特定非営利活動法人 日本プロジェクトマネジメント協会 理事長

光藤 昭男

東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sl...もっと見る 東京工業大学制御工学、MIT(マサチューセッツ工科大学 Sloan School MOT)修了。

東洋エンジニアリング株式会社産業システム事業本部プロジェクト本部長、株式会社荏原製作所取締役常務執行役員経営・事業企画統括・情報システム統括、IT エンジニアリング株式会社代表取締役社長、株式会社荏原エージェンシー代表取締役社長を務める。

特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会理事長、2019年7月1日より特別顧問。

非営利特定法人日本プロジェクトマネジメント協会の理事長、光藤昭男です。隔月3回に渡り日本を中心として「プロジェクト」と「プロジェクトマネジメント」に関する話題を提供します。よろしくお願い致します。

プロジェクトX 挑戦者たち

中島みゆきの主題歌で始まるNHK番組「プロジェクトX挑戦者たち」は、大勢の人が「プロジェクト」という言葉を知る良い機会でした。中高校生の間でも「プロジェクトを進める」ことは増えてきているそうです。しかし、プロジェクトとはどのような行為かご存知の方は多くないと思います。しからば、定義をWikipediaから引用してみます。「プロジェクト(project)は、何らかの目標を達成するための計画を指す。どちらかと言えば、小さな目標の達成のためのものではなくて、大きな目標を集団で実行するものを指すことが多い。その計画の実現のためのタスク(仕事)の実行までを含めて指すこともある」とありました。「プロジェクトX」では、仕事を達成する“実行”のステップまでを含めており、この解釈が一般的でしょう。

プロジェクトは、今から5000年前の「古代」からありました。宇宙からも見える建造物と云われるエジプトのピラミッドや中国の万里の長城の建設は、巨大プロジェクトでした。巨額な財を使ったプロジェクトは、為政者にとって壮大な価値創造を狙った大事業だったと推測されます。最近では、アポロ計画やヒトゲノムプロジェクトが有名です。やはり、米国が国の威信をかけたプロジェクトだったといえます。

プロジェクトを実行するには、「プロジェクトマネジメント」と呼ばれている独自のマネジメント体系があります。それでは、「プロジェクトマネジメント」との定義を見てみましょう。「プロジェクトマネジメント(Project Management)とはプロジェクトを成功裏に完了させることを目指して行われる活動のことである。これにはプロジェクトを構成する各活動の計画立案、日程表の作成、および進捗管理が含まれる。」(Wikipedia)とあります。しかし、このプロジェクトマネジメント体系が、知識として体系化され、標準化され、普及しはじめたのはまだつい最近のことです。

「管理の科学」から「組織の科学」へ

「マネジメント」という言葉とその体系も、単なる「管理」から離れて「管理の科学」として、体系化され、学問となり、普及し始めたのも、第一次世界大戦の前後、米国が名実ともに世界一の大国の座に上りつめた20世紀初頭以降です。人間の生産活動を科学的に分析して体系化した先達には、テイラー(F.W.Taylor)であり、スローン(A.P.Sloan)であり米国の研究者や経営者たちでした。その後、「管理の科学」は、「組織の科学」へと展開されてきています。

左から「はやぶさ」「あかり」「ひので」 ISASの科学衛星ミッション(JAXA提供)

「プロジェクトマネジメント」に関しては、この米国にて、1960年代にさまざまな手法が開発されました。国防省(DOD)や米国航空宇宙局(NASA)がその手法開発に大きく貢献しました。特に、NASAの有人宇宙衛星をあげ、人類を月に送り込むプロジェクトでは、人道的側面と膨大な予算を使う費用面から失敗は許されないという理由から、綿密な計画を立てるためにプロジェクトマネジメントが必須の手法となりました。

一方、米国産業界では、少しでも人手や経費を削減するために科学的アプローチが工夫されました。今日でも盛んに利用されているPERT/CPMという有名なネットワーク手法の開発もこのころです。「マネジメント理論」が応用されたのは言うまでもありません。1990年までには、さまざまな分野のプロジェクトマネジメントの経験と実績を基に、どのようなタイプのプロジェクトのマネジメントにも適用できるように一般化された“知識体系”が、米国PMI(Project Management Institute)にて確立され、公開されました。その後、プロジェクトマネジメントは急激に世界に広まりましたが、“知識体系”となってからは、まだ30年も経っていません。一説には、新しい知識や技術が成熟して日常的に利用されるに至るまでには、30年を要するといわれます。この説を適用しますと、「プロジェクトマネジメント」手法は成熟前の成長過程にあると言えます。一層の普及と活用のサイクルにより、誰でも何処でも使えるようにする必要があると思います。

「形式知」と「暗黙知」

米国発の手法は、米国の文化に基づいています。人種のルツボである米国は、コミュニケーション上の誤解を防ぐ必要性から、言葉で表現する、言葉を記録することが習慣づけられています。このように文章化・図表化・数式化などによって説明・表現できる知識を“形式知”あるいは“明示知”と呼ぶので、米国は“形式知”を重んじる文化といえます。一方、日本では、ほぼ同じ民族から成り立っているので、言葉に表現しなくてもお互い共有している知識があり、これを“暗黙知”と呼びます。

米国では、一般的にこの形式知をベースに制度、手法が成り立っています。人々は、子供のころから考えを積極的に表現する教育を受けています。さらに、どのような組織でもリーダーがトップダウンにてものごとを進めることが日常的です。新たな分野へ挑戦すること、また挑戦して失敗しても次の成功に繋がるとして、評価され許容されています。従って、困難に遭遇しても失敗を恐れずに挑戦し、さらに競争相手に学ぶ姿勢も謙虚で素早く、徹底しています。挑戦を繰り返しますから、新領域での新奇的、画期的なビジネスモデルの構築にも長けています。太平洋戦争ではゼロ式戦闘機に遭遇し、明らかに初戦では不利であった空中戦も、すぐさま失敗に学び、新型グラマン機を開発し、戦局を有利に展開しました。高品質で低コストの繊維や自動車の日本から輸出攻勢があった際にも、日本のQCサークルに学びTQMとして体系化し、逆に日本に大きな影響を与えました。最近のi-PADの例でも、そのすべての要素技術は日本が持っているといわれながら、米国の優れた構想力とスピードある実行力に日本は敗退しています。いずれも米国の文化を背景とした、知識を体系化し活用し、個人のリーダーシップと組織的な動きによる良いマネジメントの結果だったと云えます。

日本は、親分の背中を見て育つ、言葉に出して言われなくても動きを感じ取って知識や教訓を得る、“暗黙知”をベースとした文化です。モノつくりの現場の力が強く、つくるモノが定まっていれば大変優れた製品をつくり出す能力が高いと云えます。米国のような強力なリーダーが不在でも、このモノつくりの強さで、世界第二の経済大国まで発展してきました。非常に優れた日本人の特徴と云えます。この特徴は一方で、何をつくるかということが重要な構想段階では、平均化しがちで特長がなく突出できないこと、コンセンサスを得るまで時間がかり過ぎること、日本人以外がチームに加わると本来は変革のチャンスであるにも拘わらず異質性を有効に活用できないこと、さらに、暗黙知をベースとした人材育成は時間がかかり過ぎること、などが問題だと指摘されています。“出る杭は打たれる”とか、“能ある鷹は爪を隠せ”の諺にもあるように、目立ち過ぎる人は疎まれます。議論を戦わすよりも人間関係を維持する方が最優先されることが多いようです。従い、本質に迫ることがないまま次に進む、あるいは、失敗を直視し充分に学ばないままに次に進むということが繰り返されています。さらに、強いリーダーは不要だという声すら聞えてきます。

メード・イン・ジャパン

これらを背景として、米国発「プロジェクトマネジメント」手法を日本の風土にてそのまま利活用することが出来るのでしょうか。折しも、福島第一原発の事故の最終報告をまとめた国会事故調査委員会の黒川委員長は、「この原発事故はメード・イン・ジャパンだった」と英語版報告書の序文に明記し、「事故の根本原因が日本人に染みついた習慣や文化にあると批判。権威を疑問視しない、反射的な従順性、集団主義、島国的閉鎖性などを挙げ」たそうです(朝日新聞7月7日)。

次回(10月)は、日本におけるプロジェクトの現場の状況を踏まえて、日本の風土におけるプロジェクトマネジメントの現状と将来の課題についてお話しします。