2014/05/13 業界コラム 青木 徹 半導体放射線検出器カドテルによるイノベーション No.1 静岡大学 電子工学研究所 大学院情報学研究科 教授 青木 徹 株式会社ANSeeN 代表取締役 小池 昭史...もっと見る 株式会社ANSeeN 代表取締役 小池 昭史 福島原発事故以降、急に関心の高まった放射線検出器。本当は以前から環境モニター以外にも医療や非破壊検査、セキュリティー、高エネルギー物理学など幅広い分野で使われ研究開発されてきました。今回は、放射線検出器のうちで、とりわけ最近の半導体技術や情報処理技術の急速な進展で注目の高まっている半導体放射線検出器についてご紹介いたします。 カドテル ( CdTe : テルル化カドミウム ) とはいきなりですが小難しい物質名を突然出しました。CdTe 、ご存じでしょうか。テルル化カドミウム、日本では通称カドテルと呼ばれるこの物質はあまりメジャーではありませんのでご存じない方がほとんどだと思われます。II-VI 族化合物半導体で原子番号が Cd:48 と Te:52 という元素の周期表の右側の少し下の方の原子で構成されています。なんか聞いたことがあるな、という方もいらっしゃるかもしれません。実はこの CdTe は安価な太陽電池の材料として日本以外では広く用いられています。かなり大規模に開発されていますので CdTe をお聞きになった方の大部分はこの太陽電池材料として聞いたことがあるよ、というかと思われます。ウィキペディアなどでもほとんどこの太陽電池材料のことが記されています。 この CdTe のもうひとつの大きな用途が放射線の検出器です。ただ、これまでにも放射線検出器にはいろいろあったはずです。事故で一躍有名となったガイガーカウンターや、レントゲンでおなじみの X 線フィルムをはじめたくさんの種類の放射線の検出器があります。ご存じの方は CdTe だって昔からあるよ、とおっしゃるかもしれません。では今なぜ CdTe なのでしょうか。必要とされるニーズと CdTe そのものの品質の向上、プロセスや信号処理技術の進展が追いついてきたのがその大きな理由です。 CdTe そのものについては(株)アクロラドの Webページ https://www.acrorad.co.jp/products/technology.html にわかりやすい解説がされています。 CdTe は γ 線や X 線の他に α 線や β 線の検出が可能で、最近では中性子も検出できるという報告があります。さらに CdTe は放射線を直接電気信号に変換できる直接変換型の放射線検出器です。シンチレーターという放射線を一旦可視光の光に変換し、この光を再度光検出器や CMOS カメラなどで電気信号に変換する間接変換型の放射線検出器が主流です。しかし、CdTe のような直接変換型の検出器では光の拡散や散乱、減衰に伴う検出感度の低下やエネルギー分解能の劣化、画像検出器の場合の画像の「ボケ」が原理的に発生しないという特徴があります。( 図 1 ) 図 1. シンチレーター型検出器(間接変換)と半導体検出器(直接変換)の違い放射線、とくに γ 線や X 線の検出にはこれらを検出器で止めて電気信号に変えるため吸収が大きいことが重要になります。CdTe は先に述べたとおり、大きな原子番号を持つことからストッピングパワーが大きい特徴があります。また、原子番号が大きい半導体材料はどうしてもバンドギャップが小さくなり、室温で動作する時の熱による雑音(不要な発生電子)が無視できないので、例えば食品の放射能検査で有名なゲルマニウム( Ge )半導体検出器は液体窒素( -196℃ )で冷却して使う必要があります。CdTe は II-VI 族化合物半導体でイオン結合性が強く大きな原子番号の割に比較的バンドギャップが大きい( 1.44eV )ため室温で動作可能という特徴があります。これは、実用的な応用を考えた時には非常に有利です。また、高い電子移動度を持ち、移動度寿命( μτ )積が大きいことから放射線で発生した電子を正確に外部に取り出すことができます。X 線や γ 線の光子1つのエネルギーに比例した電子が発生するため、X 線や γ 線のエネルギーを知ることができますが、非常に分解能の良いスペクトルを取得することが可能となります。エネルギースペクトルは高エネルギー物理学の分野だけでなく、X 線 CT などの実用的な X 線イメージング装置においても有用な情報であると非常に注目を集めています。( 図 2 ) 図 2. 137Cs と 57Co のエネルギースペクトル。高いエネルギー分解能の例さらに、室温動作が可能で体積あたりの感度が高く直接変換型であることから小型の検出器を作ることが可能という特徴も持ちます。また、ショットキーダイオード型構造や我々が報告している pin ダイオード型構造では非常に高いエネルギー分解能を持つこと、高解像度のピクセルの作成が出来ることも大きな特徴です。 良いことずくめに聞こえる CdTe ですが、実はこの利用にはこれまで大学の研究室にあるような非常に高度な放射線計測システムが不可欠で本来の特徴であるポータブル機器での利用はなかなかされてきませんでした。しかし、最近、半導体プロセス技術の進展や LSI 技術や信号処理アルゴリズムの進展で一気に身近なものとなってきました。さらにはフォトンカウンティングという、感度や検出器の入出力直線性が高く、またエネルギースペクトルを取得することのできる信号処理技術がデジタル信号処理技術の進展でぐっと手の届くところとなってきました。残すところは価格の問題ぐらいでしょうか。 X 線イメージングと CdTeこれまでに述べた直接変換であること、エネルギースペクトルを取得できることがこれまでの X 線イメージング異なる大きな特徴となります。また、同じ X 線でも高いエネルギーの X 線に対して感度が高い点も重要な点です。 直接変換ですから多数のピクセルが並ぶ画像検出器においていわゆる「ぼけ」が原理的に発生せず、極めて切れの良い画像を得ることができます。これはシンチレーター型検出器で発生する可視光での散乱がないためです。 フォトンカウンティング信号処理回路を用いれば、非常に高いエネルギー分解能でエネルギースペクトルをピクセル毎に取得することもできます。これは現在研究開発が進展している最中ですが、これまで影絵であり白黒であった X 線のイメージングを透過する物質を区別してカラー表現することが可能な新しい技術です。( 図 3 ) 図 3. エネルギー情報を用いて撮像した材料識別 CT 像の例(注:信号の強度とエネルギーはどうしても混乱してしまいやすいですが、信号の強度は単位時間あたりの X 線光子の入射数、エネルギーは X 線の波長とご理解ください。X 線は電磁波で広義の光ですので粒子性と波動性の両方を持ちますが、エネルギーが非常に高く(=波長が非常に短く)、このうちの粒子性が強く表れるため、一般的には波長でなくエネルギーという表現を用いることが多いです。)エネルギースペクトルをピクセル毎に取得するためにはピクセル毎にフォトンカウンティング信号処理回路を設けることが必要なため非常に大規模な信号処理回路と非常にバンド幅の広い信号伝送が必要ですが、必要な用途に特化したエネルギー帯に特化することや最新の高度集積回路技術を用いることなどで次第にこれらが可能となってきています。放射線検出器の分野ではこの「フォトンカウンティング型」は X 線光子 1 つ 1 つのパルス信号を処理するため「パルスモード」と呼んだり、一般的な従来型の検出器を「積分型」とか「電流モード」と呼んだりもします。 さらに、より高いエネルギー帯での感度が高いことも特徴です。一般的に、X 線は物体を透過する時に低いエネルギーから減衰しやすい特徴を持っています。すなわち被写体を透過した後の X 線は低いエネルギー部分が多く被写体に削られて、見かけ上、エネルギーの高い部分が多く残ることが知られています。これをビームハードニングといいますが、これまでの検出器で X 線の入射量と出力信号の直線性を損なう大きな原因となっていました。CdTe とフォトンカウンティングを組み合わせることで減衰量の少ない高いエネルギー活用することができ、広い範囲で高い直線性を得ることが出来ます。また、エネルギー情報の活用で CT で発生するアーチファクトとよばれる線上のノイズを激減させることができます。さらに、原理的にフォトンカウンティングではノイズはエネルギー軸に発生するのみで、強度方向にはノイズが発生しないため(図 4 )、これまでに述べた CdTe 自体の感度の高さも非常に感度の高い撮像が可能となります。これまでまさに「桁違い」の感度が得られるとの報告もされています。( 図 5 、図 6 ) 図 4. 蓄積型とフォトンカウンティング型のノイズの違い図 5. フォトンカウンティング型検出器での超低被ばく撮像( 150 kVpp )図 6. 低線量でのノイズの増加の違いもちろんフォトンカウンティングを用いない、いわゆる「蓄積型」の信号処理回路を用いた CdTe でも高い感度や切れの良い画像という特徴は持っています。信号処理や伝送がぐっと簡単になる蓄積型は、大ピクセル数の検出器や大型画像検出器( X 線では実用上レンズが用いられないため光学系が等倍または拡大系となり大きな検出器は重要なのです)ではまだまだ使われますがここにおいても CdTe は活躍しています。先ほどから何度も述べているいわゆる「切れの良い」高いコントラストを持つ画像を得ることができることが特徴です。(図 7 ) 図 7. 蓄積型 CdTe 検出器での IC 透過画像( 100μm ピッチ画素。異なった露出時間で撮像)まとめ今回は半導体の放射線検出器、特に CdTe 検出器とフォトンカウンティングについて紹介いたしました。放射線検出の中でも実用的に大きな意味を持つ「イメージング」においてこの組み合わせであるフォトンカウンティング型 CdTe 検出器が持つ大きな潜在能力をお感じいただけたかと思います。最後にこの CdTe のウェハや検出器は実用的には日本企業が大きな世界シェアを有しており、Made in Japan 検出器でイメージング装置やシステムまでを含めた全日本製のシステムを組み上げることが可能であることを紹介してまとめとしたいと思います。なお、放射線計測器全般に関しては多数の報告がされていますが、Glenn F. Knoll の「放射線計測ハンドブック」など良書が出ておりますのでそちらもあわせてご参照ください。 なお、世界的には CdZnTe( Cd の一部を Zn におきかえたもの)が広く研究されていますが、これまでに述べた特徴の大部分は同じです。ただし、唯一工業的に高性能で均一な量産品が容易に入手可能であるという点で今回は特に CdTe を紹介させて頂きました。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 静岡大学 電子工学研究所 大学院情報学研究科 教授 青木 徹さんのその他の記事 2014/06/10 業界コラム 半導体放射線検出器カドテルによるイノベーション No.2 2014/05/13 業界コラム 半導体放射線検出器カドテルによるイノベーション No.1 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月