2018/03/06 業界コラム 岡本 浩和 第 1 回 勤勉なバッハ ― 私はとても勤勉でした。 私のように勤勉だったら、誰だって私のようになれるでしょう 株式会社オーパス・スリー 代表取締役 岡本 浩和 株式会社オーパス・スリー 代表取締役 キャリア...もっと見る 株式会社オーパス・スリー 代表取締役 キャリアコンサルタント 米国CCE, Inc.認定GCDF-Japan キャリア・カウンセラー http://opus-3.net/ 1964年 滋賀県生まれ 1988年 早稲田大学第一文学部哲学科社会学専修卒業 卒業と同時に株式会社NHKプロモーション入社。音楽イベントなどのプロデュース業に携わりながら、一方で人間教育分野にも強い興味を抱くようになる。 1991年 ベンチャー系人材開発、教育会社に転職 以後2007年1月まで16年間にわたり大学生の就職支援、若手社会人のためのリーダーシップ研修、ストレ ス・マネジメント研修、コミュニケーション研修など500回以上のセミナーのファシリテーション業務を通じ、延べ10,000人に及ぶ個人カウンセリング を経験。 2007年 独立とともにOpus3(オーパス・スリー)創業 2009年 株式会社オーパス・スリー設立、代表取締役に就任 法人向けの新人研修やマネージャー研修、独自の組織活性研修などの企画運営&講師として活動す るほか、首都圏の大学にて「キャリアデザイン」の講義を担当。また、個人を対象に「ワークショップZERO(東京&名古屋)」を主宰、日々「人間教育」に 情熱を傾けている。 ワークショップZEROはこちら http://seminar.opus-3.net/ 早わかりクラシック音楽講座はこちら http://classic.opus-3.net/ Blog :岡本浩和の「人間力」発見日記 http://ameblo.jp/opus3/ アレグロ・コン・ブリオ~第6章 http://classic.opus-3.net/blog/ 音楽は人生を豊かにします。 特に、何百年という歴史をもつクラシック音楽の魅力は、関わり方が能動的であれ受動的であれ、私たちの感性を磨き、記憶力を助長し、その結果、私たちに全脳的に生きるきっかけをもたらしてくれるところにあるのです。 長年人材育成に携わってきて私が思うのは、数多の研修やワークショップなどに参加し、自らにスキルアップや鍛錬の機会を課すことと同時に、日常生活の中でいかに人間力を高めるかを考え、どう実践するかが大事だということです。しかしながら、忙しい現代社会の中で、私たちは日々仕事や生活に追われ、なかなか自らを振り返り、心を癒す機会を持つことは意外に困難だと思われます。 そのような状況の中で、人間性を磨き、心を癒し、豊かにしてくれる一つのツールが音楽であり、中でもクラシック音楽であるといつしか私は考えるようになりました。気軽にクラシック音楽を聴き、楽しむこと。そういう時間を少しでも日常に導入することにより、どれだけ幸せな気持ちになれるか。 クラシック音楽は決して堅苦しいものでもなければ、難しいものでもありません。作曲家の生い立ちやエピソードを知り、また、その音楽が創造された時代背景を知ることで、日頃何気なく聴いていた音楽が一層身近なものになることでしょう。ひとりでも多くの方々にクラシック音楽の魅力を知っていただきたい、そしてまた、聴く楽しさを知っていただきたいと思い、コラムの筆を執らせていただきました。 古今東西どの分野にも人間離れした、天才といわれる人たちがいます。彼らはモノを生み出すことに長け、あるいは記録を伸ばすことに長じています。果たしてそれはただ才能からのみ発せられるものなのでしょうか? 昨年(2017 年)のベスト・セラーにアンジェラ・ダックワース著/神崎朗子訳「GRIT−やり抜く力」(ダイヤモンド社)という書籍があります。ここでは、ハーバード大学とオックスフォード大学、そしてマッキンゼー社の研究者たちが長年の歳月をかけて解明した、人生の様々な成功を決める「能力」について詳細に報告されており、人々の、それぞれの分野での成功と偉業達成の秘訣は「才能」よりも「やり抜く力」が重要であることが科学的に究明されています。 ちなみに、「やり抜く力」は、「情熱」と「粘り強さ」の二つの要素から成るといわれており、「情熱」は、自分の最も重要な目標に対して、興味を持ち続け、ひた向きに取り組むこと、「粘り強さ」は、困難や挫折を味わっても諦めずに努力を続けられることと定義されています。 現代の様々なジャンルで活躍する人々を見ても、あるいは過去の偉人たちの伝記などをひもといてみても、確かに「情熱」と「粘り強さ」の二つの要素が彼らの人生を大きく成功に導いたことは想像に難くありません。 例えば、長い歴史を持つ西洋クラシック音楽の世界においても、何百年も聴き継がれる名作を残した作曲家たちの多くは、やはりこの「やり抜く力」を有していたと考えられます。 今回のコラムでは、バロック期のドイツで生まれ、活躍した 2 人の大作曲家、すなわち、 1685 年にアイゼナハで生まれ、1750 年ライプツィヒで亡くなったヨハン・セバスティアン・バッハ、そして、奇しくも同年 1685 年ハレで生まれ、1759 年ロンドンで亡くなったジョージ・フレデリック・ヘンデルの人生のある時期を振り返り、いかに彼らが努力の人であったのかを俯瞰してみたいと思います。 ヨハン・セバスティアン・バッハは生涯ドイツを離れることなく、ローカルな作曲家として人気を博しました。一方、ジョージ・フレデリック・ヘンデルはドイツ国内に留まることなく生涯の 3 分の 2 をイギリスで過ごし、最終的にはイギリスに帰化、世界的名声を獲得し ています。 両人とも幼少から非凡な才能を発揮し、若くして相当の名声を獲得したと言われます。確かに彼らの音楽は 300 年以上を経た現代も世界各地で演奏され、愛好されています。作品によっては、それがバッハやヘンデルの作品とは知らなくてもその音楽や旋律は聴いたことがあるという人も多いことでしょう。 一般的にはバッハとヘンデルは並び称され、比較して語られることが多い作曲家ですが、実は彼らの音楽の印象は、その生き方を反映する様に随分異なります。 二人はもちろん天賦の才を与えられた才能豊かな人であったことは間違いありません。ただし、彼らの音楽が時代と地域を超えこれだけ聴き継がれるのには、単に才能だけでなく、それぞれに相当な努力があってのことだということを忘れてはなりません。 ヨハン・セバスティア ン・バッハ バッハの、一挺のヴァイオリンや一挺のチェロのための音楽はあくまで自己を振り返り、ある時は自らへの戒め、そしてある時は自身へのご褒美として創作されたものではないかと思わせるほどの峻厳さに満ちています。一方、同じヴァイオリンやチェロでも、伴奏楽器、 ピアノやチェンバロなどが付随する作品は、とてもリラックスした表情を持ち、あくまで他人との逢瀬、すなわちコミュニケーションを愉しむために創造されたもののように思われ ます。 ※参考音源 ・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第 2 番ニ短調 BWV1004 https://www.youtube.com/watch?v=2lRyPzTufm0 ・J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第 1 番ト長調 BWV1007 https://www.youtube.com/watch?v=mGQLXRTl3Z0 ・J.S.バッハ:2 台のヴァイオリンとハープシコードのためのソナタハ長調 BWV1037 https://www.youtube.com/watch?v=_49w-zvM5eo ・J.S.バッハ:チェロ・ソナタ第 3 番ト短調 BWV1029 https://www.youtube.com/watch?v=kKaL7AIubfw 例えば、これらの傑作が生み出されたケーテン時代(1717-22)。ケーテン侯レオポルトがバッハを宮廷楽長に招聘したのは 1717 年 8 月のことですが、すでに相当の名声を獲得していたバッハにとっても、それは更なる名誉でした。レオポルト侯がバッハの信仰していたルター派ではなくカルヴァン派であったということが理由で、教会音楽がほとんど作曲されなかったという問題もありますが(レオポルト候はどうやら純粋な宗教体験にはむしろ音楽など邪魔と捉えられていたようです)、レオポルト侯に音楽家をみる目(音楽を理解する耳)があったことが幸いし、破格の年俸で雇われたバッハは、音楽に精通した君主のもとで、開放的でかつ活き活きとした音楽を紡ぎ出すことに成功しました。 この時期にバッハによって創造された数々の世俗作品は厳しさと柔らかさを合わせ秘める、そんな様相を示した音楽たちで、中でも無伴奏ヴァイオリン・ソナタ & パルティータや無伴奏チェロ組曲は何とも近寄りがたい神々しさを放っています。もちろん奏者の解釈によってそれらは全く違った音楽に変貌するのですが、それでもヴァイオリニストやチェリストが自ら向き合うことで、つまり自身の鏡として音楽を創出するという意味においては彼らの「人生」がまるで浮き彫りになるような厳しさがあるのです。その意味では、無伴奏作品は演奏者にとってはとても「怖い」作品群なのでないかと私は考えます。 実際、数年前に昭和女子大学人見記念講堂で聴いたマキシム・ヴェンゲーロフのパルティータ第 2 番ニ短調 BWV1004 は、いかにも復活直後のヴェンゲーロフの思いを表出する音楽で、深い呼吸と余裕のある音作りに溢れたものでした。微動だにしない悠々たるテンポと、芯のしっかりした地に足の着いた堂々たる解釈。いかに彼がそのとき幸せであったのかがわかり、人としても自信と確信に満ちているんだということが即座に理解できるものでした。 ただし、音楽の解釈というものは人それぞれ好みがあるもので、おそらくああいうスタイルを求める人もいれば、終盤に向かって(例えば)アッチェレランドをかけていくようなもっと厳しい表現を良しとした人も聴衆の中にはいたかもしれません(特にソロの場合は聴衆各々の趣味というか感性によって判断がまちまちになるのが面白い。それがまた記号化されたものを頼りに、しかもバッハの時代の頃はほとんど奏者の感性や力量に任されていた精緻でありながら曖昧な(?)譜面から音楽を再生していくのだからな面白いのです)。音楽というのは、弾き手の思考や感覚によっていろんな解釈が選ばれ、そしてそれがいかにも説得力を持って再生されることが奇蹟的なのです。 ちなみに、ケーテン時代のバッハの身辺に起こった最悪の事態は、1720 年、自身の留守中に愛する妻マリア・バルバラが急逝したことでした。失意のどん底に突き落とされたバッハはしばらくは作曲のペンすらとれなかったと言います。しかし、そこはさすがに「やり抜く力」を秘めたバッハだけあり立ち直りも早く、わずか 1 年余りで新たな妻、すなわちアンナ・マグダレーナを得、彼女の献身的な協力もあり、その後はよりバッハらしい新たな挑戦的な作品を生み出すことができるようになったのです。 バッハの器楽作品は宗教的なものとは別の観点で作られているのでしょうが、どの作品を聴いてもそこに「神が宿る」という印象は変わりません。とても人間が作り出した代物とは思えない精緻さと官能とがあるのです。ちなみに、晩年、バッハは次のように語っています。 「私はとても勤勉でした。私のように勤勉だったら、誰だって私のようになれるでしょう」 もちろん彼の成功は先天の才能あってのものであることに違いはありません。しかし、彼のこの言葉通り、精密画のような譜面の制作とあわせ、美しい音楽の作曲は幼少の頃からの大変な努力の賜物であり、その積み重ねの上に成り立っているものだということを私たちは忘れてはなりません。その意味ではバッハは極めて人間らしくありながら、それでいて宇宙的規模の視点で物事を見、かつ考えられた優れた思考とバランス感覚を持った人だったのだと思うのです。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 株式会社オーパス・スリー 代表取締役 岡本 浩和さんのその他の記事 2018/07/03 業界コラム 第 3 回 アントニオ・ヴィヴァルディ 「心の安寧をどこかに置き忘れてしまった現代人への贈りもの」 2018/05/09 業界コラム 第 2 回 ヘンデルの勇気と実行力 2018/03/06 業界コラム 第 1 回 勤勉なバッハ ― 私はとても勤勉でした。 私のように勤勉だったら、誰だって私のようになれるでしょう 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年5月2025年4月2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月