。

図 4 (a) Cu−Se 系相図、(b)最終段階の CIGS の成長モデル: Se 照射の効果

私たちは CIGS を成長する際に実際にこの手法を適用し、図 5 に示すような変換効率 19.8% を有する太陽電池の作製に成功しました。また、本当に表面に均一な Cu 欠損層が形成されているかを確認するため、太陽電池の断面評価を行いました。図 6 には、CIGS 太陽電池断面の抵抗率マッピングを示します。青色が抵抗率が高い部分、赤色が抵抗率が低い部分を示します。赤色の部分と青色の部分との境界が CdS/CIGS のヘテロ接合界面になります。このヘテロ接合界面の下部に一定の厚さを持った青色の層が均一に形成されていることが分かります。私たちはこの部分が Cu 欠損層であり、 CIGS の結晶成長方法を工夫することにより、CIGS の表面に均一な Cu 欠損層が形成できた、これにより変換効率が向上したと考えております。

図 5 変換効率 19.8% の CIGS 太陽電池の電流-電圧特性

図 6 CIGS 太陽電池断面の抵抗率マッピング:

青色は高抵抗、赤色は低抵抗

まとめ

今回は、太陽光発電システムの導入が世界的に進んでいるという動向、および私たちのグループで行っている Cu(InGa)Se2 薄膜太陽電池の研究開発状況を紹介しました。太陽光発電は再生可能エネルギーの一つであり、エネルギーを生み出すシステムです。従って他の消費財と異なり、地球環境問題あるいはエネルギー安全保障を解決する一つと考え、その導入が進むことは未来に向けた富・価値の蓄積と信じて研究開発に携わっています。

この記事をどのような方がお読みになるか分かりませんが、小職は電気電子工学科の卒業です。しかし、今回ご紹介したように太陽電池の開発には材料科学的な知見や発想も必要になってきます。今、東京工業大学では教育改革を進めており、エネルギー問題の解決にはこのような多角的な視点が重要との観点から、化学、物理、機械、電気、材料を横断したエネルギーコースを平成 28 年度に設けました。この記事を読まれた若い方が、エネルギー問題の重要性、分野横断的知識の需要性に気がついて頂けたら望外の喜びです。