東北大学名誉教授 公益財団法人 電磁材料研究所 相談役・グランドフェロー

増本 健

1932年生まれ。東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修了。...もっと見る 1932年生まれ。東北大学大学院工学研究科金属工学専攻修了。東北大学金属材料研究所教授、同所長等を歴任。
退官後、財団法人電気磁気材料研究所所長、同理事長を勤め、現在は公益財団法人電磁材料研究所相談役・グランドフェロー、東北大学名誉教授。

アモルファス金属研究の第一人者で、準結晶、ナノ結晶などの研究にも従事。

動物の生活行動を観察すると、常に多くの仲間が集まって行動する動物と、個々に独立して行動する動物とがある。例えば、海洋に生きる鰯、秋刀魚、いか等の魚や大陸に生きる縞馬、インパラ、水牛等の獣は常に集団で行動するが、一方鮫、蛸、亀やライオン、熊等は集団では行動しない。このような動物の行動は、永い年月の間に、個体独自の本能として身に付けた習性であろう。一般に、この集団行動は、弱肉強食と言う自然の掟の中で、身を外敵から守るための知恵とされており、この習慣は遺伝子の一部に本能として組み込まれていると考えられている。

人間の集団行動

このような本能は人間においても例外ではない。人類は古代より集落を造り、お互いに協力して外敵から身を守りながら、分業による生活組織、すなわち社会を形成してきた。人間も、やはり本質的には、集団で行動する習性をもつ動物に属すると言うことができる。このような人間の習性は、現代では、民族として、また国家としての集団を形成し、また大小はあれ多くのグループにより構成される社会の中で生きている。

人間の個性と文明

しかしながら、人間が他の集団行動する動物と著しく違う点は、一人一人が独自の個性を身に付けていることであり、高度に発達した頭脳により生み出される個々の意思と知能を備えている。永い歴史の中で発達した人類文明は、個々の優れた知能によって創り出され、それが社会の中で育成され、進歩してきたものである。すなわち、個性を持つ集団の力によって文明は発達したと言える。もし、人間が、個性を持たない単なる集団行動をする動物と同じであったり、あるいは孤立して単独行動する動物の習性をもっていたならば、今日のような高度な人類文明は生まれなかったに違いない。

個性と科学技術の発展

科学技術の発展の歴史においても、その基となる大きな発見や発明は、個人の優れた知能によって生まれ、それが集団社会の中で具体化され、利用されることにより、新しい科学技術が育ってきたのである。すなわち、優れた知能を持つ個人の力によって芽が生まれるが、これは集団の力によって育ったのである。

 

わが国は、これまで基礎科学の面の貢献が少ないと言われている。とくに明治維新後の日本では、この傾向が強かった。その原因は、どちらかと言えば集団としての考えが優先される教育や社会になっており、個人の能力を十分に発揮される環境では無いからであると指摘されている。人間が本能的に集団行動する習性を持っているとしても、個人の力を引き出せる社会環境でなければ、独自の創造的な科学技術は生まれないと言えよう。これに対して、アメリカの社会では、個人の能力を重視する教育を行い、その個人の能力を社会の中で発展させる環境が整っており、その結果、世界をリードするイノベーションが次々に起こり、多くのノーベル賞受賞者を輩出しているのである。すなわち、アメリカは、個性を尊重すると共に、その個性を上手く育成する社会環境が整っている国であると言える。

日本の教育方法の改革

今後、永年続いて来たわが国の集団としての教育を大きく改めて、幼児期から一人ひとりの個性を育成する個性重視の教育へと変換することが重要になっている。すなわち、“集団の中での個性を尊重する教育” を重視することが必要であろう。この教育方法の改革によって、将来、わが国独自の文化や科学技術が発展し、世界文明に大きく貢献する「尊敬される国」になることができよう。

 

集団は「力の発展」にはなるが、個性を持たない集団からは「知的発展」は生まれないのである。