2016/05/11 業界コラム 増本 健 私が歩んだ学者への道 No.1 東北大学名誉教授 公益財団法人 電磁材料研究所 相談役・グランドフェロー 増本 健 1932年生まれ。東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修了。...もっと見る 1932年生まれ。東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修了。東北大学金属材料研究所教授、同所長等を歴任。 退官後、財団法人電気磁気材料研究所所長、同理事長を勤め、現在は公益財団法人電磁材料研究所相談役・グランドフェロー、東北大学名誉教授。 アモルファス金属研究の第一人者で、準結晶、ナノ結晶などの研究にも従事。 そもそも私が学者の道を歩み出す切掛けとなったのは、「鉄の神様」といわれた本多光太郎先生への幼い頃からの憧れからであった。振り返ると、私の人生の大部分は、本多先生が残された大道に沿って過ごしてきたといっても過言ではない。 常に新しいことへ挑戦せよ近頃は、著名な先生に憧れて大学を選ぶ学生はほとんどいないと聞いている。しかし、私の場合は、父親(増本量)の恩師である本多先生の影響が極めて大きかったのである。第二次大戦の真っ直中であった小学生の時、担任の先生から “将来何になりたいか” の作文を書かされたことがあった。当時の生徒のほとんどは “陸軍大将や海軍大将になりたい” とか書いたそうだが、私だけは “学者になりたい” と書いたことを覚えている。戦後になって担任の先生から “君はなぜ学者になりたかったのか” と聞かれた時、私は “軍人よりも学者の方が尊敬されるから” と答えたそうである。このような幼い頃の影響からか、高校卒業後何の躊躇いもなく東北大学工学部に入学(昭和 26 年)、金属工学科へ進み、続いて本多先生が創立(大正 5 年)された金属材料研究所で大学院時代(昭和 30~35 年)を過ごした。そして、昭和 35 年 4 月に念願であった金属材料研究所の助手になることができた。 その当時の研究所は、金属研究のメッカとして、わが国ばかりでなく世界的に著名な研究所であり、所員は常に優れた研究成果を挙げなければならないという厳しい競争の環境下にあった。このため、助手と助教授の時代は、伝統と言う目に見えぬ重圧と厳しい権威ある先生達に囲まれ、また、何かと言えば常に父親と比較されると言う大きなプレッシャーを常に感じる息苦しい時代であった。 この苦しい試練の時代が過ぎ、昭和 46 年鉄鋼材料部門の担当教授になった時に、厳しい問題が待ち受けていた。それは、研究室として何を目指して研究するかということであった。その当時の昭和 40 年代は、わが国が世界一の粗鋼生産国となり、「鉄は国家なり」と言われた鉄鋼業全盛の時代であった。担当した研究部門の初代教授は特殊鋼の権威である村上武次郎先生(文化勲章)であり、次の2代目は鉄鋼材料の権威である今井勇之進先生(文化功労者)であった。この栄光ある研究室を継ぐことの責任は極めて重大であった。しばらく悩んだ末に、私は敢えて鉄鋼材料の研究を捨てる決心したのである。その理由は、当時の鉄鋼企業がこぞって巨大な基礎研究所や中央研究所を新設し、総合的鉄鋼研究を開始しており、大学のような小規模な研究室がこれら大企業の巨大研究所と争って勝つことは不可能である、と考えたからである。そして、16 年間続けた鉄鋼材料研究を捨て、独自の新しい学問分野を切り拓く研究へ挑戦したのである。この思い切った決断ができたのは、本多先生の “常に新しいことへ挑戦せよ” と言う教訓からであった。 「アモルファス金属」との出会い教授に就任して早々、新しい自分の研究として選んだテーマは、助教授時代から秘かに暖めていた「アモルファス金属の研究」であった。そもそも私がこのテーマと出会ったのは、昭和 43 年の助教授の時である。研究所の図書館で新刊雑誌を読んでいた時、結晶ではない金属が存在するらしいというカルフォルニア工科大学のポール・デュエイ教授が書いたレビュー論文が目に止まった。これまで “金属は結晶である” と信じてきた私にとって、これは極めて大きなショックであり、強く興味を覚えた。この報告の中では、「奇妙な金属」として紹介されており、この材料の性質についての詳細は書かれていなかった。そこで、早速調べて見たいと教授に願い出たが、まだ助教授の身分である私が勝手にテーマを選ぶことは許されなかった。この望みが叶えられたのは、昭和 44 年 9 月から 1 年間、客員研究員としてペンシルベニア大学へ招かれた時であった。幸いにもアメリカでは研究の自由が尊重され、個人の責任でテーマを選ぶことができた。そこで、ペンシルベニア大学に到着して直ぐに、アモルファス金属テープを作製する装置を自作することから始め、そして実際に試料が作製できたのは、渡米してから僅か1ヶ月後のことであった。直ちに、このアモルファス金属の強さを測定すると、驚異的な強さと共に大きな変形能があることを見出した。そして、昭和 45 年の国際会議で「アモルファス金属の強度と変形」というテーマで発表した。この発表は「新素材」として世界で脚光を浴びる切掛けとなったのである。 幸なことに、帰国した翌年の昭和 46 年、鉄鋼材料研究部門の担当教授に昇任することができ、このアモルファス金属の解明へ挑戦するチャンスが得られた。最初は一人で研究を始めたが、数年後には所内に興味を持つ研究者が次々と現れ、大きな研究グループが自然発生的に結成された。所内の新進気鋭の若い研究者達が集まって研究会を毎週のように開催し、活発な議論を戦わせた。その結果、アモルファス金属の三大特性である高強靭性、超耐食性、極軟磁性を明らかにすることができたのである。その他、原子構造、放射線損傷、触媒、インバー・エリンバー効果などの広範な物性についても広く研究が進められ、次々と世界を驚かすユニークな物性を発表した。その結果、研究所は「アモルファス金属のメッカ」として世界に広く認知されたのである。このような研究室の枠を越えて自由に研究グループが結成できたのは、やはり本多先生以来の伝統があったからと言える。 アモルファス金属からナノ構造金属へそもそもアモルファス金属の研究を始めた最初は、単純な学問的興味に過ぎなかったが、研究途上で思いがけない国際紛争に巻き込まれるという事件に遭遇した。それは、アモルファス金属が将来有望な新素材として世界的に注目されたからであった。最初は日米間の特許紛争による ITC 裁判(昭和 57〜60 年)であり、続いて平成元年には日米間貿易摩擦による「スーパー301 条」の対象に取上げられるという事態が起こった。そして、この両国間紛争に巻き込まれ、証人として ITC 裁判に立たされる憂き目に会った。約 8 年間に及ぶ係争の結果、ITC 裁判は日本側が勝利したが、一方、貿易摩擦の国家間交渉により日本が譲歩することで決着させられてしまった。この結末は後まで大きな影響が及んだのである。 このアモルファス金属に関する日米間の競合は、私にとっては大変苦い思い出であるが、反面、開発した材料が国家間の係争の的となったということは、自分が如何にインパクトの大きい研究をしたかの証しである、と考えることにしている。そして、この事件を切掛けとして、昭和 60 年代からは、新しい材料の開発に重点を置き、高比強度アモルファス軽合金、ナノ結晶型軟磁性材料,安定準結晶合金、さらに最近では、金属ガラスやナノグラニュラー薄膜などの新材料の研究を発表し、材料科学分野の世界最強グループとして高い評価を受けている。 私の研究人生は、本多先生が残された素晴らしい研究環境と伝統の中で、自由な研究ができたからである。そして、自分の信じる道を努力によって一歩一歩進み続けることが大切であるという「今が大切」の教訓を守ってきた結果であると思っている。また、常に良く考え、そして常に努力するという「熟考而努力」は私の研究における大きな指針になっている。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 東北大学名誉教授 公益財団法人 電磁材料研究所 相談役・グランドフェロー 増本 健さんのその他の記事 2016/09/06 業界コラム 脳機能から見た教育とセレンディピティ No.4 2016/08/02 業界コラム 集団の中の個性 No.3 2016/06/07 業界コラム 未来材料開拓の視点 No.2 2016/05/11 業界コラム 私が歩んだ学者への道 No.1 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月