一般社団法人 ベニクラゲ再生生物学体験研究所 所長・代表

久保田 信

愛媛県立松山東高等学校卒、愛媛大学理学部卒、北海道大学大学院...もっと見る 愛媛県立松山東高等学校卒、愛媛大学理学部卒、北海道大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士取得)、

北海道大学理学部助手・講師、京都大学助(准)教授。

専門は海洋生物学・動物系統分類学。2018 年 3 月 31 日定年以降、現職。

日本生物地理学会(学会賞受賞)、日本動物学会、日本動物分類学会、漂着物学会、Hydrozoan Society 等の学会に所属。著書 33 冊(共著と翻訳を含む)と監修本2冊。京都大学での邦文・欧文業績 750 件余りが京都大学図書レポジットリー “Kurenai” に登録。40動物門の歌40曲の他、ベニクラゲソング等を加え計 69 曲を 12CD・4DVD でリリース、その内 10 曲をカラオケ(Joy Sound や UGA)に収録し全国で歌える。

特記事項は、New York Times のベニクラゲ研究を紹介(2012)や研究生活を収録した映画 Spira Mirabilis がベネチア国際映画祭で入賞(2016)等。世界各地で講演し、TV・ラジオ・新聞等のマスコミへも頻繁に登場。

前回では地球動物中、最大のウルトラ能力を持つ、繰り返し若返れて、人類の究極の夢をかなえているベニクラゲの生物地理と系統分類について紹介した。広大な地球の海に数億年前から生き続けているらしいベニクラゲが [1]、日本沿岸のどこにどの様に存在しているか、そしてクラシックな形態学的情報とモダンな分子情報により 3 種に分類でき、北日本から南へと、所変われば品変わっていたのが、現在の海流の流域と流行と関連していたことも紹介した。今回の最終回では、若返りが人類の究極の夢を実現できるのか問いかけてみる。

人類の究極の夢、若返りをベニクラゲはもたらしてくれるか

今迄説明してきた様に、ベニクラゲは子孫を残し、自身も若返って何度でも一生を逆転して生き続けられ、数億年前から連綿として生き続ける等、人類の夢の具現者であった。この素晴らしい仕組みは、生物の形づくりを司令する遺伝子や細胞等に秘密が隠されている。細胞の分化転換はもとより [2]、iPS 細胞様機序も伴っているはずである。ベニクラゲは命の危機や老化・老衰時に、おとなのクラゲ細胞を再分裂させることができ、若いポリプ細胞から構成される体に作り換える。たった数日でこの変換は可能である。この過程では、命の回数券である染色体の端にあるテロメアも減らない様に復活・修復し、細胞分裂の限界とされるヘイフリックの原則を超えて細胞分裂を継続しつづけているのであろう。そして、若い時代へ戻るため、遺伝子配列を読み直し、何度でも繰り返し一生を逆転させる機作を永遠に働かせ続けられるのであろう [3]

人間とクラゲの遺伝子はよく似ていること等からも、現代の救世治療である再生医学と協力しあって、人智を尽くしたこの方面の研究を加速できれば、夢の様な素晴らしい将来が約束されるのではないだろうか。目下、その一素材となるベニクラゲの転写の 70% 程は読めた。その結果、若返りの各発育段階で特異的に発現する遺伝子や機能遺伝子群(約 2 万)を推定できた。この時に、動物らしいクラゲ個体では他の活発でない各段階と比べて多種類の遺伝子が多岐に発現していることや(図 3-1)、若返り過程では異化、二次代謝、触媒活性、DNA 結合などの機能を持つ遺伝子が多く発現していること、更には刺胞動物において再生に重要な働きをする Wnt3 は 未成熟クラゲと若返ったばかりのポリプでは発現しているものの、団子状態と若返り始めて根を少し伸ばしたものでは発現しないことから、若返りは再生と相違すること等が判明した [4]

目下、長年かけての努力が結ばれる時が来そうで、全ゲノム解析が実現される日も近づいている。ゲノムが解明されれば、上述の解析にかからなかった遺伝子群中に 若返り特有のものを発見できる見込みもあるだろう。この紹介に加わるより詳しい若返りの秘密が紹介できるだろう。そして、終に究極の夢がかなう日がくれば、未来永劫、元気溌剌に学習を継続し、不屈で健全で、愛ある心と不死の体をもった生命体に進化できるのであろう。

図 3-1. ニホンベニクラゲの若返り過程の 4 段階で それぞれに特有遺伝子の発現量の比較

ベニクラゲはクローン生物なので、均一の実験材料が多く入手可能で、若返りも実験的に容易に起こさせられることを紹介したが、その永代飼育は甲殻類のアルテミア幼生等を餌にし、水流を発生させ、頻繁の水替えでクリーンにした海水中で、容器の “コケ” を取り除きながら行う簡便な方法により可能である。しかしながら、これが達成できているところは、不思議なことに、世界にはまだ存在しない。否、ただ一箇所、筆者の体験・研究所ではこの成果を十分発揮させたものを、周年、展示解説し、更に体験・研究して頂いている。特に子供達や高校生等の自由研究課題に取り入れられているのが目下目立つのは、将来につながる。

最後になるが、最近、東京電機大学の共同研究者たちの並み成らぬ努力が報われた報告がなされた [5]

それは、2017 年 8 月 17 日、プランクトンネット曳きにより和歌山県白浜町で、筆者の体験研究所付近から、20 個体の未成熟クラゲを採集し、それから約半月後の 8 月 30 日にポリプに若返ったこれら 20 個体を、人工海水を用いて 27℃ で止水飼育した。その後の 10 ヶ月程はポリプの個虫数が非常に少なく、わずか 1 あるいは 2 個虫どまりだった 1 群体が、よく繁茂した群体にはならないままだったが、個虫数が一度 10 個体以上になってから、クラゲ芽を形成し始めることができるようになって、若いクラゲが遊離した。クラゲ芽は次々と形成され、小休止があったが、約一ヶ月をおいて二度目のクラゲの遊離も行った。このクラゲからは二度の若返りを、海から遠い実験室内で達成できた(図 3-2)。

この例は、今後のベニクラゲのあらゆる研究の発展に大いに寄与する前触れだろう。一刻もはやく、どの研究所でもベニクラゲの飼育が簡単に大量につくれるようにしなければいけない。夢の研究はまだ始まったばかりかもしれないが、色々な分野がお互いの力を発揮して合わせることで加速度的に進んできたのは文明を発展させてきた人類の底知れぬ力の特質であろう。

図 3-2. ニホンベニクラゲの人工海水中での止水飼育で二度の若返りの成功例

【主な参考文献】

[1]  テレビ東京編. 2006. 所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!②. 139-142頁.

[2]  Piranio, Stefano, Boero, Ferdinando, Aeschbach, Brigitte, Schmid, Volker. 1996.

Reversing the life cycle: medusae transforming into polyps and cell transdifferentiation in Turritopsis nutricula

(Cnidaria, Hydrozoa). Biological Bulletin, 190: 302-312.

[3]  Hasegawa, Yoshinori, Watanabe, Takashi, Masaki Takazawa, Ohara, Osamu and Kubota, Shin.

2016. Zoological Science, 33(4): 366-371.

[4]  久保田 信. 2018. 不老不死のクラゲの秘密. 毎日新聞出版, 東京.

[5]  大塚玲桜・藤瀬弦汰・久保田信・刀祢重信. 2018. 人工海水の止水飼育下でのベニクラゲの若返り、クラゲ芽形成、並びに第 2 回目の若返りの初記録. 日本生物地理学会会報, 73: 190-194.

【用語の説明】

  1. テロメア(telomere)
    真核生物の染色体の末端部にある構造。染色体末端を保護する役目をもつ。(出典:Wikipedia)
  2. ヘイフリック限界(Hayflick limit):細胞の分裂回数の限界。(出典:Wikipedia)
  3. Wnt3(ウィント3)
    ヒトの体内の限られた領域の細胞から産生される分泌型のタンパク質。ヒトに 19 種類存在する Wntファミリー(Wingless-type MMTV integration site family)の一つ。細胞運命の調節や様々な発生、発がんなどに関わっているとされている情報伝達(シグナル伝達)に使われるタンパク質。
    (出典:国立研究開発法人 産業技術総合研究所)