室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長

内海 政春

1994年4月~2017年1月  宇宙開発事業団(現,宇宙航...もっと見る 1994年4月~2017年1月  宇宙開発事業団(現,宇宙航空研究開発機構)
2006年10月~2007年10月 イタリア ピサ大学工学部航空宇宙工学科 客員研究員
2015年~         東京工業大学 非常勤講師
2017年~         室蘭工業大学 教授
2020年~         北海道大学 客員教授(f3工学教育研究センター 副センター長)

コラム執筆にあたって

筆者がロケットエンジンの研究開発で感じたこと、考えたことなどを書いてみたいと思います。
雑駁な内容ですので、気楽に読んでいただければ嬉しく思います。

現在、運用中の基幹ロケットといえばH-IIAロケットです。このロケットの第1段エンジンはLE-7Aと呼ばれており、スペースシャトルのメインエンジンと同じ“二段燃焼サイクル”という技術的にもっとも難しいサイクルが採用されています。このエンジンの心臓部がターボポンプであり、ロケット飛行中に巨大なタンクから低圧の推進薬を吸い出し、超高圧まで昇圧して燃焼器に送り込む役割を担っています(人間の心臓は生きたポンプです)。

人の心臓は心筋の拍動によって動脈に血液を送るのに対して、ターボポンプは高速回転の遠心力を利用して圧力を高めています。たとえば液体水素用のターボポンプの場合、回転速度は毎分42,000回転(1秒に700回転)です。世の中にはもっと高速回転の機械はもちろん存在しますが、このポンプは1秒間にドラム缶約3本分の液体水素を燃焼室に送り込んでいます。これだけの仕事をしながらも飛行中はこの回転軸の振動は0.1㎜よりずっと小さくなくてはなりません。なぜなら、回転体(ローター)とケーシングの隙間がとても小さく設計されているためで、そうしないとターボポンプ効率が低下し、ロケットエンジンの性能が大きく低減してしまうのです。

さらに設計者を悩ますのが危険速度です。ターボポンプの作動を開始してから定常運転に至るまでに、3つの危険速度を通過します。特に3次危険速度のモード形状は軸のベンディングモードなので、軸が曲がりやすく回転軸の振幅が大きくなりやすいという特徴があります。また液体水素は極低温であるため、汎用機械のような油による粘性減衰が期待できないことに加えて、回転速度が大きく隙間が狭いことによって非定常流体力やロータダイナミック流体力の影響を受けやすいという背景もあります。このように、ロケットターボポンプには過大な軸振動(心臓病)を引き起こす要因がたくさんあります。この技術課題を乗り越えるために、ロケットエンジン開発では多くの時間と労力を費やしました。その対策のひとつが、摩擦によるエネルギー散逸を利用したワイヤメッシュダンパの開発でした。

液体水素ターボポンプ

軸振動の計測

液体水素ターボポンプの軸振動(半径方向)は、遠心羽根車(インペラ)の背面側の位置で計測されています。極低温・高圧センサを用いてセンサ先端と回転軸とのギャップを渦電流により計測して軸の振動を直接測定します。

H-IIロケットのフライト用液体水素ターボポンプの領収単体試験(飛行に供せるかどうかを地上で確認する試験)をJAXA角田宇宙センター(当時は宇宙開発事業団)でおこなった時に、起動過渡時において軸振動過大を検知して緊急停止(“レッドライン停止”という)したことがありました。人工衛星を軌道投入する実飛行用に製造したターボポンプが正常に作動しないという結果ですから、関係者一同、何か起きたのかと騒然となりました。軸の振動振幅が実際に過大、軸振動センサの異常あるいは故障、試験設備の異常など多くの要因が考えられます。一つひとつ原因となりうる事象を調べるために領収単体試験はいったん中断し、このターボポンプは試験場から組立工場に持って帰ることになりました。軸振動の過大現象が発生すると破局的な事象(ロケットの打上げミッション失敗)に繋がる可能性があるため、慎重を期しての判断がなされたのです。その後、ターボポンプは点検と再整備がおこなわれて、最終的にこのターボポンプを搭載したロケットの打上げは成功しました。

領収単体試験を中断するということは、とても大きな追加経費が必要になること、スケジュールインパクトがあることは理解していましたが、回転機械の軸振動がいかに重要であるかを入社してまだ間もないころの私なりに身をもって実感しました。

角田宇宙センター(東地区)の春

次回は、ロケット用ターボポンプの作動環境などについてお話ししたいと思います。