特定非営利活動法人 日本プロジェクトマネジメント協会 理事長

光藤 昭男

東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sl...もっと見る 東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sloan School MOT)修了。

東洋エンジニアリング株式会社産業システム事業本部プロジェクト本部長、株式会社荏原製作所取締役常務執行役員経営・事業企画統括・情報システム統括、IT エンジニアリング株式会社代表取締役社長、株式会社荏原エージェンシー代表取締役社長を務める。

特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会理事長、2019年7月1日より特別顧問。

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を最近ネット上でよく見かける。2018年秋に経産省が「DXレポート」として省内研究会の成果の発表がそのきっかけのひとつといわれる。既存ITシステムを、デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出・柔軟に改変するDXの必要性と緊急性を説いた。単なるITシステムの改革でなく、経営面、人材面、技術面に分け、企業を新時代に合った形態に変革する必要性を説いた。

日経BP電子版「本当に使えるDXプロジェクトの教科書」では、「デジタル活用によって既存の事業モデルを根本的に変えるような取り組み」(同書1.1)を指し、「AI(人工知能)やIoT(Internet of Things)などを用いて新たなサービスを生み出したり、既存事業の収益構造や業務の在り方を変革したりする」とある。最近注目されているAIやIoTを利活用して既存の組織やその活動を“変革”することを強調している。AIやIoTだけでなく、これら技術を支える基盤として5Gやクラウドも含まれる。対象は違うが、一時話題となった“イノベーション”を求める動きに類似しており、DX推進という組織変革の体系に置き換えたようにみえる。DX推進の課題も、例えば、“DXをリードできる人材がいない”、“どう進めたらいいか分からない”など根本的なテーマがあげられている。DXへの動きはまだ途に就いたばかりであるといえる。

デジタルのもたらした国内での環境変化を簡単に振り返ってみる。情報処理学会(IPS)が掲載している「コンピュータ博物館」サイトが、コンピュータの歴史について詳しい。その情報の中の「黎明期のコンピュータ」では1943年の機械式加算機の試作品から記載がある。それ以降、「メインフレームコンピュータ」からはじまり「スーパーコンピュータ」「UNIXサーバ」「オフィスコンピュータ」「ミニコンピュータ」「ワークステーション」「パーソナルコンピュータ(PC)」「日本語ワードプロセッサ」などは、著者は「スーパーコンピュータ」を除くすべてを利用してきたので、このように並べてみると感慨深い。無論、「ゲーム機」もあてはまる。すべて「デジタル」信号で処理される機械である。この機械がもたらした生活への影響と変化はすさまじい。特にPCはビジネスだけでなく日常生活へ溶け込んで利用されている。1980年代前半の出版物である「Japan as Number One: Lessons for America」(Ezra F. Vogel)で述べられたような“日本がNO.1”に躍り出る動きがあった。その裏では、デジタルテクノロジーの飛躍的な向上が進みつつあった。特に、ネットワークとの融合がデジタルビジネス拡大の導火線となっていった。

アメリカの2社、マイクロソフトとアマゾンの成長を振返ってみる。1975年にマイクロソフト(Microsoft)がシアトル市で創業され、1985年にWindows、1990年にMicrosoft Officeを販売。1995年にInternet ExplorerとWindows95を発売した。その後も2009年に検索エンジンBing、2010年にクラウドサービス(Azure)の販売を開始している。今世紀に入り、PCとネットワークはデジタル化推進の大きな両輪として急拡大してきた。GAFAには、名を連ねていない。

アマゾン(Amazon)の出現も生活面に多大な影響を与えてきた。元々はネット書店であったアマゾンは、1995年にシアトルで創業した。巨大倉庫にありとあらゆる本を備え、ネット検索で瞬時に目的の本を見つけることができ、クリック一つの注文により翌日には手にすることができる。電子図書(Kindle)を利用すれば、1日も待つ必要がなく、欲しいと思ったその瞬間にダウンロードして読み始めることができる。アマゾンは、本のプラットフォームを利用してあらゆる生活品を翌日には届けるコンセプトでビジネス領域を拡大してきた。その過程で、各種業務のベストプラクティスを抽出し、業務の標準化を進め、グローバル業務を共通化してきている。デジタルを抜きにしてアマゾンは語れない。

このアマゾンは、2017年に高級食品を中心に販売するホールフーズ(WF : Whole Foods Market)を買収した。それまで食品販売ではアマゾンフレッシュがあったが、ネット食品販売市場に大きな影響を与えることが出来なかった。リアル販売に根強い人気のあるWF買収により、食品のネット販売に大きなインパクトを与えた。自宅からネット注文したのち、WFの実店舗に行くと既に紙袋に詰められた注文品がお客のピックアップ用棚に収められている。不足の商品や目で直接見て買いたい生モノなどは、来店時に買い足すことができる。市場ではアマゾンが本気でリアルビジネスに乗り出したことに驚きをもって受け入れられた。デジタルを適用したバーチャル中心のアマゾンが、リアルを扱うことにしたからだ。最近のニューヨークタイムズによれば、アマゾンを利用した消費者が使った年間取扱金額は6100億ドル(約67兆円:2020年6月から2021年6月)であるという巨大なビジネスドメインを築いて、今もなお急拡大中である。アマゾンが進めるデジタルによるバーチャルとリアルの融合ビジネスの成否はいずれ数字となって現れる。マイクロソフトやアマゾンの急成長は、デジタルの基盤の上に大きく花咲いたのだ。

もともと商売(business)では「信用・信頼」が重要だ。呉服の越後屋(現在の三越)で買えば、品質の間違いない着物・反物が買えるとなれば、多少高価格でも安心して行動を起こせたという。過去の取引の実績をベースとして「信用・信頼」が生まれた。越後屋のケースでなくとも、小さな取引が実績をつくり、少しずつ大きな取引となった。これはリアルおいて重要な商売の基盤であった。デジタル空間ではどうであろう。お互いが直接リアルに対面しない取引で重要なのも、やはり「信用・信頼」である。これを築くための重要な要素は、デリバリーとリカバリー(D&R : Delivery & Recovery)だという。顧客の手元に期待とおりにモノやサービスを届け(D)、万一問題が起きた場合は責任を持って善処する(R)。これが商売の基本である。マイクロソフトもアマゾンも「信用・信頼」の軌範に基づいているからこそ急成長を遂げたといえる。注1

一方で、現在進行中のデジタルの急速な拡大の将来に警鐘をならす人がいる。注2このままデジタルの普及拡大が続くと、人の役割を変質させるという。デジタルにより「自動化」、「グローバル化」、「生産性の向上」が進展する。「自動化」により多くの分野においてデジタルは、“より器用”に、“より賢く”する。この「自動化」向上によって、高い価値の仕事は一部の専門性やスキルのある人に集約され、残された仕事は誰にでも置き換えられる安価な仕事が増えてゆく。

デジタルは「グローバル化」に拍車をかけた。デジタルの力なくして、GAFA注3にみられるグローバルな急展開は考えられない。グローバル化により先進国の仕事が徐々に発展途上国へと移動する。これに巻き込まれる人の仕事の質を変化させ、働く場を失う人が出る。さらに、デジタルが一部のスキルの高い人の生産性をより引き上げる。皆で分担していた仕事が特定の人に集約されはじめる結果、多くの仕事が無くなってゆく。この「自動化」、「グローバル化」、「生産性の向上」の三要素がお互いにシナジーを起こし、世界中ならずと労働力の余剰が発生する。この現象は社会全体としてはより豊かになり、将来は今ほど働らかなくても良い生活がおくれるという。近い将来にこのことが現実に顕在化すれば、大きな社会問題になる。

DXを実現させれば、豊かな社会をもたらすが、一方で大きな社会問題を将来生じさせる可能性を指摘している。これが実は「デジタルの次にくる世界」なのかもしれない。当初は極論に思えたが、現実を整理するにつれ、豊かになりつつある世界の行く先は、すなわち、デジタルがもたらすかもしれない将来は、“働かなくても豊かな暮らしをおくれる世界が来る”のかもしれない。このような目で、GAFAの動きをみると興味が尽きない。

注1:「信頼とデジタル」ダイヤモンド社:三品和弘、山口重樹
注2:「デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか」東洋経済新報社:Ryan Avent
注3:GAFA : Google, Apple, Facebook, Amazon