防衛大学校 名誉教授

松下 修己

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なんとなく奇妙なタイトルですが、以前からこのような趣旨の考えをまとめてみたいと思っていました。今回、メルマガへの寄稿の機会を頂き、これを機に改めて考えてみることにしました。

貧乏からの脱出

事の発端は、インドの若者を追ったテレビのドキュメンタリー番組です。片田舎で極貧の家庭に育った勉強好きな少年が、家事を手伝いながら勉強を続けていました。特に数学の才能があったようで、番組では数学を勉強する姿が映し出されていました。少年は進学を諦めざるを得ない貧しい家庭環境でしたが、地元の篤志家の援助などを得て進学することができました。この少年は後年、IIT(インド工科大学の略。世界的に有名な工科大学で、インド各地に学舎が点在する。図1参照。)で勉強し、最新の花形産業であるIT関連の会社にプログラマーとして就職します。と、まぁ~ここまではよく見聞する話で、昔の日本でも赤貧の家庭に育った優秀な子供が、お金持ちの家に養子に引き取られ、先方の財力で成長していくというような美談と同じです。

図1. インド各地に学舎が点在するインド工科大学(IIT)

このインド青年は、その後が感動的でした。自分が育った田舎に、満足な教室・黒板・文房具もないことに、長い間心を痛めていました。それは本当に牛小屋のような教室でした。彼は、そのような窮状をなんとしても解消したいと決意し、給料を貯めはじめ、数年後に教育施設を作るのです。それは小さな施設ではありましたが、新しい教室が完成し、嬉々として勉強を楽しむ子供たち、子供に囲まれるこの青年の満面の笑みでドキュメンタリーは幕となるのです。インドでは貧困とカースト制度が残存し、このような向学心に富む青年の将来が阻害されえることを想像するに、彼の献身的な生き方に涙腺は緩みました。

高揚感に満ちた講習会

話は変わって、1997年、私は米国西海岸のサンノゼで開かれたメカトロニクスに関連する国際会議に出席していました。温暖な気候、海に面し山を背にした地形、風土に恵まれた地での楽しい学会でした。面白いことにゴルフもプログラムに含まれており、パーティでは論文賞の表彰の前座として、学会ゴルフチャンピオンも紹介されました。また、行事の一貫として先端情報産業の見学があり、我々はHP(ヒューレット・パッカード)社などを訪問しました。
その折に、5人の若者グループと話をしました。「どこから来ました?」、「IITです」、「論文を発表したの?」、「いいえ、聴講に来ました」。彼らは、修士課程の1年生で、今後の大学での研究を開始するにあたり、どのようなことが実際の産業界で問題なのかを見いだすために学会に参加したそうです。インドでは数学教育に力を入れており数学の実力は相当高いが、実際にどのようにそれを工業技術として応用するかが解らないし、我々の技術は遅れている。そこが問題だと自己分析してみせた。それゆえ、このような学会に参加して、研究テーマを捜しているのだとのこと。旅費、学会参加費なども自費とのことで、お見事、敬服しました。このような主体的な学生を本国では見聞したこともありません。ついつい比較してしまい、「オイ、オイ、日本は大丈夫か?」という心境でした。

図2. v_Base データベース

再度、インドでの話です。新川電機が主催する海外セミナーに講師として2回ほど参加し、ムンバイなどを訪れました。2000年の第1回セミナーは実に印象的でした。テーマは「プラント用回転機械に発生する実際の振動問題とその対策」で、日本機械学会の友人と講師団を編成し講習会を行ないました。受講者は、とても熱心に勉強していましたが「彼らは提供されるランチが目的で、午後はすぐ帰りますよ。」と新川電機の担当者は揶揄していました。

しかし、どっこい午後もしきりにうなずきながら聴講していました。講習の内容は、日本機械学会振動グループの自信作「v_BASE データベース」(実機振動問題のトラブルシューティング事例集。図2参照。)から抽出した事例の紹介です。テキストの題材は現場向きに選別されており、それに若干の数学的かつ力学的素養で味付けをしていますので、アカデミー人より現場経験者にいつも好評です。講習後に、かなりの専門家になった高揚感を与えることを目標にしています。

最後のQAセッションでは、ある人から自分の職場の機械の振動問題に関して悩んでいる旨の説明があり、振動状況データを聞き取りにくい英語で確認していました。ところが、その質問に対し、他の人が応えはじめ、それに対しまた別の人がコメントしはじめ、次々と話は広がり、いろいろな人が立ち上がり、会場は討論の場となりました。多分、英語だと思うのですが講師陣も唖然として見ていました。このように「高揚感」に満ちた大成功の講習会を経験したこともあります。国内の講習会では絶対にお目にかかれない景色でした。

理系教育の力

このようないくつかの感激をインドの人から学びました。勉強熱心で、仕事熱心な人たちの一面でしょう。このような生き方を可能にするのは、数学や理系の教育の力とは思いませんか?私にはそのように思えます。人生、しっかり向上心を持って生きようなんて訓話は小生の避けているところです。「向上心」を「数学」に、強引に読み替えてこのような奇妙な表題としました。ご精読感謝。