防衛大学校 名誉教授

松下 修己

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1972年に日立製作所に入所、社内の各種回転機械の振動関係の研究・技術開発に従事、1993年には防衛大学校に転出。転出前の3年間は工場にて回転機械のメーカー設計者として、新製品の製作・試験・納入を経験しました。

まず、頭でっかちの研究者の新製品設計経験のお話から。

「夢の技術」磁気浮上 期待のプロジェクト

その新製品は、磁気軸受型遠心圧縮機(図1)です。従来機の回転体は玉軸受や油軸受で支えられていたものを磁気浮上の非接触軸受に変更したものでした。同種の磁気浮上列車は「夢の技術」として有名ですが。この夢技術の回転機版です。非接触浮上技術ですので、摩耗無し、寿命永久、低振動、メインテナンスフリーなどいいことばかりです。価格がお高いことを除いて。

図1. 磁気軸受遠心圧縮機の特長(出典:日立製作所パンフ)

雌伏約2年間の計算・設計・製作の後、’93.3月に製作部品が現場に集まり始めました。必要な小試験の後、回転機械一式をテストスタンドに組み上げ、回転実証試験に入りました。各種の試験をこなし、顧客の立ち会い試験を受けて、4月には船積み出荷という段取りでした。今日、国民がJR磁気浮上列車を期待しているのと同じく、往時、現場の組立員、試験員など、工場での期待のプロジェクトでした。

図2. 事故対策時の過労働

定格回転数約15000rpmの高速回転機械でした。運転開始の始めは巧く回転するのですが、一昼夜の連続回転モードになると、振動が大きくなり、回転体が静止側と接触するなどの事故が発生しました。いろいろな知恵を投入し、対策を加えましたが、長時間連続運転すると「熱にうなされる」がごとく変形が発生するようで、各所でいろいろな不具合が起きました。ひどいときには、電磁石ケーブル線が燃えたり、事故後にそれを解放点検すると玉軸受の玉が球形からキャラメル状の四角に変形するなど、不可解なことばかりでした。立ち会い試験に呼んだお客様に、事故で立ち会い不能となり、お帰り頂くなどの醜態もありました。このような非常事態は’93.8月まで続き、当時の私の勤務時間(図2)が示すように、昼夜を問わず眠る時間を惜しんで皆が働きました。

設計と現場が一体となり、皆様のご協力を得て事故解決にあたりました。2機作って、一機のロータは手に負えず作り替えることになりました。作り替えたロータは、数ヶ月のこの喧騒が嘘のように、1週間で試験は終わり、無事に出荷作業に移りました。私の考えが足らず、設計ミスと言われても仕方ありません。ロータ振動プロとして恥じ入っています。

ISO はボランティア活動

翌春’94.4月、防衛大学校機械科の教職に転じました。

ロータ分野で我々の事故は有名で、同業仲間の勝手な助言「トラブルの経験を生かして」もあって磁気軸受のISO規格開発プロジェクトを立ち上げることにしました。私企業から公の立場になったので、これも使命と考え活動を開始、ISOにプロジェクト立ち上げのための起案書を送りました。そのうち、「諾、分科会名: TC108/SC2/ WG7 Magnetic bearing」の連絡を受けました。ISO組織の中での名前まで頂き、我々日本人グループとしては張り切って、今後の活動の作戦を練っていました。

この「諾」の連絡の後、1年、2年と月日は流れましたが本部から音沙汰は有りませんでした。招請したい専門家想定メンバーリストも送っているので、キックオフ会議案内も近いはずと思っていました。ある日本関係者が業を煮やして親委員会DIN(ドイツ規格協会)に「例の件は未だですか?」と尋ねました。

DIN「未だ活動を開始して無いようですね。申請後、音沙汰ないので休眠扱いですよ。」との返事。

「えー!、こちらはそちらからの指令を待っているのですが」

DIN「指令?とんでもない、ISOからは何も出ませんよ。何でも、自分でやるものですよ。ボランティア活動ですよ。….」とのこと。

そうか、「ISOは、ボランティア活動を監視調整はするが、牽引してくれものではない」と理解させられました、そうと分かれば頑張るのみ。すべてを自分で準備して、’97.7月キックオフの会議をDINで開催。大きな会議室に10カ国/20人くらいの新技術「磁気軸受」の同好の士が、大学や会社から、集まりました。

夜のビール会へと流れ、楽しい一日でした。それから、2010年の定年退官後の翌年に招集した’11.10月の会議まで15年間、私のコンビーナ(主査)役は続きました。

老人と IT 技術の出会い

折角の機会ですので、この間の体験2話「IT」と「MONEY」を御聞き下さい。
ISOの主査はジョブ単位に区切られた分科会の統括者。推進のエンジン役と親委員会から監視される責任者役を兼ね備えた中間管理職です。年1.5回程度の頻度で国際会議を世界各地で設定しました。会議資料の準備や議事録の送付など、とにかく紙のやり取りが大変でした。各ドキュメントにはNoを打ちますが、1回の会議で大小を含め20ドキュメント位は有ったように思います。海外出張のトランクには会議の度に配布する資料を持参していました。また、会議後には、議事録や資料を、欠席者を含めた全員に配布せねばなりません。彼ら全員が自国のISO規格の賛否投票の折に重要な役回りを演じるはずで、無下には出来ません。各資料を机上に並べ、一方に研究室の学生を並べ、順に資料をピックアップし、集めた一式をA4版の封筒に詰める。そして、海外便で郵送する。いつも海外出張後の恒例行事でした。

あるとき、誰からか、「インターネットで書類がメールとかで送れるらしい」ということを聞きました。今日では「何言っているの、時代遅れ!」と一笑されそうですが、ITの出初め頃ですから、「メールでファイルの転送?何のこと?」と疑心暗鬼。ですが、ITのありがたみを納得・享受しはじめたのは、あっという間でした。今日、ISOは時代の先端をいくようにすべてが電子ファイル化され、至る所でIT技術が駆使されています。

ISO主査には、技術経験者、すなわち老人が多く、このIT革新についていくのが精一杯ではと危惧しています。私の主査経験の初めの頃の「恒例郵送行事」と比べ、今日の「メール」通信形態は隔世の感が有ります。やはり、同様のIT技術波及の効果は至るところで観察され、もはや革新でなく革命でしょう。
我が分科会WG7はISO番号と標題、ISO14839 Vibration of rotating machinery equipped with active magnetic bearings を頂きました。ISO14001は有名ですが、NOとしてはその近所で活動していました。私の主査時代の成果は下記4本です。

Part 1 Vocabulary (用語)
Part 2 Evaluation of vibration(振動評価)
Part 3 Evaluation of stability margin (安定余裕評価)
Part 4 Technical guidelines (技術指針)
仔細:http://www.magneticbearings.org/technology-2/standards/

Part 1,2,4は規格らしい規格もので、確かに有ったら便利と思って頂けるものと思います。3は、外乱が入ってロータが中心からずれて振動したとき、どれくらい素早く元の中心に戻るかの安定挙動の度合いです。例えば、磁気浮上列車がトンネルの突入、ショックで振動したときの安定性は心配ですが、これと同じものです。

渡りに NEDO 「Oh! MONEY」

このPart 3は難産でした。
通常は落ちるものを人工的に浮かせている訳で、この安定性は制御により、制御は人間の知恵により、知恵は計算により、計算はエレクトロニクス回路で実現されるので、その方法には差が出てきます。理論的には百家争鳴、いろいろと考えられますが、現場的には制御器を調整するのに実現可能範囲は限られています。

知識を披露する人が多く、「教科書に載ってなく、レベルが高過ぎ…」と言っても、「your textbookに無いだけだ…」など、規格化に際し、必要な現状技術レベルの認識・合意がとれず、実りの無い会議が続き、2,3年はあっという間でした。ISOには3年ルールが有って、この間に進展が無いと、そのテーマは時期尚早と言うことで振り指しに戻るという仕組みなっていました。
はたと困っていた折り、そーだ、一緒に実験すればお互いの知識の長短も明確だと気づき、当時募集中であった国際標準化活動の助成金をNEDOに申請、運良く頂けることになりました。

図3. NEDO助成によるISO国際活動(1/2)

新規ロータの設計、製造・組立、試験運転の3か年間計画をたて、計画の最後には「国際共同実験(図3,4)」を私の旧職場で行うことにしました。また、海外との共同研究と言うことで、海外の先生方の研究援助、専門家メンバーの日本への招聘など幅広く活用させていただきました。もちろん、制御方法については「知恵だけは出してください、作業は日本人がしますので…」と言う次第でグループ内公募。

図4. NEDO助成によるISO国際活動(2/2)

具体的に対象の機械が決まり、3年後の国際共同実験のターゲットも決まり、寄り道も無く議論でき有意義でかつ実り多い期間でした。実験に関連した技術資料はすべてPart 3の付録に載っていますし、国際学会論文で発表しています。

結構新しい現場向き情報が入っており、密かな自信作です。議論好きの海外の知恵者は、ノウハウ流出を恐れてか急におとなしくなりました。実験最終日には提案中のISO評価指標をみながら、事故覚悟で安定限界ぎりぎりまで運転、限界操作を行い、皆で無事に限界を確認し終えたとき、実験場は自然発生的な拍手に包まれました。実験場の機械音の中、その拍手の音色は格別で今でも覚えています。翌日は、晴れやかに皆で日光見物に出かけました。助成金の威力を再確認した貴重な3年間プロジェクトでした。

主査を終えて

アカデミーに一端に身を置く者として、学会論文集に何編発表とかが、色々な局面で評価にさらされます。論文賞が有れば更に箔がつきます。「ネイチャー」誌への発表論文の件が昨今話題になりましたが、アカデミーは大同小異そのような業界です。

図5. ISO TC10/SC2/WG7 磁気軸受分科会の会議開催歴

「俺もISO論文4編共著が有るのだがなー」と、長い間思っていましたが、「執筆の証拠も無いし、ISOからの感謝状も無いし、まー、仕方が無いかー」と沈黙。確かに、ISO規格の著者は分科会名「WG7」のみで、ISOの何処を探しても個人名や関係者名は有りません。究極のボランティア活動ゆえでしょう。「ISOって、献身的で格調高いでしょう…」が、主査を終えての感想です。この間、世界各地(図5)に招かれたり、押しかけたり、各所で会議をしました。工場見学・名所見物もありました。費用は関係機関(www.jisc.go.jp など)にご援助頂きました。感謝申し上げます。