ホタルの光は、天然の発光基質と発光酵素を利用する限り、560nm 程度の発光波長である。一方で、発熱を伴わない生物発光は、生体内でも組織や細胞に影響しないため、とても都合が良い。これを利用して、生体の様子を可視化する技術「バイオイメージング」1) として利用されている。シャーレで培養した細胞の様子を測定する、また遺伝子発現の様子を可視化・測定するレポータアッセイもバイオイメージングの範疇である。
2-1. ホタルの光を人工合成して色を変える

例えばレポータアッセイでは、測定したい標的遺伝子(遺伝子組み換えで導入した遺伝子など)の下流にホタル発光酵素の遺伝子を導入しておくと、標的遺伝子が発現すれば、ホタル発光酵素も発現する。この状態の時に、低分子有機化合物である発光基質を系内に投与すれば、系内で発光現象が確認できる。このように、標的遺伝子の発現を光でモニタできるのである。このような遺伝子関連技術は、ライフサイエンスの研究分野では、もはや日常的に行われている。つまりホタル生物発光系も日常的に利用されている技術である。ホタルに限らず、ウミホタルの発光系では、発光に際してカルシウムが必要であるため、カルシウムの動態をモニタする研究では、ウミホタルの発光系がよく利用されている。また発光と同様に、光を外部照射して蛍光剤を励起させ光を測定するシステム1) も汎用されており、ライフサイエンスの分野では、光測定は常用されている。光測定(光イメージング)がライフサイエンスの分野で常用される理由は、光は感度高く測定できること、また、放射線や MRI などの測定に比して、空間分解能も高いため、測定精度高く可視化できるためと考えられる。
2-2. ホタルの光で生体内を可視化する

筆者らのグループは、ホタル生物発光の発光基質を人工的に改変し、可視領域をほぼ網羅する波長域と近赤外領域(発光極大 675nm)の材料(特許第 5464311 号)を創製し、アカルミネ® の商品名で和光純薬工業から市販している2)。ホタル生物発光系の改変技術では、これより早く、近江谷らが発光酵素の改変によりTrpluc®(550、 580、 630nm の3色)を東洋紡株式会社から市販している3)。また発光基質の人工材料では、東京大学が北米産ホタル発光酵素を用いて、約 610nm に光るアミノルシフェリン(5)を実用化している4)。しかしいずれの技術も、生体の窓5)(650~900nm)といわれる、生体内の光透過性が高い領域に達することができていなかった。生体内の窓とは、生体内のヘモグロビン、酸化ヘモグロビン、水などの光吸収帯の吸収が弱くなっている領域で、この領域の光は生体内透過性が高いと考えられている。
近年「in vivo イメージング」というライフサイエンスの技術が急成長している。これは、生体内の様子を外部から測定する技術である。この測定には光が利用されており、感度高く観測できる蛍光が使用される。例えば、蛍光タンパク質を発現するように遺伝子組換えを行った細胞や臓器に適切な光を照射すれば、蛍光タンパク質が励起され、蛍光が放出される。しかし in vivo イメージングの場合、照射光も生体物質の吸収を受けるので、生体内深部に光を届かせることは難しい。蛍光タンパクではなく、有機化合物で蛍光を発するような物質も同様のイメージングが可能である。蛍光物質は、計算化学で発光波長がある程度見積れることもあり、様々な化合物が市販され、実用されている。イメージングといえば、「蛍光イメージング」と思う方もおられるほどである。
一方発光イメージング、特にホタル生物発光系を利用した場合は、先述のように、発光基質と発光酵素、マグネシウムイオン、酸素、ATP が必要である。このように、発光は励起光が不要であるが、そのため、発光に必要な要素がある。
癌の研究では、研究対象のモデルとなる癌細胞に、ホタル発光酵素を発現するように遺伝子導入をおこない、皮下や臓器にモデルの癌細胞を実験動物に移植する。実験動物に発光基質を投与すれば、発光酵素を発現している癌細胞だけが光る。マグネシウムや酸素、ATP は生体には必要なので生細胞が持っているものが使える。癌では低酸素状態であることが懸念されるが、癌の可視化ができているので、発光標識は可能のようである。
癌研究では、発癌と転移の機構が焦点になっている。どのようなプロセスで発癌に至るのか、また癌がどのように転移してゆくのか? この詳細を精密に可視化することができれば、癌研究の核心を捉えることができよう。これは世界中の研究者が挑戦しており、全人類的課題であり、願いでもあろう。とくに生体内深部に転移する癌や骨に転移する癌、また、血流が多い脳や腎臓、肝臓に転移する癌を可視化するためには、生体内透過性が高い(生体の窓領域)発光材料が必要である。蛍光材料でもよいように思うが、照射光が必要な蛍光材料では、生体内深部に光を届けることが難しい。また、正確にターゲットとなる癌細胞に照射する必要もあろう。しかし発光であれば、標的が光ってくれるので、どこに転移するかわからない癌でも、光を観測することで検出できる。また、生体内深部であっても、生体の窓領域に光る長波長(NIR: 近赤外)発光材料であれば、さまざまな問題が解決できると考えられる6)。

また、インビボイメージングは、癌研究だけに使われるわけではない。生体内で、細胞に発光標識することができれば、実にさまざまなライフサイエンスの研究ツールとして利用が可能である。インビボイメージング技術は移植・再生医療研究には欠くことができないツールである。脊椎損傷の根本的な解決手法は損傷を受けた神経細胞を移植することにある。例えば iPS 細胞の技術を用いて、患者の方の神経細胞を作ることができれば、損傷を受けた神経細胞と置き換えることで、機能を回復することができるかもしれない。しかし、その技術の実現には、脊椎損傷モデル動物による精密かつ詳細な研究が必要であろう。iPS 細胞で作成した神経細胞が生着すること、それが人間の繊細な高次機能を再現できるのか、実に多くの課題がある。なにより、移植した細胞を精密に逐次観測する必要があろう。太い脊椎の内部の様子を精密かつ詳細に観測するには、光は都合がよい、しかし、そのように堅固に包まれた内部を光で可視化するには、高い生体内透過性と輝度が必要であろう。また、微弱な近赤外光を受光して、3 次元的に表示する機器測定や画像処理技術も必要であろう。難治疾患に立ち向かう技術は、世界最先端であり、複合技術である。医療だけではなく、動物、機械、電子、化学の最先端技術を有する専門家が連携してゆかなければならない。難治疾患は、脊椎損傷だけではなく、日本だけの問題でもない。しかしその臨床技術開発には、複数の先端技術が必要である。
臨床技術・治療法に特許はないが、それを支える工学技術は特許がある。工学技術競争で遅れをとれば、臨床にまで影響することは、産業界人でなくても、理解に苦しくないであろう。筆者は機械・電子は日本の得意と子供のころから学校で習ってきた。筆者の専門ではないが、実験動物の技術も今や日本は世界最高峰らしい。長波長発光材料は筆者ら電気通信大学が特許を保有しており、それが世界で唯一市販されている材料である。
ライフサイエンスの基盤となる世界最先端技術は、日本がポールポジションを手にしていると筆者は考えている。光イメージングでは、米国スタンフォード大学が特許を有しており世界を席巻しているが、その原出願は 2014 年米国、2015 年日本で期限となると考えられている。日本は iPS 細胞でノーベル賞は獲ったが、再生医療の実用化はできなかったということにならないように、その基盤技術であるインビボイメージングで世界最先端技術を確保して、「ノーベル賞も再生医療も日本から」と誇りたいところである。
文献
- 今井一洋・近江谷克裕編集:バイオ・ケミルミネセンスハンドブック(丸善株式会社)
- 監修:梶谷 誠 編集:田中 繁 ユニーク&エキサイティングサイエンスII (近代科学社)p.136-158 (2013)
- Y. Nakajima et al., BioTechniques, 38: 891-894 (2005)
- 特開2007-091695「新規ルシフェリン誘導体」
- Ralph Weissleder, “A clearer vision for in vivo imaging”, nature biotechnology 19, 316 (2001)
- http://ganshien.umin.jp/public/research/spotlight/maki/index.html
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