2021/03/08 業界コラム 内海 政春 フライト時のロケットターボポンプってどんな状況? 室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長 内海 政春 1994年4月~2017年1月 宇宙開発事業団(現,宇宙航...もっと見る 1994年4月~2017年1月 宇宙開発事業団(現,宇宙航空研究開発機構) 2006年10月~2007年10月 イタリア ピサ大学工学部航空宇宙工学科 客員研究員 2015年~ 東京工業大学 非常勤講師 2017年~ 室蘭工業大学 教授 2020年~ 北海道大学 客員教授(f3工学教育研究センター 副センター長) 今回は飛行時のロケットターボポンプの作動環境についてお話ししたいと思います。 日本のロケットインデューサの技術ターボポンプはロケットエンジンの最上流部に装備されていて、推進薬が充填されているタンクから推進薬を大量に吸い込み、高圧にして燃焼器に送り込む役割を果たしています。高圧にすればするほどエンジンで発生するパワーが強力になります。もちろんターボポンプを使わない方式もあり、それはタンク全体を高い圧力で加圧して推進薬をエンジンに送る、タンク加圧方式と呼ばれる方式です。この方式はタンクが高圧に耐えられるようにタンク壁を厚くする必要があり、タンク重量が増加するので小型ロケットのみに適用されます。 人工衛星を軌道に送り届けるようなロケットはターボポンプ方式になっています。ターボポンプがタンク内の推進薬を低圧で吸い込めば、タンク壁を薄くして軽量化できるので、ロケット全体の構造重量が低減できてロケットの打上げ能力が向上します。どの液体ロケットも少しでも吸い込み性能がよいターボポンプが欲しいため開発にしのぎを削っているのです。 H-IIAロケットでは毎秒500リットル以上の液体水素を直径約16cmの高速回転する羽根車(インデューサ)で吸い込んでいて、液体状態の水素がインデューサのところでは飽和蒸気圧よりも低圧になり、気体(キャビテーション)が生じた二相流となっています。 インデューサに生じるキャビテーション 海底に沈んだエンジンの残骸 1999年11月に打上げた日本のH-IIロケット8号機は、飛行中のエンジンが突然パワーを喪失してロケットの打上げが失敗しました。ロケットは搭載していた人工衛星とともに落下し海底に沈みましたが、なんと海底3,000mから沈んだエンジンを引き上げて、失敗の原因が何であるのか詳細に調査が行われました。 その結果、キャビテーションによってインデューサの羽根が折損していたことがわかりました。打上げは失敗してしまいましたが、徹底的な原因究明とその後のキャビテーション研究の発展により、日本のロケットインデューサの技術は格段に向上しました。その実力の証として、吸い込み性能は世界一といってもよいでしょう。 気圧変化は大敵ロケットの飛行中、ロケットエンジンが発生するパワーは一定ではありません。実は大気圧の影響を大きく受けています。ロケットが地上にいるときの大気圧は1気圧(約0.1MPa)ですが、飛行中は高度ともに時々刻々と大気圧が低下していきます。エンジンのパワー(推力)には速度推力と圧力推力の2つがあり、圧力推力は気圧の低下とともに上昇していきます。 もうひとつ、大気圧の変化に敏感なのが液体水素タンクの圧力です。先ほど述べましたが、タンク壁は薄く作られているので、打ち上げ直後の大気圧に合わせてタンクを加圧していると、高度が上がって気圧が下がるとタンクの圧力が大気圧よりも大きくなりすぎて破裂してしまう恐れがあります。そうならないように高度に応じてタンクの圧力を下げていくのですが、これがまたターボポンプにとっては過酷な状況になるのです。つまり、タンクから供給される推進薬の圧力が低くなるので、キャビテーションの発生が顕著になるのです。 このように、フライト中にエンジンの作動環境は変化し、エンジンのパワーやターボポンプの回転速度も変化しています。ロケットエンジンの開発時には実際に飛行させるわけにはいきませんので、地上に据え付けた状態で、想定されるあらゆる作動環境を模擬して試験を行います。すべての飛行条件においてエンジンが健全に作動できるかどうかを検証しなければなりません。エンジンは非常に多くの精密機器で構成されており、その重要コンポーネント一つひとつに至るまで、それぞれの作動環境を網羅するような作動実証を行い、健全性を確認する必要があるのです。 LE-7Aエンジンと筆者(秋田県の田代試験場)今、新しい日本の基幹ロケットH3の開発が行われています。そのメインエンジンであるLE-9もまさに今この過酷な試験を繰り返し行っているところです。 次回は、ロケットターボポンプの開発についてお話ししたいと思います。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長 内海 政春さんのその他の記事 2021/05/11 業界コラム ターボポンプはどのように開発されるのでしょう ? 2021/03/08 業界コラム フライト時のロケットターボポンプってどんな状況? 2021/01/12 業界コラム ロケットエンジンに心臓病を起こしてはならない 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月