東北大学名誉教授 公益財団法人 電磁材料研究所 相談役・グランドフェロー

増本 健

1932年生まれ。東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修了。...もっと見る 1932年生まれ。東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修了。東北大学金属材料研究所教授、同所長等を歴任。
退官後、財団法人電気磁気材料研究所所長、同理事長を勤め、現在は公益財団法人電磁材料研究所相談役・グランドフェロー、東北大学名誉教授。

アモルファス金属研究の第一人者で、準結晶、ナノ結晶などの研究にも従事。

世の中には、天才と言われる人がいる。確かに、幼児の時から大人顔負けの子供が居るが、この幼児は大人になっても天才なのだろうか。一方、大人の中には突然に素晴らしい仕事をする人がおり、よく「セレンディピティ」が話題になる。この様に、天性的に優れた人と突然幸運に恵まれる人がおり、何れも多くの人達から尊敬され、羨望の的になる。

才能とセレンディピティ

前者としては、芸術家、音楽家、小説家などがその例であり、持って生まれた情緒的才能が重要であると考えられている。勿論、天才にも努力が必要であるが、その努力は自己意識によるものであり、外部からの強制的なものではない。一方、後者は、学者、発明者、技術者がその範疇に入り、天才よりも努力する人が多く、偶然や直感的な閃きが重要な役割を果たすと言われている。所謂「セレンディピティ」である。

脳機能と教育過程

それでは、「天才」と「セレンディピティ」について脳機能からを考えて見よう。

動物には視覚、味覚、臭覚、触覚、聴覚の五感があるが、人間にはその他に第六感と言う「直覚」がある。それは、創造力、予言力、表現力、構成力などのような特殊な想像的感覚である。この六つの感覚によって種々の能力を発揮することが出来るのが人間であると言える。

 

その色々な具体的な職業における第六感と脳機能との関係を考えて見よう。

 

◆ 作曲家:音階力、音質力、構成力などに対する脳機能

◆ 絵画家:色彩力、記憶力、構成力などに対する脳機能

◆ 料理家:味覚力、臭覚力、色彩力などに対する脳機能

◆ 小説家:表現力、構成力、記述力などに対する脳機能

◆ 研究者:知識力、理解力、解析力などに対する脳機能

これらの職業においては、各々独自の脳機能に加えて、常に第六感の機能が重要である。この第六感を育成する教育は何であろうか考えて見る。第六感が有効に働くためには、他の脳機能と同じように、単純で集約的な脳神経のネットワークを最適に働かせることが大切であり、先ず基本的な基礎知識を十分に脳に記憶として蓄積させる必要がある。これが第一段階の教育により獲得される基本的知識である。さらにこの基礎知識の応用力を高めるための考える力(知力)の訓練が必要となる。これが、第二段階の教育である。その後は、個性によって各自の能力に沿った自己啓発能力の付与が大切になる。すなわち、教育一段階(基礎知識の獲得)→ 教育二段階(知力の育成)→ 教育三段階(自己啓発)となる。この三つの教育段階を経緯することによって初めて有効な第六感が生まれると考えられる。

教育過程とセレンディピティ

具体的には、第一段階は小中学校での教育であり、次の第二段階は高等学校での教育であるが、最後の第三段階は大学・社会での自己啓発的教育であり、周囲の状況・環境によって大きく変わる。これらの階層的発展が脳機能の有効な発展にとって極めて重要であると言える。世に言う「セレンディピティ」では、この階層的な教育課程を経ることによって生まれることは間違いない。勿論、「セレンディピティ」には幸運という偶然性が伴うものであるが、しかしこの偶然性を見逃さない直感力と言う第六感が大切なのである。

 

ノーベル賞を受賞した多くの科学者は、良く「直感」と言う言葉である。多くの研究者が幸運を捕らえらずに見逃していることを、ノーベル賞の研究者は捕らえることができたのである。これが「セレンディピティ」と言われる所以である。

脳機能の発展と教育過程

最後に、現代社会における間違った教育方針に対して警笛を鳴らしたいと思う。

21 世紀の教育においては、健全な人間育成のための倫理に基づく科学的教育でなければならない。このためにも、教育分野への脳科学の導入が必要不可欠であろう。

一個の細胞から遺伝子図に沿って細胞分裂を繰り返して、数兆個の細胞からなる人間という個体を形成する過程において、脳細胞も増殖して種々の脳機能が順次形成する。この脳機能の形成段階は年令によって階層的に形成されることから、その発展過程と教育課程との関係が極めて重要になる。すなわち、人間が持つ六つの感覚を健全に形成するには適正な順番による階層的な成長過程があり、それに沿った学校教育が大切になるのである。例えば、「語学の教育」は言語中枢が大きく発達する小学生までが最も効果的であり、「体育の教育」は中高生時代が最適であると言われている。また、「創造力育成の教育」はとくに高校生以後が重要であると考えられている。したがって、義務教育である中学生までと義務教育でない高校生以上とでは、教育方法と内容が異ならなければならないのである。現在の教育は、人間の脳の階層的発展に沿った方針であると言えるであろうか。

今後、脳機能の発展過程との調和を十分に考慮したと 21 世紀の教育課程を構築することを強く望みたい。