特定非営利活動法人 日本プロジェクトマネジメント協会 理事長

光藤 昭男

東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sl...もっと見る 東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sloan School MOT)修了。

東洋エンジニアリング株式会社産業システム事業本部プロジェクト本部長、株式会社荏原製作所取締役常務執行役員経営・事業企画統括・情報システム統括、IT エンジニアリング株式会社代表取締役社長、株式会社荏原エージェンシー代表取締役社長を務める。

特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会理事長、2019年7月1日より特別顧問。

※本コラムは2021年5月に執筆されたものです。

日本における新型コロナ感染者の広がりは一時急を告げていたが、ここに来て東京や大阪の感染数は減少し始めた。米国ジョンズホプキンス大学CSSE(システム科学・工学センター:Johns Hopkins University Center for Systems Science and Engineeringが毎日更新している「新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の新規感染者数と死亡者数(含む回復者数)」のグラフ*1)が公表している。

日本で新型コロナ感染が広がり始めたのは、昨年2020年初春である。まだ一部地域の特殊な状況として報道が始まった。それから約1年半が経過した現在(‘21/5/23)、10都道府県にて「緊急事態宣言」が、また8県にて「まん延防止等重点措置」が発令されている。指定された都道府県の知事は、飲食店などでの感染リスクを抑えるため、飲食店などに営業時間短縮要請を出すことができる。命令下では立ち入り検査も可能であり、それを拒んだ場合には過料も課されるという厳しい規制である。当初、米国、英国、フランスやイタリア等の欧米諸国での感染者拡大があっても、日本では感染は広がらないとの日本人特殊論がささやかれていた。しかし、現在は誰も日本人が特別な人種で新型コロナ感染はしないと思う人はいない。

※1 コロナ感染拡大状況(毎日更新)
  COVID-19 Dashboard by the Center for Systems Science and Engineering (CSSE) at Johns Hopkins University (JHU)

このような想定外の変化が生じ、突然の危機状況への突入に対する日本人の対処法が、太平洋戦争が勃発した頃の日本の状況と似ているとの評価がマスコミの一部にあった。曰く、参謀本部(陸軍)と軍令部(海軍)など司令塔が分れ、したがい国家として統一されたグランドデザインが無なかった。さらに、日本国全体を有利に展開し終結にもって行く強い意思も行動も見られなかった。戦線はずるずる拡大され、最後は自ら破綻していった。「失敗の本質」はこの日本人と日本軍の行動を分析している名著だとされている。さらに「日本軍の失敗の過程は、主観と独善から希望的観測に依存する戦略目的が戦争の現実と合理的論理によって漸次破壊されてきたプロセスであった」(同第2章)との厳しい評価を下している。一般に、日本全体を巻き込むような激しい混乱・事件・戦争などでは、それまで水面下に隠れていた日本人や日本が持つ社会問題、経済課題、政治組織の問題および国民的行動性向が一気に表層化する。「失敗の本質」で描かれた日本人は、今でも新型コロナ感染症対策への行動プロセスを辿ってきているようだ。

事故災害から10年を経た東京電力福島第一原子力原発事故での日本人の対応も類似している。2012年7月に公表された「同事故調査報告書」の民間調査委員会の黒川清委員長氏が、「経済学でいう『規制の虜(とりこ)』という概念を引合いに、規制するのは国家だが、圧倒的に多くの技術的知見を持っている事業者(東京電力)主導で規制が作られた結果、国民でなく事業者を守る規制となった。これは電力業界の話ではなく、広く日本社会(共通)の問題提起である」そして、続けて「日本では、企業でも入社してからずっと同じ組織に所属してキャリアを積み上げることが多い『タテ社会』で、『ヨコ』(他社)に動くことが難しい。単線路線のエリートたちは、前例を踏襲して組織の利益を守ることが重要な使命になりやすい」とし、同質の人間による「グループシンク」による「同調圧力」が存在する。(「原発事故とコロナ対策」朝日朝刊2021年3月2日)

これらの二資料などから、危機に際して日本人が陥りやすい行動を考察し、批判的に評価・整理し、日本人が行動にあたって注意すべき事項を6点に絞ってみる。

  1. 目的・目標を明確に定義する
     ― 関係者に徹底し合意する
  2. これに基づき、大きな絵である戦略を策定する
     ― 俯瞰的視点から最終目標へ向かう道筋を描がく
  3. 日本人特有の特定グループ内思考に陥らない
     ― グループを超えた革新的思考を心がけイノベーションを起こすことに注力する
  4. 関係者間のコミュニケーションを円滑にする
     ― 特にトップと現場の双方向の意思疎通、双方の課題・問題を即座にアクションに反映する、なかでも“横”の円滑で密なコミュニケーションを即し“縦割り”組織の欠陥を補完する
  5. リーダーシップの本質を関係者全員が理解する
     ― リーダーは常に現実を直視しつつ極力優れた判断を下し、全員をその方向に導く
  6. つねに「同調圧力」や「空気の存在」に警戒し流されないように心がける
     ― 時に、目的達成にはこの同調圧力や空気を利用する

以上は、「失敗の本質」の要約といえる。これを現実に起きている新型コロナ感染症対策に照らし合わせてみる。

  • コロナ感染の抑制の統一国家的戦略が見えない(政府と地方自治体の戦略が判らない)
  • リスク管理の専門家不在、また感染症専門家委員会からの個々提案が即座に政策やリスク管理と効果的に結びついていない。例えば、政府、県レベル、市町村レベルのアクションプランが統一されていない
  • 上部組織と医療現場のコミュニケーションの欠如による医療総合力を活かせていない
  • 拡散抑制策は三密を避けつつ新型コロナワクチン接種対象を広げることが急務(当面必要程度のワクチンを確保しているにも関わらず都道府県・市町村レベルの連携が取れないままに、時間が経過し期待されるスピード感が全く見られず感染抑制が効果的に繋がっていない)

など「失敗の本質」に指摘されている日本人特有の思考・行動パターンが続き、悪循環を断ち切ることが出来ないでいる。マスコミからは厳しい批判が出ているが、目立った組織の組み直しや人事の変更はない一方で、感染拡大が継続している。

二つの事例から言える課題・問題解決の方法は

  1. 正しい状況判断
  2. それに基づく課題・問題の要点整理
  3. 各々の課題を解決する全体目標の設定
  4. その目標下で各課題を解決するアクションプラン
  5. そのアクションプランの実施
  6. 不都合が発見されれば素早いフィードバックによる修正アクション
  7. リーダーの明確化とコミュニケーションの円滑化のための専門組織を設ける

などの実施が重要である。
この中で最大の実施すべき最重要事項は、上記の内容を納得して実施できる組織の編成と責任者の任命であり、そのチームの確実な実施を裏付ける予算の確保であり、これらを国民に明示することである。実は、このアクション内容はプロジェクトを成功に導くプロジェクトマネジメント(PM)手法の内容と同じである。目標達成に向けた方法論である。国内に大勢いるPM専門家も巻き込み、目的に合致した新型コロナ感染症抑制プロジェクトが立ち上がり、果敢に困難な課題群に立ち向かうことを期待している。

【 参考 】
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
政府の新型コロナ感染症関連情報