電気通信大学大学院 情報理工学系研究科 助教

牧 昌次郎

1989年03月 慶應義塾大学 理工学部 化学科 卒業...もっと見る 1989年03月 慶應義塾大学 理工学部 化学科 卒業
1994年03月 慶應義塾大学大学院 理工学研究科 化学専攻博士課程修了(博士(理学)取得)
1992年11月~1993年01月
独国 Max Planck 生物化学研究所 研究員(細胞生物学研究室で mRNA の
ラベル化材料の合成・開発と生細胞内動態の可視化研究)
1993年04月~1994年03月
日本学術振興会 特別研究員
1994年04月~1996年09月
帝京大学薬学部助手
1996年07月~1996年08月
独国 Max Planck 生物化学研究所 客員研究員(細胞生物学研究室で mRNA の
ラベル化と生細胞内動態の可視化研究)
1996年10月~現在 電気通信大学電気通信学部 助手(助教、職名変更)
1999年05月~2000年01月
Columbia 大学化学科 博士研究員(視覚の分子機構解明研究)
2005年06月 有機電子移動化学奨励賞
受賞講演題目:「ホタル発光系をモデルとした人工発光標識系創製へのアプローチ」
2012年01月 優秀教員賞(電気通信大学)

コラム執筆にあたって

全人類的課題として、筆者は「食料・エネルギー問題」「医療」「格差」の3つが重要と考えている。本研究では「医療」について着目している。癌や再生医療の実用化は誰もが重要と考えているが、癌は発癌と転移の機構が明確ではなく、克服が難攻していると考えられている。再生医療の実用化では、移植臓器等の生着や成長を精密に体外から可視化する技術が必要であろう。これらを明確に可視化する技術(生体内深部可視化)があれ ば、これらの研究は大いに進歩すると考えられている。

光インビボイメージング技術(生体内を光で可視化する技術)は、MRI や超音波などの計測に比して空間分解能が高く、精度が高い可視化測定ができるとされているが、生体内深部を可視化する標識材料(近赤外に発光する材料)は、開発されていなかった。この技術の創製と実用化で、これ らの閉塞状態を打破し、ライフサイエンスを日本発の技術で先導したい。

臨床技術・治療法に特許はないが、それを支える工学技術は特許がある。工学技術競争に遅れをとれば、臨床にまで影響する。日本は iPS 細胞でノーベル賞は獲ったが、再生医療の実用化はできなかったということにならないように、その基盤技術であるインビボイメージングで世界最先端技術を確保して、「ノーベル賞も再生医療も日本から」と誇りたいところである。

ホタルの光は、日本人には独特の趣があると思われるが、「どのようにして光るのか」については意外と知られていない。また、「どうして光るのか」については、諸説あり、決着はついていないようである。日本でホタルといえばゲンジとヘイケが有名すぎて、この2種しか存在しないかのように思っている方も少なくないであろう。

1-1. はじめに

自分も、この研究を始めてから知ったことは実に多い。世界中にホタルは棲息しており、また日本にはホタルの仲間が40種くらい棲息1) しているらしい。
しかし幼生期を水辺で過ごす水棲のホタルは、ゲンジ、ヘイケ、クメジマの3種くらいだそうである1)
このように、ホタルといえば清流の代名詞であり、ホタルの棲息と環境の清浄化は同義語のようであるが、水棲のホタルは上記3種くらいであり、ホタルと環境を結びつける感性は、日本人独特のものらしい。
多くの方がご存知のように、ホタルは成虫になると摂食しなくなる。ホタルの光は命の光であり、この儚さが、古くから日本人の感性によりマッチするのであろう。

1-2. ホタルはどのように光を出しているのか?

ホタルがどのように光を作っているのか?太古から、人類は興味を持ってきたようである。

簡単に表現すれば、低分子有機化合物と酵素が化学反応して光が出る。このときエネルギー(ATP)が消費され、酸素が二酸化炭素になって排出される(図1)。これは、生物の代謝そのものである。

もう少し詳しく、発光反応機構2) をみてゆこう。発光基質(ルシフェリン)が発光酵素(ルシフェラーゼ)に取り込まれ、酵素内部で発光基質のカルボキシル部分(COOH)が ATP(アデノシン三リン酸)により、AMP(アデノシン一リン酸)化され化合物 2 となる。この後、酸素と反応し、不安定かつ高エネルギー状態のジオキセタノン中間体 3 となる。この不安定な中間体が分解するとき、その分解エネルギーが加わり、励起状態のオキシルシフェリン 4* が生成する。この励起状態のオキシルシフェリンが基底状態 4 に失活する際に、エネルギーを放出する。この放出されるエネルギーは光として放出される。この光が「ホタルの光(ca. 560nm)」である。この反応過程では、マグネシウムイオンが必要であるが、その具体的な分子作用は明らかになっていない。すなわち低分子化学反応(発光基質)に作用するのか、発光酵素のタンパク構造形成に作用するのかは、明白ではない。ただ、マグネシウムイオンが存在しないと、この反応は生じないことは、わかっている。

図1.ホタル生物発光反応経路

励起状態の物質が基底状態へ失活する際に光を放つことは良く知られているが、物質は光照射や電気エネルギーなどを与えられ、励起状態となることが多く、化学反応で化学物質を励起状態にすることは、非常に稀である。

ウミホタルやホタルイカなどの海洋性の発光生物で現在知られている発光機構3) もこれと同様で、化学構造はそれぞれ異なるが、発光基質に相当する化合物がそれぞれの発光酵素内で酸素と反応し、不安な高エネルギー状態のジオキセタノン中間体となり、これが分解する時のエネルギーで励起状態となり、失活する際に光(エネルギー)が放出される。このエネルギーが光に変換される効率は非常に高く、ウミホタルが 30% 、 ホタルは 40% 程度とされている4)。電球などが消費電力の 10% 程度であることを考えると非常に効率が高い。多くの電気発光では熱を感じる。これはエネルギーが光ではなく、熱になっていることを示している。生物発光は、エネルギー変換効率が非常に高いので、熱になること無く、光への変換されていることは注目に値する。どんなに光っても、ホタルが熱くならないのは、この高効率な生体機能のためである。LED 照明は消費電力効率が飛躍的に向上し、70% 以上である。このため省ネルギーのみならず、発熱も抑えられ、明るくても熱くない照明器具となっているが、直線光であることが従来品に慣れたユーザーから指摘されている。

ケミカルライト3) も原理的には生物発光と同様であり、化学反応とエネルギー移動で発光体を励起させる。ケミカルライトの場合、化学反応でエネルギーを産生した化合物から、エネルギーが発光体となる蛍光物質に移動することで、発光体が励起状態となり、失活することで光を生じる。発光体に様々なものを用いることで、ケミカルライトは実に様々な発光色を得ることができる。このように、ホタルの発光は、酵素の化学反応で発光体の励起状態を作り出し、高効率でエネルギーを光へ変換しているので、発熱しない光(冷光)が得られるのである。ケミカルライトのエネルギー変換効率は 1% にも満たないとされているが、発光時間が短く、溶媒が熱を吸収しているのでさほど熱くはならないのである。

文献

  1. 東京ゲンジボタル研究所著:ホタル百科(丸善株式会社)、監修:梶谷 誠 編集:田中 繁 ユニーク&エキサイティングサイエンスII (近代科学社)p.136-158 (2013)
  2. 発光機構:W. D. McElroy, H. H. Seliger, and M. DeLuca: Insect Bioluminescence. In the Physiology of Insecta (M. Rockstein, ed.), Academic Press NY, p.411-460 (1974); W. D. McElroy: Chemistry of Firefly Luminescence. In Bioluminescence in Action (P. J. Herring, ed.), Academic Press NY, p.109-127 (1978).
  3. 今井一洋・近江谷克裕 編集:バイオ・ケミルミネセンスハンドブック(丸善株式会社)
  4. 発光効率%: Y. Ando, K. Niwa, N. Yamada, T. Enomoto, T. Irie, H. Kubota, Y. Ohmiya and H. Akiyama: Nature Photonics 2, 44-47 (2008)