2021/05/11 業界コラム 内海 政春 ターボポンプはどのように開発されるのでしょう ? 室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長 内海 政春 1994年4月~2017年1月 宇宙開発事業団(現,宇宙航...もっと見る 1994年4月~2017年1月 宇宙開発事業団(現,宇宙航空研究開発機構) 2006年10月~2007年10月 イタリア ピサ大学工学部航空宇宙工学科 客員研究員 2015年~ 東京工業大学 非常勤講師 2017年~ 室蘭工業大学 教授 2020年~ 北海道大学 客員教授(f3工学教育研究センター 副センター長) 今回は、ロケットターボポンプの試験の内容について詳しく説明します。 極限環境で作動するターボポンプロケットターボポンプは超高速で回転するターボ機械です。 インデューサ インペラ 回転軸(シャフト) タービン 軸受 軸シール 上記部品を個々に機能させつつ、全体を適切に組み合わせることによってターボポンプシステムとしての機能と性能を確保しています。タービンでシャフトのトルクを生み出し、その回転を利用したポンプの遠心力作用によって推進剤を高圧にして燃焼室に送り込みます。主たる機能は単純ですが、その作動環境は極限といえるほど厳しいものです。 前回述べたように、インデューサで吸い込む推進剤の圧力は低圧で、ポンプ出口ではその流体がきわめて高圧になります。一方、温度環境については、高温ガスで駆動するタービンは高温(700~900K)で、インデューサやインペラの中を流れる水素や酸素は極低温(20~100K)です。エンジンのなかで最も高い圧力(超臨界)と最も低い圧力が共存し、さらに高温と極低温も共存するのがターボポンプです。流体は高圧部から低圧部に向かって流れ(漏れ)やすく、構造材料は高温部では伸びて低温部では縮みます。そんな環境の中で、タービンと遠心ポンプを装備したシャフトが静粛に超高速で回転し、0.1mmほどの軸振動も起こしてはならないという過酷さです。 ターボポンプの開発試験ターボポンプは要素部品ごとに開発が進められます。 例えば・・・ インデューサ 極低温流体の代わりに水を用いて、モータで回転させてキャビテーションの発生状態を確認します。 軸受 冷却流量を減らして軸受の耐久性や損傷具合を調べます。 軸シール 厳しい作動環境を模擬して漏洩量の変化や耐久性などを調査します。 一つひとつの機能部品の機能や性能が確認できたら、いよいよターボポンプシステムとしての単体試験が行われます。ターボポンプ単体試験では、各部の圧力、温度、加速度、流量、振動などを計測するために、たくさんのセンサが取り付けられます。 試験はターボポンプと試験設備を予冷することから始まります。予冷とは、ターボポンプを回転させる前に推進剤と同程度の温度になるまで全体を冷やしこむことです。冷やす過程で極低温流体は液体から気体に相変化し、体積が急増します。全体を同時に冷やすことはできないため、3~4時間程度の時間をかけて上流側から徐々に冷やしこんでいきます。設備が冷えていくと配管などは縮むので、ガス化した流体が接続部などから漏洩しやすくなります。もし漏洩が検知されても、低温状態になってしまっているのでガスケットやシールの交換は容易には行えないため緊張する場面です(シールの交換を要する場合は、試験はすぐには再開できず翌日か翌々日以降になってしまう)。液体水素の場合、予冷が進むとターボポンプが空気の沸点(窒素は-196度と酸素は-183度)よりも低温になるので、周囲の空気が冷えてできた液体空気がターボポンプの周りからポタポタと滴り落ちるようになります。ちなみに液体酸素は薄いブルーの澄んだ色をしています。 予冷中のターボポンプターボポンプの軸受温度が作動流体の温度と同程度まで下がると予冷完了です。ターボポンプの作動はタービンに駆動ガスを供給することで回転が始まります。回転が始まるとターボポンプの周囲に付着していた霜が振り落とされ、緊張感が一気に高まります。ターボポンプが回転し始めると、ほんの数秒でフルパワーの42,000rpm(LE-7A 水素ターボポンプ)まで一気に上昇します。この間に軸系の危険速度を3回乗り越えます。ターボポンプ単体試験の試験時間は10秒程度ですが、その短いあいだにポンプ流量を変化させたり、インデューサ入口の吸込み圧力を変化させたりすることで、さまざまな条件におけるデータを取得します。インデューサ入口への流入条件を実際のロケットの飛行状況と一致させるために、推進剤タンクからターボポンプまでの間に装着されている実物のフィードラインを取り付けてターボポンプ単体試験を行ったこともあります。インレットディストーションを模擬した試験です。 ロケットエンジンは、ターボポンプから吐出された流体が燃焼室などで熱交換されたあと再びターボポンプに戻り、その流体の一部がタービン駆動ガスとしてタービンに供給されるようになっています。しかしながらターボポンプ単体試験では、タービン駆動ガスとポンプ流体は別々に分かれた系統から供給されます。よって、単位時間あたりに消費する推進剤の流量はロケットエンジンの燃焼試験などに比べて2倍程度になります。水素ターボポンプ単体試験を例にとると、タービン駆動ガスは水素ガス、ポンプ流体は液体水素(超臨界)であり、極めて膨大な量の水素を取り扱うことになりますが、水素の反応性が高いため燃焼させて安全に処理します。タービン駆動用水素ガスは空気と水が付加されて燃焼し、水蒸気となって煙突のようなところから上空に向けて排出されます。大量の水蒸気は高空で冷やされて、局所的に地上に雨を降らせることがあります。一方のポンプ流体の液化水素は、プールのような大きさの水槽(バーンポンド)からガスとなってブクブクと噴出し、そのガスを着火することで上空に向かって100m近い炎となります。 LE-7Aエンジン系統図液体水素ターボポンプ単体試験設備ターボポンプ単体試験はつねにハラハラドキドキですが、超高速回転で回っているときに聞こえてくるヒューンという何とも言えない音を聞いて余韻に浸れる瞬間があります。 最後に筆者は、JAXAから大学に異動した後、JAXA客員としてLE-9エンジンやH-3ロケットの開発に微力ながら関わりつつも民間企業との共同研究などを通じてロケットエンジンの研究開発を行っており、最近は、ロケットだけではなく超小型人工衛星にまで手を広げています(笑) 先日も、大阪府立大学と共同開発した超小型衛星「ひろがり」が国際宇宙ステーションから無事に放出され、二次元展開板構造の展開を宇宙空間にて実証しました。 ホリエモンチャンネルにて、ホリエモンとの対談なども行っていますので興味のある方は、ぜひ「ホリエモンチャンネル」「内海」で検索! この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 室蘭工業大学 教授 / 航空宇宙機システム研究センター長 内海 政春さんのその他の記事 2021/05/11 業界コラム ターボポンプはどのように開発されるのでしょう ? 2021/03/08 業界コラム フライト時のロケットターボポンプってどんな状況? 2021/01/12 業界コラム ロケットエンジンに心臓病を起こしてはならない 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年5月2025年4月2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月