2021/01/12 業界コラム 内海 政春 ロケットエンジンに心臓病を起こしてはならない 室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長 内海 政春 1994年4月~2017年1月 宇宙開発事業団(現,宇宙航...もっと見る 1994年4月~2017年1月 宇宙開発事業団(現,宇宙航空研究開発機構) 2006年10月~2007年10月 イタリア ピサ大学工学部航空宇宙工学科 客員研究員 2015年~ 東京工業大学 非常勤講師 2017年~ 室蘭工業大学 教授 2020年~ 北海道大学 客員教授(f3工学教育研究センター 副センター長) コラム執筆にあたって 筆者がロケットエンジンの研究開発で感じたこと、考えたことなどを書いてみたいと思います。 雑駁な内容ですので、気楽に読んでいただければ嬉しく思います。 現在、運用中の基幹ロケットといえばH-IIAロケットです。このロケットの第1段エンジンはLE-7Aと呼ばれており、スペースシャトルのメインエンジンと同じ“二段燃焼サイクル”という技術的にもっとも難しいサイクルが採用されています。このエンジンの心臓部がターボポンプであり、ロケット飛行中に巨大なタンクから低圧の推進薬を吸い出し、超高圧まで昇圧して燃焼器に送り込む役割を担っています(人間の心臓は生きたポンプです)。 人の心臓は心筋の拍動によって動脈に血液を送るのに対して、ターボポンプは高速回転の遠心力を利用して圧力を高めています。たとえば液体水素用のターボポンプの場合、回転速度は毎分42,000回転(1秒に700回転)です。世の中にはもっと高速回転の機械はもちろん存在しますが、このポンプは1秒間にドラム缶約3本分の液体水素を燃焼室に送り込んでいます。これだけの仕事をしながらも飛行中はこの回転軸の振動は0.1㎜よりずっと小さくなくてはなりません。なぜなら、回転体(ローター)とケーシングの隙間がとても小さく設計されているためで、そうしないとターボポンプ効率が低下し、ロケットエンジンの性能が大きく低減してしまうのです。 さらに設計者を悩ますのが危険速度です。ターボポンプの作動を開始してから定常運転に至るまでに、3つの危険速度を通過します。特に3次危険速度のモード形状は軸のベンディングモードなので、軸が曲がりやすく回転軸の振幅が大きくなりやすいという特徴があります。また液体水素は極低温であるため、汎用機械のような油による粘性減衰が期待できないことに加えて、回転速度が大きく隙間が狭いことによって非定常流体力やロータダイナミック流体力の影響を受けやすいという背景もあります。このように、ロケットターボポンプには過大な軸振動(心臓病)を引き起こす要因がたくさんあります。この技術課題を乗り越えるために、ロケットエンジン開発では多くの時間と労力を費やしました。その対策のひとつが、摩擦によるエネルギー散逸を利用したワイヤメッシュダンパの開発でした。 液体水素ターボポンプ軸振動の計測液体水素ターボポンプの軸振動(半径方向)は、遠心羽根車(インペラ)の背面側の位置で計測されています。極低温・高圧センサを用いてセンサ先端と回転軸とのギャップを渦電流により計測して軸の振動を直接測定します。 H-IIロケットのフライト用液体水素ターボポンプの領収単体試験(飛行に供せるかどうかを地上で確認する試験)をJAXA角田宇宙センター(当時は宇宙開発事業団)でおこなった時に、起動過渡時において軸振動過大を検知して緊急停止(“レッドライン停止”という)したことがありました。人工衛星を軌道投入する実飛行用に製造したターボポンプが正常に作動しないという結果ですから、関係者一同、何か起きたのかと騒然となりました。軸の振動振幅が実際に過大、軸振動センサの異常あるいは故障、試験設備の異常など多くの要因が考えられます。一つひとつ原因となりうる事象を調べるために領収単体試験はいったん中断し、このターボポンプは試験場から組立工場に持って帰ることになりました。軸振動の過大現象が発生すると破局的な事象(ロケットの打上げミッション失敗)に繋がる可能性があるため、慎重を期しての判断がなされたのです。その後、ターボポンプは点検と再整備がおこなわれて、最終的にこのターボポンプを搭載したロケットの打上げは成功しました。 領収単体試験を中断するということは、とても大きな追加経費が必要になること、スケジュールインパクトがあることは理解していましたが、回転機械の軸振動がいかに重要であるかを入社してまだ間もないころの私なりに身をもって実感しました。 角田宇宙センター(東地区)の春次回は、ロケット用ターボポンプの作動環境などについてお話ししたいと思います。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長 内海 政春さんのその他の記事 2021/05/11 業界コラム ターボポンプはどのように開発されるのでしょう ? 2021/03/08 業界コラム フライト時のロケットターボポンプってどんな状況? 2021/01/12 業界コラム ロケットエンジンに心臓病を起こしてはならない 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月