子供の頃、アパートや家の庭に井戸があるという友達が数人いました。水をくみ上げる手押しポンプを押すのが面白く、井戸は子供たちの格好の遊び場になっていましたが、いずれも飲料水として使われている様子はありませんでした。水道があるから、井戸はすでに不要になっていたのでしょう。

このように「水道が普及した地域では、井戸水を使わなくなる。未だに井戸水を使っているのは工業用か、おいしい地下水が自慢という一握りの田舎だけ」……。長い間、そう信じ込んでいましたが、それは大勘違でした。
もしかしたら、私のように勘違いをしている人がいるかもしれないと思い、今回は、『井戸水』を利用した『専用水道人気』をテーマに選びました。
人工透析に使用する水は一回 120 リットル!
井戸水を調べるきっかけになったのは医療関連の雑誌でした。当時、その雑誌で、「医療用のユニフォーム」「病院の福利厚生」「医療用の IT」「検査代行」といった医療関連の業界レポートを担当していました。このコーナーで、次は『医療用の水』業界を取り上げようということになったのです。手術の前の手洗い、器具の洗浄、薬剤の調整、人工透析など、医療の現場で使われる様々な「水」をつくっている企業を訊ねる予定でした。
もっとも、医療用関連の水をどんな企業が作っているのかなど知りません。まずは「浄水器」「フィルター」「純水」など水に関係ありそうな言葉と手術や医療器具などを組み合わせて検索しながらヒントを探します。
こうした作業で、「人工透析」に使われる透析用水が数多くひっかかってきました。中でも気になったのは、一回の透析で使われる水の量。なんと 120 リットルにも及ぶそうです。ある総合病院では、1 日に 70 トンもの水を使うと話していました。
仮に地震などの災害で水道が止まったら、どう水を確保するのでしょうか。それとも患者を、水が出る病院に移動させるのでしょうか。災害の観点から透析水について触れている資料もありました。
考えてみれば、水が出なければ手を洗うこともできません。透析に限らず、あらゆる医療行為に水は不可欠。兵庫県が阪神淡路大震災後に医療関係者に実施したアンケートによれば、診療機能を低下させた 1 番の原因は『水道の供給不足』という結果が出たそうです。
東日本大震災の半年後、厚労省は「災害医療等のあり方に関する検討会」の報告書を発表し、その中で「災害拠点病院の水の確保についての考え方」を示しました。
「災害時でも診療を継続するための適切な貯水槽の確保」「優先的な給水協定の締結」、そして「井戸水人気」に結び付く「停電時にも使える井戸設備の整備」が紹介されていたのです。仮に水道の供給が止まったら、井戸水に切り替えて、診療を続けるというわけです。
この報告書は、井戸水を利用した専用水道を設ける医療施設が増加するひとつのきっかけになったそうです。
コストが安い専用水道
専用水道には、実は、コストが安いというメリットがあります。病院に限らず、ホテルや商業施設なども専用水道を導入していました。
あるホテルでは、使用する水の 8 割を専用水道に切り替えたことで、年間 8000 万円だった水道料を 3000 万円以上節約できたといいます。
病院は、専用水道をひくことで、災害時に水を確保できるだけではなく、コストも削減できる一石二鳥の効果を期待できるわけです。もちろん専用水道を導入するためには、相当額の投資が必要ですが、6 年程度で回収できたと話す病院もありました。
言い換えれば、それだけのメリットがあるから水源の複数化が可能になるのでしょう。
2001 年には約 3700 か所だった専用水道は 2002 年には 6900 か所、2015 年には 8200 か所に増加しています。2001 年から 2002 年にかけて 3000 か所も増えているのは不自然ですが、その理由は水道法の改正にあったようです。それまで専用水道の定義は「居住者 100 人以上」でしたが、2001 年に「1 日最大給水量が 20m3
を超えるもの」という定義が新たに加わりました。それによって商業施設や病院などが専用水道をつくれるようになったわけです。
また、水をきれいにするフィルターなどの技術が発達したことも、専用水道の普及に拍車をかけています。
いずれにしても、専用水道をいったん導入すれば、水道よりも圧倒的に安いのですから、メインの水源として使われるようになるのは当然でしょう。
収入源に悩む自治体
専用水道が普及するということは、自治体からみれば、上得意が次々にいなくなることを意味しています。たとえば、千葉県は、専用水道の影響で、2007 年から 2011 年の 5 年間で約 16 億円、神戸市は 20 件の専用水道ができたことで、2010 年度は 4 億 5000 万円の減収になったと推計しています。

ところで、ホテルや病院などは、専用水道を敷設したからといって、水道の契約をやめるわけではありません。2 割は水道で 8 割は専用水道といった具合に、多くの施設は水道と専用水道を併用しています。つまり自治体にとっては、水の売上は下がるのに、施設の維持管理コストは変わらないということになります。
このまま大口需要家が専用水道をどんどん取り入れれば、どうなるのでしょうか。加えて、少子化によって個人需要も減少の一途をたどるはずです。放っておけば、いつか水道事業は立ち行かなくなるかもしれません。
いくつかの自治体は、落ち込みをカバーするために、様々な手を打ちはきめました。
ポピュラーなのは大口需要家の水道料の値下げ。前橋市、佐賀市、草津市など多くの自治体が実施しています。それによって専用水道への転換を食い止めることを狙っています。専用水道から水道に切り替えた場合、水道料金を安くするといった制度を導入した自治体もあります。
神戸市をはじめ、いくつかの自治体は固定費に目をつけました。水道施設の維持管理のために、専用水道の利用者から一定の固定費を徴収するのです。また、帯広のように専用水道を主として使っている施設は、水道をバックアップとして使っているから「バックアップサービス料」というカタチで対価を徴収している自治体もあります。
もっとも実際にこうした対策をとっている自治体は、まだ少数派でしょう。2018 年から京都市が「水道施設維持負担金制度」をスタートするといった具合に、多くの自治体が手をつけるのはこれからです。現在は、いろいろな地域のやり方を比較検討している段階だといえるでしょう。ユニークなアイデアが飛び出すかもしれません。
さて、肝心の記事の方ですが、すっかり興味が変わってしまったので、結局、テーマも「病院の安全な水の確保に係る業界」に変えてしまいました。
「1 年たったら、思わぬ物質が検出されるようになったのに工事から管理まで頼んだ業者が責任をとってくれなくて困った」「水質を管理している会社に、水質検査まで頼んでいる病院の多さには驚く。これではチェック機能が働かない」「専用水道にアンモニア態窒素が混じっていて、人工透析患者の貧血症状が進行した」……。安全確保がなぜ重要か理解するためには、結果としてずさんな例についての話も沢山伺うことになりました。
もちろん、その気になれば、専用水道はいくらでも質を高くできます。一方、水道水でも自治体によって管理水準に多少のバラツキはあるようです。
それでも、個人的には、「口に入れるのは、水道水の方が、とりあえず無難かも?」と思いましたが、皆さんはいかがでしょうか。
次回は「キャンピングカーブーム」について書く予定です。
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