静岡大学 電子工学研究所 大学院情報学研究科 教授

青木 徹

株式会社ANSeeN
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株式会社ANSeeN
代表取締役 小池 昭史

半導体放射線検出器カドテルによるイノベーション No.1 で紹介した CdTe (カドテル)の特徴や応用例に引き続き、今回は CdTe 検出器のもつ「直接変換」と「高エネルギー分解能」という 2 つの特徴がそれぞれ活躍する X 線イメージングと放射線計測についてご紹介致します。

また、実際に放射線検出器や X 線イメージャが国内ではどのくらいの経済規模があるのかについて簡単にご紹介致します。

イメージャとしての CdTe 検出器

現在 X 線イメージングに利用されている材料は、フィルムかシンチレータと CCD/CMOS イメージャの組合せ、Si 検出器の 3 つが主流です。フィルムは解像度も良く古くから利用されているため現在でも広く持ちられておりますが、カメラの性能が向上してきたことと、繰り返し利用や現像不要の利便性などの理由から、近年ではシンチレータとカメラによってデジタル化されたイメージングプレート(IP)やラインセンサ、フラットパネルディテクタ(FPD)などに置き換わって来ています。Si 検出器は分析装置や大型放射光施設など軟 X 線(1~20keV)領域を活用する分野で用いられています。

CdTe 検出器は特に、X 線の中でも硬 X 線と呼ばれる 20~100keV の領域で高感度であるという特徴があり、1mm 厚みの場合、Si(シリコン)の約 60 倍、CsI(ヨウ化セシウム)の約 2.2 倍の感度(吸収率)を有します(図 1 )。

図1: X 線イメージャ材料の X 線吸収率比較

硬 X 線領域を利用するアプリケーションとして主なものに、医療、工業における画像診断があります。例えば、身近なところでは歯科レントゲンや胸部レントゲン、医療においては画像診断のための CT スキャンやマンモグラフィ、工業分野では食品や衣類、加工品の異物検査や入身量検査などに用いられています。近年では金属材料の分析などで硬 X 線を利用した手法などが出てきており医療、工業以外への応用も始まっています。図 2 にイメージャの用途と検出器、また従来そこに用いられている材料をまとめました。

図 2 : 各用途のイメージャに用いられる検出器とその材料

検出器に CdTe を採用すると、薄型高感度でかつ高精細という他にはない優れた特徴を発揮するため、基板検査などでも非常にコントラストの良い画像を得ることが出来ます(図 3 )。

これは、図 1 に示したように材料の体積比感度が高いことと、直接変換によりシンチレータのような可視光変換時のボケがないことが起因しているためで、従来の検出器ではこれらの両立は出来ませんでした。従来の検出器では撮像後のデータに対して HDR 処理などを施しできるだけ高画質になるような工夫がされていますが、撮像対象や撮像条件により画質が大きく影響を受けるという問題もあります。このため、対象物の厚みや材料が変わるとその度に X 線出力(電圧、電流)の調整と画像化ソフトウェアの調整をする必要がありました。

CdTe 検出器では元画像の時点で高精細であり、かつ感度が高いため同じ条件設定でも同様に撮像出来る対象の厚みや材料の範囲が広がります。よって、システム全体の柔軟性が上がり、これまでは撮像が難しかったキズなども簡単に取ることが出来るため、ユーザにとっても、X 線管とセットで装置に組み込むメーカーに取ってもユーザビリティが高まるというメリットがあります。

図 3 : BGA 実装部品の透過像比較 左)従来検出器 右)CdTe 検出器 (弊社実験結果)

最近では CdTeFPD やそのモジュールなども販売されており、歯科パノラマレントゲン装置などではそれらが採用された製品も登場しています。

放射線計測機器としての CdTe 検出器

放射線計測機器は前節のイメージャとは違い画像診断をする目的ではなく、放射線の強度や種類を検知することが目的です。よって X 線管などを用いたアクティブな検出ではなく、自然界の放射線や放射性同位体を線源としたパッシブな検出が主な利用方法になります。

これらは個人の被ばく量を知るための個人線量計から、カミオカンデでのニュートリノ検知など先端科学計測分野まで広く用いられていて、X 線イメージャよりも更に利用範囲は広く、多様な検出器が存在します。中でも最も利用範囲の広い放射線線量計の用途と検出器、またその材料を図 4 にまとめました。

図 4 : 各用途の放射線計測機器に用いられる検出器とその材料

図 4 から判るように、放射線計測機器についてもやはりシンチレータが広く用いられております。X 線イメージャとの最大の違いは積算線量計で数値表示器などがないものはリアルタイムでのレスポンスが必要ないため、輝尽蛍光体と呼ばれる畜光材料の原理的特徴を用いて線量を測るガラスバッジなどがあることです。これは外部からのエネルギーである放射線によってガラス材料にその記録が残る仕組みなので電池もいらず、放射性同位体を取り扱う管理区域などの被ばく管理の用途として広く用いられています。

また、放射能を計測するベクレルモニタは放射線の入射量と同時にエネルギーも計測する必要があるため、前述の X 線イメージャのような蓄積型ではなく、フォトンカウンティング方式(可視光でいう分光分析)を用います。このため、数十 Bq( 1 秒間に放射線がわずか数十回だけ放出される)というような自然界に天然比で存在する放射性同位体の放射能を計測することが出来ます。放射性同位体により固有の半減期が数分~数億年と非常に広く分布していることから、これを利用した年代測定などにも利用されています。

CdTe 検出器は図 4 の中ではガラスバッジ以外の用途では Si やシンチレータ、ガスに替わって使うことの出来る材料です。しかし、線量計の利用される環境などを考慮すると、温度安定性や高圧電源が必要なことなどからシンチレータには劣る部分があります。

一方で、エネルギー分解能がシンチレータと比較して非常に高く室温で動作可能なため、放射能を計測するベクレルモニタや科学研究向けのスペクトロメータ(分光器)としての利用が最も有望であると思われ、弊社含め実際にそのような製品が販売されております。

図 5 : CdTe を用いた線量計「ANS-RDR001(ANSeeN), GR-1(Kromek), TA100(TechnoAP)」

スペクトロメータを実現するためには前述のフォトンカウンティング方式による信号処理が必要です。蓄積型が定常状態を見る電流計だとすると、フォトンカウンティング型は過渡状態を見るパルス計です。デジタル信号処理の視点から見ると処理間隔がミリ秒程度のウィンドウからマイクロ秒のウィンドウになることを意味しており、リアルタイムの高速信号処理が必要になります。詳細はまた機会があればご紹介させていただきたいと思います。

放射線利用と検出器の経済規模

最後にこれまでの節で紹介した X 線イメージャや放射線計測機器が属する放射線利用の経済規模について簡単にご紹介いたします。
検出だけではなく照射利用も含めた放射線の工業利用は 2 兆 2952 億円の経済規模(平成 17 年度時点)があり、[A]照射設備 20% [B]放射線計測機器等 4% [C]非破壊検査(RT) 5% [D]放射線滅菌 7% [E]高分子加工 4% [F]半導体加工 60% のセグメントと比率となっています。
この他にも農業利用(照射利用、突然変異育種、アイソトープ利用・放射線分析)や医学利用、エネルギー利用(原子力発電)などを合わせると 8 兆 8500 億円の経済規模があり(原子力委員会:放射線利用の経済規模に関する調査報告書より)、放射線は日本産業の中でも多岐にわたり利用されていると言えます。
放射線検出器は上記の中では工業利用の(A),(B),(C)が該当するセグメントで、電子加速器や診断用エックス線装置、非破壊検査装置などの線量モニタや X 線イメージングセンサ(いわゆるカメラ)として用いられています。
特に CdTe 検出器は[B]放射線計測機器等で現在でも製品に採用されていますが、前述の通り歯科パノラマレントゲン装置の検出器([A]に該当)としても採用例が多くなっています。
今後、製品としての成熟度が向上し従来の検出器と置換えが可能なスペックや価格となった場合には、歯科 CT や医療 CT 、また各種非破壊検査装置の検出器として採用されていくと予測されます。また、3D プリンタの登場により内部構造も含めたスキャナ市場も新しく形成されつつある中で、特に CdTe 検出器はその特徴を活かし、ニーズにマッチしたシステムを提供出来る可能性は高いと思われます。

まとめ

今回は特に X 線イメージングにおける CdTe 検出器の特徴についてご紹介させていただきました。薄型であっても高感度と高精細を実現出来る CdTe 検出器は今後より一層高度化していく X 線イメージングの中心的な役割を果たしてくと考えています。

特に微細加工が飛躍的に進歩したためにデジタルプロセッサだけではなく、アナログ回路も高精度化や高機能化をしてきているため、より一層 CdTe 検出器を使いやすい環境が出来てきていると思います。

価格はまだまだ従来の市場価格とまでは行きませんが、海外メーカーやベンチャー企業なども採用を初めており、徐々にリーズナブルな価格となってきています。もちろん弊社もそれらに負けないために技術力と開発力でニーズに対応できる CdTe 検出器とその周辺回路を開発しておりますので、ご興味のある方は是非この機会に株式会社 ANSeeN までお問い合わせいただければ幸いにございます。