新川電機株式会社

長井 昭二

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第 1 回の話のまとめとしては、気候変動に立ち向かうため必然、偶然的に新しい産業革命の兆しが見えてきました。できるだけ早い CO2 の削減は必須であることは、COP21 会議の議題が示す通りですが、この会議では何か決定的な条約が決まりそうにもありません。そこで、多くの研究機関(「The Great Transition」の著者レスターブラウン氏等)やシンクタンクは「市場経済を使った早期の気候変動抑制対策(あるいは代替えエネルギー)へ投資が、将来世代の利益が高い(あるいは損失が軽減される)」と訴え始めました。とくに経済学者(「気候カジノ」の著者ウイリアムノードハウス氏等)は実効性のある具体的な新経済ルール提案をしています。

大きくは次のふたつです。
一つ目は気候変動対策は利益損失の経済分析で評価する。
二つ目は炭素起源の商品は炭素価格(carbon pricing)付加する、そして炭素税の導入です。

第 1 章 気候変動対策は利益損失の経済分析で評価

まず経済評価の話から、

気候変動対策への投資は、現実の経済ルールと同様に損益評価をしようという話です。

この背景は、「気候変動で、将来人類がどのくらい被害(損失金額)が発生するか判れば(想定できれば)、市場経済、社会資本あるいは政府機関は危険を感じて何かしようとするのではないか」、というアイデアです。またその「何かする」が市場経済から見ても「利益が出る」と説明できれば、人々は投資をするのではないか。
しかし簡単ではないのです。それはその将来の損失想定が難しいからです。なぜか? 将来、約 100 年後の地球の平均温度が何度上昇したら何にどのくらい損失が発生するんだという話ですから。いろいろな研究者、研究機関がスーパーコンピューターを使ってもなかなか難しかったのですが、2007 年にやっとイギリス政府と研究機関が「Stern Review」の中でその損失額を発表し注目されました。もちろん異論も多くありました。それはかなり不確定要素があるからです。
しかし時間が経過して、いろいろな異常気象データ、被害実績が積み重なってきて、第 1 回目のメルマガで紹介したイギリス銀行頭取の Mark Carney 氏の発言「気候変動のような現状認識を超える事象への保険想定はできない、と言う保険代理人は不用だ!」になるのです。
そこで、「そんな硬いことは言わないで」、その将来想定が不確かでも、その先行投資の経済メカニズムが一般の人に判りやすく表示できれば、既存の市場資本と社会資本はその流れを変えて、結果的に CO2 削減に向かう動機つけができる。という話にできないかという提案です。

すこし先に話を進めてみましょう。
「財」をつかって事業する場合の経済評価は人間の長い歴史上の経済原則として、「投資した財が事業活動で将来その投資額より多くの財を生む場合にのみ投資する」となっています。 これを気候変動対策に置き換えると、「今実行する気候変動対策費」が、「将来の損失」を「十分カバーする価値を生む」場合に対策費が投資決定される。つまり
「気候変動対策費」を投資の「財」と見立て、その投資「財」が年ごとにある一定の率(複利割=割引率)で利益を生んで「100 年後の価値が 100 年後の損失を十分カバーする価値」になってれば、事業として成り立つという話をしたいわけです。

少し難しい話で私も専門でありませんが、要は温暖化対策は新規事業プロジェクトの損益評価と同様に考えれば投資しやすい、つまりたくさんの人が参加しやすいではないか、という話です。

(1)将来損失(利益)の試算

まず将来損失(利益)の試算ですが 、先での「Stern Review」の図表を使って説明します。

話を短くするため、まず温度上昇と損失額の関連カーブが必要です、図 1 がそれです。図 1 を完成させるには膨大なデータと多数のシナリオ、多数の生産産業セクターで発生する損失等をシミュレーションして出来上がってますが説明は省略します。次に図 1 のデータから、経年温度上昇シナオリ別に損失額の年次プロット(経過年数ごと)をすると図 2 になります。これで 100 年後時点の予想損失が得られるわけです。

図 1: 温度上昇と損害額の試算 「Stern Review」の例 横軸:温度上昇 ℃ 縦軸:損失額(% of GDP)
図 2: 経年損失額の推定 「Stern Review」の例 横軸:西暦年 縦軸:損失額(% of GDP)

図 2 は 2200 年までを想定していますがあまりにも先なので、ここでは 2100 年ベースで見てみると将来の損失予測は GDP の約 1% から約 11% くらいの幅で想定しています。
金額にして約290 兆円(1%)から約3,190兆円(11%)くらいの損失です(2100 年の GDP が 29,000 兆円の推定から)。ちなみに日本の 2014 年の GDP は 460兆円ですから莫大な金額です。

参考に OECD も類似の予測例を表示します。
OECD は 2060 年までの予測です。 予想 GDP 増加率も合わせて公開しています。

2060 年までの世界全体と地域別の損失額(% of GDP)

2100 年までの GDP 伸び率

OECD の 2060 年の損失予測は世界で約 GDP の約 1.5% です。金額では 2060 年の GDP が約 19,864 兆円(世界の GDP が 2.5%/年上昇で計算)を前提にすると、その損失は約 297 兆円となります。 各研究機関の損失試算例を整理すると下記の通りです。

  1. スターン報告:2100 年で約 290 兆円から 3190 兆円
  2. OECD:2060 年で約 297 兆円
  3. IPCC:損失は試算してない(気温上昇等の事象予想のみ)
  4. 「気候カジノ」William Nordhaus 約 870 兆円(2100 年、3.5℃ 3.0% GDP から推定)
  5. 日本では、残念ながらどのシンクタンクも試算してない
  6. Mercer-Study 2030 年 51 兆円(平均で GDP の約 0.4% から推定)

ここでは、その損失 % や精度を話題にしていると紙面が不足しますので、この値は「こんな感じ」ということで先に進むために参考程度にします。

(2)損失額の試算

その損失額が試算できたとして 、その損失をその時点(たとえば 2100 年)の回避できた利益と見ます。これは将来(約 100 年後)に発生する利益です。100 年前に投資した「財」が各年に一定の利益率で複利で増加(そのはず)した財です。ここで一番重要な作業が出てきます。現在に経済活動している人は 100 年後の利益よりは、現在の利益(価値)を知りたい訳です。したがってある利益率(割引率)を使って100 年後の利益(価値)を現在価値に逆計算してそれを現在価値(Present Value)とします。そこで簡単(難かしいかも)に現在価値(PV)の考え方を下図を使って説明してみます。納得できるかどうかは別にして、現在の実業経済使われる方法です。

簡単な話として、2100 年時点の 800 兆円の価値は 2016 年に割引計算すると約 28 兆円になるという話です。

随分価値が下がりますね。

ここでの計算で使われる割引率は 4% を使っています。日本(世界でも)の公共事業の評価で使われています。
(実は、気候変動対策に使う割引率はもっと低いはずだという論議が始まっていまして、後で少し説明します)。
つまり、将来価値は現在に戻し、その価値を見て、評価しようと訳です。(世の中の経済の話は全てそういうことになっていて、今新しく出てきた話ではありません、のでここでは「そういうもんだ」として納得してもらうことで)

(3)気候変動抑制する対策費

次は気候変動抑制する対策費 の話です。
昨年のメルマガでもレスターブラウン氏の試算例を紹介しました。ここでは、経済評価のためのプロセスの話なので簡単にします。
気候変動対策は下図のように見積もられます。対策項目は暫定です。

ここで費用合計 Y0 兆円は各研究機関、政府機関でいろいろな数字があります。

  1. 「World on the edge」レスターブラウン 18.5 兆円/年(除く炭素税)
  2. 「気候カジノ」ウイリアムノードハム 80 兆円/年
  3. IEA パリ 108 兆円/年(2030 年まで 1620 兆円)

これらの数字は、投資家のリスク回避評価と国連の政策項目によって、大いに論議され、修正、再検討され数字です。ここでの評価法が認知されれば、この数字は格段に決めやすくなると思われます。

(4)対策実施の判断

そこで対策実施の判断 です。プロジェクト評価としては下図が使われます。

つまり対策費 Y0 兆円が 2100 年損失予想値 800 兆円から計算された現在価値 28 兆円がより安い場合に、経済市場はその気候変動対策への投資をする。
逆に対策費が 28 兆円より高い場合は、対策(投資)は難しいという状況になります。
したがって、レスターブラウン氏の提案(18.5 兆)は採用で、ウイリアムノードハム氏の提案(80 兆円)、IEA の提案(108 兆円)は修正再検討が必要となります。

このように、ある程度納得できる説明が可能になるという訳です。つまり環境学者や地球科学研究者が「大変だ! 大変だ! 将来地球は破滅する」との主張を「ある程度の金額で対策すれば、3 世代後の後世の役にたつんだって!」と証明できる便利なツールなるということだそうです。しかし話はそう簡単か? という話です。

(5)現在価値(例えばここでは 28 兆円)の許容幅 の論議

今まで話してきた筋書で「ほんとか?」という話がひとつ、ふたつあります。
それは 100 年後の損害額(ここでは 800 兆円)の想定方法と、100 年後に発生する価値を現在価値に換算する割引率(ここでは 4%)の決定方法の話です。
被害額の想定は、現在の研究状況から今後さらに精度が上がると思いますし、その額が下がることは無く損失額の現在価値は上がる傾向ですが、そんなに極端な異論はないと想定できます。
ですが、割引率が問題です。今回仮に 4% を使っていますが、「気候カジオ」の著者ウイリアムノーダム氏や社会経済学者達はもっと低い割引率を使うべきだと主張しています。その理由は、地球規模の気候変動のような社会資本の事業に、市場経済の割引率は適用できない。また、100 年後までの超長期の経済活動に均一な割引率の適用は不合理であるとの主張があります。

左図に例を示すと、仮に割引率を 1.5% とした場合現には現在価値がいきなり 226 兆円に上昇し、割引率 4% の時より約 8 倍となり、対策費用も 28 兆円から 226 兆円まで増加しても事業としては成り立つので、投資がさらに活発になる可能性が出るとの主張があります。

この話は難しそうな話ですが、気候変動対策として投資が加速するか、どうかには極めて重要なポイントとなると思われます。
その例として、もし市場経済が 1.5% の割引率を許容すると、ウイリアムノードハム氏の提案(80 兆円)も IEA パリの提案(108 兆円)も許容されることになり、投資が加速し、より CO2 削減が期待できるということになります。

第 2 章 炭素起源の商品は炭素価格(carbon pricing)付加する、そして炭素税の導入

ふたつ目の話は現在の市場原理には、その製品や税金に「CO2 排出による気候変動影響費」が盛り込まれていない。
ここが「化石資源の偽りの市場原理」の根源であるとの主張が広がりつつあり、市場に炭素価格(炭素税あるいは、単位 CO2 削減費用)の導入し、化石燃料を使って製造する全て製品に炭素税(あるいは課徴金)を付加する。その原資を気候変動対策費と再生可能エネルギー利用減税等に利用するという話です。
つまり石炭 1 トン売ったら、あるいは使ったらその石炭から燃焼して出る CO2 の対価(たぶん、CO2 を地下に戻す(CCS)処理費、あるいは気候変動損失換算費用、また健康被害補償分相当)を市場に流通させるべきだとの話です。

【 例 】石炭 US$ 60 /トンの値段なら、これに CO2 価格 75$(US$ 50/CO2 トン x 1.5 トン CO2 /石炭トン)を加算して、合計石炭売価は US$ 135 /トンに。

こうすることで、市場原理で競争力が低下した石炭の消費を低減させる、あるいは炭素税原資で CCS への投資が加速 CO2 を削減させることができるのでは。という話を、次回にしたいと思います。