特定非営利活動法人 日本プロジェクトマネジメント協会 理事長

光藤 昭男

東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sl...もっと見る 東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sloan School MOT)修了。

東洋エンジニアリング株式会社産業システム事業本部プロジェクト本部長、株式会社荏原製作所取締役常務執行役員経営・事業企画統括・情報システム統括、IT エンジニアリング株式会社代表取締役社長、株式会社荏原エージェンシー代表取締役社長を務める。

特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会理事長、2019年7月1日より特別顧問。

非営利特定法人日本プロジェクトマネジメント協会の理事長、光藤昭男です。
9月に続き第三回目の「プロジェクト」と「プロジェクトマネジメント」に関してお話しします。前回のコラムで、米国発知識体系による方法と日本独自の方法と組み合せたプロジェクト&プログラムマネジメント(P2M)があると述べました。今回はそのP2Mの概要と狙いを解説します。

プログラムマネジメントの事例

東日本大震災による津波の被災地を復興する事業プランが具体化して来ています。どの被災地区も復旧・復興を目指し、従前より価値を高める目標は共通です。典型的なコンセプトに「環境未来都市」があります。何といっても安全な街をつくり、安心して住める地域にする。被災を機に以前から進んでいた高齢化に加え、過疎化が急激に進むことが心配されます。雇用を創造し、就労年齢人口を増やし、活気を取り戻す仕組みが強く望まれます。気仙広域地区の例は(下記のURL参照)、安全な高台に高齢者に配慮したコンパクトシティを築き、隣接する住田町の森林の間伐利用のバイオマス利用や蓄電池付帯のメガソーラ発電施設により地産地消型のエネルギー源を持つことで雇用を生み出します。ハイテク技術のリチウムイオン蓄電池工場やメガソーラを誘致・建設することにより、雇用だけでなく、地域が日本の新産業創出の一翼を担う意欲的なプランを立てています。他の被災地でも類似の計画が進められていますが、一日も早く本格的な復旧に向かう事を願いたいと思います。

図1.環境未来都市 = 気仙広域環境未来都市 =

出典:内閣官房地域活性化統合事務局 「環境未来都市」構想担当
http://futurecity.rro.go.jp/pdf/torikumi/jp/torikumi_teian_kesen_jp.pdf

以下では、この現実に対して仮想的にプログラムマネジメントを適用してみます。破壊された堤防、道路、鉄道、学校などの公共施設も復旧して行かねばならぬ地区があります。この地区の復旧目標は5年間で達成するとします。瓦礫は仮置き場に集められ、時間を掛けて焼却と埋立の併用による処理が決まりました。堤防と道路は国交省地方整備局、鉄道はJR東日本、学校は文科省と市町村が、現在所管の官庁です。所轄の官庁が進められるように、目標となる全体プランから計画を分割し、予算を獲得し、資源を割振りふった上で、設計・施工を発注します。堤防修復プロジェクト、道路修復プロジェクト、鉄道復旧プロジェクト、学校復旧プロジェクトなどが一つ一つのプロジェクトとなります。プロジェクト数や実施時期は、分割や施工順で変わります。この様に試行錯誤しながら次第に具体化し、実現可能性の高い幾つかのシナリオを描きます。その地区の価値向上度や期待度から優劣を評価します。最小費用で最大価値創造を生む案が良いのですが、一般的には前提や条件が付随しており簡単ではありません。総合評価の結果、一つのシナリオが採択されます。それがプログラムです。各種の手続きを経て実際の個々のプロジェクトが動き出す時には、そのプロジェクトのプロジェクトマネジャー(プロマネ)が指名され、仕様・予算・完成時期などのいわゆるQCD(品質、コスト、納期)が決まります。

プロマネは決められたQCDを達成するために厳しくプロジェクトを統制しながら先へと進めます。プログラムは半年ごとにあらかじめ決められた手法に従って価値評価することにします。例えば、別々の建設会社に発注していた堤防修復プロジェクトと道路修復プロジェクトにおいて、ある区間では同じ会社が実施する方が良いと判断、評価されたとすると、プロジェクトの範囲を変更します。未着工であった道路工事は、既着工の堤防工事を施工している建設会社にその区間工事を移管します。この様にプログラムの進行過程で、既に一旦定めていたプロジェクトの仕事の範囲も他のプロジェクトの一部を組み替えることで、全体最適を図りながら、当初の大きな目標を達成するプロセスをプログラムマネジメントと云います。気仙広域地区のプログラムマネジャーは、議長という名の大船渡市長であり、その傘下で複数のプロジェクトから構成されています。(前記のURL参照)

P2Mのプログラムマネジメント

P2Mの定義では、「プログラムとは、自組織の、または顧客からの所与の、組織戦略具現化のための上位レベルの特命使命を実施する複数のプロジェクトが有機的に結合された単位事業である」し、また、「プログラムマネジメントとは、外部環境の変化に柔軟に対応しつつ、組織の資源と遂行能力を効率よく活用しながら、複数の要素プロジェクト間の全体最適統合を行い、プログラム特定使命を達成するマネジメント手法である」とされています。プログラムは、その形態により「運営型、創出型、変革型」と三つに類型化されていますが、いずれも価値創造と改革を目標とする概念です。

ある特定の被災地の復興プログラムは、その地区での堤防修復プロジェクト、学校復旧プロジェクトなどの複数のプロジェクトが有機的に結合され、全体最適化を指向しつつ特定使命である復興を達成する運営型プログラムと言えます。リチウムイオン電池工場の復興に占める割合が大きければ、創出型ともいえます。また、半農半漁であった地域をハイテク研究パークと関連工場の地区に変えることが目標となれば、変革型と言えます。いずれも大きな価値を創造してゆくプロセスにP2Mのプログラムマネジメントを採用できるという事です。

上記は、行政の被災地復興にP2Mを適用する事例ですが、住民サービスにおいても多くの事業目標がありますから、その目標の数だけプログラムがあります。通常、行政が普段進めている仕事はプログラムマネジメントの塊と言えます。企業経営も、経営理念、ビジョン、中期計画など目標を達成するための定常業務と共に、プログラムとプロジェクト遂行である非定常業務から成り立っています。一説では、プログラムとプロジェクト形式の非定常業務が、国のGDPの30%に達しているそうです。全体最適を実現するためには柔軟にプロジェクトを組み替える必要がありますので、プログラムの定期的に評価することは大変重要です。上場企業の場合、四半期ごとに市場からの評価があるので、経営目標達成に向け鋭意努力しなくてはなりません。あらゆる組織の継続・存続の為にプログラムマネジメントは大変有効な方法論だと考えられます。

P2Mのプロジェクトマネジメント

下位概念であるプロジェクトマネジメントの骨格は、前回説明した科学的な方法論に則って目標を達成する方法を取ります。目標は上位概念のプログラムにより決められます。目標が決まっている場合は、欧米式のトップダウンによるリーダシップが効果的です。すなわち、目標を明示化し欧米のマネジメント論に則って統制することは、グローバルスタンダードであり、国内や異文化圏をチーム員としても同じです。KKD(勘、コツ、度胸)は二次的で、原則数字に裏打ちされた情報に基づき、総合的な判断(judge)をしながら目標に邁進します。

プロジェクトのチーム員は、その担当が機械系であれ、建築系であり、法務系であっても、また、研究開発、建設、業務改革など、どのプロジェクトでも、全構成員が、知識として同一のプロジェクトマネジメントの方法論を知っていることは、プロジェクトの意思決定や遂行を迅速に進める上で大変重要です。ダーウィンが「種の起源」で書いた「強い者が生き残ったわけではない。賢い者が生き残ったわけでもない。変化に対応した者が生き残ったのだ」と述べている通り、変革し続ける組織が生き残る重要要件です。組織を変革するプロセスであるプロジェクトの発生が日常的になっています。構成員がその知識を覚え経験を蓄積することが、その組織の健全な継続の為に望ましいことです。

P2Mの開発の由来とその日本的な特長

通産省(当時)が、失われた10年を克服するために日本発の産業力強化の手法開発プロジェクトをスタートしたのは1999年でした。P2Mの開発にあたり、世界のプロジェクトマネジメントの手法を調査した上で、日本人が得意とする独自の仕事術を組み合わせ、欧米的手法と日本的手法のハイブリッドな仕組みを創り上げました。ベースには欧米発のプロジェクトマネジメント知識体系とMBA的マネジメント論とシステムズエンジニアリングを据えました。一方、日本のプラントエンジニアリング企業のEPC力とモノつくり日本のユニークなマネジメント手法を融合して、「日本の競争力強化を支援する」プロジェクトマネジメントガイドブックを開発しました。それがP2Mです。

P2Mのプログラムマネジメントの定義で述べた「組織の資源と遂行能力を効率よく活用」するが、具体的には“擦り合わせとチームワーク、経験と知恵を総動員する力、三現主義やミドル・アップ&ダウンの企画・遂行力を活かす仕組み”として組み込まれています。また、EPC力とは、“日本型プロジェクトマネジメント遂行への高い評価”(前回のコラム)の原動力となる力のことを指します。海外大型プラント建設を一括請負契約で受注し、完遂させる能力のことです。

アジアの時代に

「ミシガン大学のリチャード・ニズベット博士によると、アリストテレス以来欧米文化圏で特徴的な『分析的思考様式』に対して、東アジア文化圏では『包括的思考様式』に特徴があり、『世の中は複雑であり、物事の本質を理解するためには、関連したさまざまな要因が複雑に絡み合っているありよう、物事の全体像を把握する必要がある』という」(増田貴彦助教授カナダアルバータ大学)。更に、欧米文化圏では分析的に思考することで中心となる事象に注目しがちであるが、東アジア文化圏では“関係性”を重視して物事を判断する。その結果として、全体バランスに配慮する思考をする傾向が強いそうです。ニズベット博士の云う東アジア文化圏には日本も含まれると考えられます。異文化コミュニケーション論では、日本人は独自の発想・思考をし、欧米のそれとは異なることが指摘されていますが、東アジア文化圏内の研究はまだ充分とは云えませんが、恐らく類似性は高いでしょう。

21世紀はアジアの時代と云われ、特に東アジア文化圏での新興国の成長は著しいです。オバマ大統領もその選挙戦で、アジアの成長を自国の成長に組み入れるTPPの推進を盛んに強調していました。P2Mを欧州で発表した当時、そのプログラムマネジメントの発想がユニークだとの高い評価を受け、欧州のプログラムマネジメントに影響を与えてきました。東アジアにおける文化的類似性が高いことで、プロジェクトの遂行面でもP2Mの有効性が好影響を与えるとしたら、東アジアでも高い評価を受けるでしょう。これから大型の社会インフラの整備が計画されている東アジアの諸国において、P2Mは有効な国家推進プログラムの方法論となると信じています。

前二回のコラムの最後のパートで、「メード・イン・ジャパン」について触れました。福島第一原発の事故とその後の対応が充分とは言えない原因が日本的な文化に起因すると、英文事故報告書に記載されていました。東京電力という個性強い社風の組織で、確かにその風土がコインの裏表の役割を果たし、「薬」でなく「毒」となることも大いにあり得ます。しかし、多くの日本企業の強みは依然根強くあり、日本産業の強みとしてこれからも有効であると思います。P2Mがその日本の強みを内包しつつ、世界で、特に、文化的類似性のあると見られるアジアにおいて、その手法が価値創造に有効であると信じて普及活動を続けてゆくつもりです。