慶應義塾大学 特任教授

大西 公平

昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義...もっと見る 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義塾大学に所属して研究教育活動に従事してきた。平成2年にIEEE Advanced Motion Control Workshopと銘打った国際会議を初めて開催するなど、これまでモーションコントロール分野を切り拓いてきた。平成14年に力触覚の伝送に初めて成功し、これをリアルハプティクスとして確立するとともに、容易に実装できるLSIチップも併せて開発してきた。リアルハプティクスが様々な産業分野に普及すれば技術立国の復活が実現できると考えて、現在も努力を傾けている。

人は視覚や聴覚のための感覚器は頭部にあるが、力触覚を得るための感覚器は頭部より離れた手や足などに多く分布している。

人の力触覚と接触動作

皮膚下の比較的浅い真皮部から皮下組織に至る部分に、メルケル細胞、マイスナー小体、ルフィニ終末およびパチニ小体と呼ばれる感覚器が存在する。これら4種類の感覚器は周波数特性を持っており、周波数が高くなるとより敏感に反応する受容器やそれと逆の特性を持つ受容器がある等の特徴があることが報告されている。

例えばUniversity of RochesterのS.J. Bolanowski, Jr. 他3名が1988年にThe Journal of Acoustical Society of America誌において発表した論文 “Four channels mediate the mechanical aspects of touch” では、各感覚器の周波数特性の官能的な実験結果が報告されている。現在でも、例えば最も深部に分布しているパチニ小体は (人が感じる範囲では) 高周波帯になるほど感度が高くなるとされている。これはパチニ小体が主に加速度の大きさに相関した信号検出機能を有していることを示唆している。上述の論文では慎重な言い回しながらパチニ小体チャネル (P) とそれ以外の3チャネル (NPⅠ、NPⅡ、NPⅢ) を合わせた四つのチャネルを通じて力触覚が引き起こされるのではないかと推論している。この結果を考慮に入れて、次のような一歩進んだ力触覚の質感のモデルを立てることは可能なのではないだろうか。

力触覚の質感モデル:加速度、速度、位置および負荷に対してそれぞれ感度が高い4種類の感覚器の発火信号を処理することで、慣性力、粘性力、剛性力および負荷に相当する周波数特性が生成され、それらの組み合わせによって力触覚の質感 (と強度) が得られる。
すでに、前回コラムで質感を表す時間窓内で求められる力触覚の周波数特性は

\[Z(j\omega)=\frac{F(j\omega)}{V(j\omega)}=j\omega M+D+\frac{K}{j\omega}+\frac{H(j\omega)}{V(j\omega)}\]

となることを示した。この式は周波数特性が異なる4種類の独立した周波数特性の重ね合わせで力触覚 (の質感) が表されることを示している。

改めて上式を眺めてみよう。右辺第一項は慣性力を表すもので、 \(j\omega\) がかかっていることからわかるように \(\omega\) が増えると (つまり高周波になるほど) その値が増える。慣性力は高い周波数ほどその大きさが増大するので高い周波数に対してより敏感な感覚器であるパチニ小体で検出することが可能であると考えることができる。同様に、マイスナー小体、メルケル細胞およびルフィニ終末の発火から粘性力、剛性力および負荷に相当する周波数特性が獲得されるモデルを考えることができる。つまり、上記モデルは生理学的なアプローチと物理的なアプローチが合致する仮説を主張しているのである。これを図示したのが図10である。

図10 力触覚の強度と質感を得る信号処理モデル

このモデルがどの程度正しいのかどうかについては今後の研究で検証していくべきであろう。ただ、補強材料として幾つかの事項をあげることができる。

第一の事項は、力触覚は視覚や聴覚などと同様に刺激源の特徴をいち早く摑まえるために発達してきたと考えられる点である。そのために、時間領域で表される強度と周波数領域で表される質感がともに発達してきた。視覚では強度である明るさと質感である色の両方を細かく識別する。質感は目の構造から周波数の違う3種類の光であるRGBにそれぞれ強く反応する3種類の錐体細胞の周波数領域における興奮の度合いの組み合わせで光の識別を行っており、結果的に微妙な色の違いを判別している。力触覚の強度と質感の獲得もこれに相似したシステム構造になっていると考えてよいのではないだろうか。

もう一つの事項は、遠隔側から手元側に力触覚が理想的に伝達される条件として良く知られている透明性 (transparency) の分析から得られる。力触覚伝送の特性を解析する手法の一つに図11で示されるような電気回路の4端子網回路 (または2ポート伝送回路) 表現を援用する4チャネル解析がある。

図11 力触覚の伝送系の4端子網モデル

この伝送特性を解析するためのH行列 (ハイブリッド行列) を力触覚伝送の遠隔側と手元側に適用すると完全透明性 (手元デバイスを触っても、接触対象と直接触っている場合と全く変わらない性質) は次式になることが知られている。

\begin{aligned}\begin{bmatrix}
f_{m} \\
v_{s}
\end{bmatrix}
&=\begin{bmatrix}
H_{11} & H_{12} \\
H_{21} & H_{22}
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
v_{m} \\
-f_{s}
\end{bmatrix}\\[10pt]
&=\begin{bmatrix}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
v_{m} \\
-f_{s}
\end{bmatrix}\end{aligned}

右辺下式が完全透明性の条件式 (\(H_{11}=H_{22}=0\) かつ \(H_{12}=H_{21}=1\)) であり、物理的には第1行が作用反作用則を第2行が追従則を表している。この左辺と右辺下式は周波数領域でも成り立つので、完全透明性が成り立つと、結果として次式が成り立つ。ただし、遠隔側にある接触対象は図4で表される動的なモデルで表されるとしている。

\[\frac{-F_{m}\left( s\right) }{V_{m}\left( s\right) }=\frac{F_{s}\left( s\right) }{V_{s}\left( s\right) }=Ms+D+\frac{K}{s}+\frac{H}{V}\]

つまり、手元側で得られる力触覚と遠隔側で得られる力触覚は等しく、しかもそれは遠隔側の接触対象の機械アドミタンスと負荷による力触覚に等しいことが示されている。これは4端子網回路の存在が見えなくなって完全スルーになっていることと同じで、透明性という言葉の由来になっている。もともと4端子網回路は単に速度と力を伝送するだけの性能しか持っていないにもかかわらず、透明性の条件を満たすと人は手元側で直接接触した場合と変わらない力触覚を得る。そのときの遠隔側における力触覚は、上式の右辺の第2式と第3式が等しいことからわかるように接触対象の機械アドミタンスそのものになっており、更に第1式と第2式が等しいことから手元側で感じている力触覚も対象の機械アドミタンスになっているのである。つまり力触覚は対象の機械アドミタンスであり、したがって数値化でき、その大きさと周波数特性が計算可能である。大きさが強度で、周波数特性が質感になっていることはこれまでの議論から容易に理解されよう。

それでは、すべての周波数帯域で完全な透明性を成り立たせることは実際に可能なのであろうか。結論を先に述べると、完全な透明性の実現は不可能である。その代わり透明性がどの程度成り立っているかを示す二つの指標、すなわち再現性 (reproducibility) と操作性 (operationality) の指標が提案されている。この二つの指標は2004年に川崎市で開催されたThe 8th IEEE International Workshop on Advanced Motion Control, 2004 (略称 AMC ’04) においてW.Iidaが発表した “Reproducibility and Operationality in Bilateral Teleoperation” (DOI: 10.1109/AMC.2004.1297669) で説明されているので興味のある向きは参照されたい。以下に、リアルハプティクス技術と共にその意味をかいつまんで紹介しよう。

力触覚を伝送するリアルハプティクス技術では、作用反作用則と追従則の二つを実現するために次の二つの式が同時に成り立つように制御システムを構築している。それにより、実用上ほぼ完全に近い透明性を実現することが可能になっている。

\[\begin{aligned}
&f_{m}+f_{s}=0\qquad(作用反作用則を表す)\\
&v_{m}-v_{s}=0\qquad(追従則あるいは同期則を表す)
\end{aligned}\]

上式が達成される度合いを示すのが再現性であり、完全な再現性とは \(H_{12}=H_{21}=1\) の実現に他ならない。上式に加えて手元側と遠隔側の間で変数間の干渉がない条件を表すのが操作性で、完全な操作性は \(H_{11}=H_{22}=0\) で達成される。大きな干渉は手元側でも遠隔側でも予期しない動きや、不必要な力が現れるために避ける必要がある。リアルハプティクス技術はこの再現性と操作性を従来よりも大幅に改善することによって良好な力触覚伝達を可能にしたものである。それではこのリアルハプティクスの原理は何であってそれをどのように実現しているのだろうか。それらは、次回のコラムにおいて紹介したい。

本コラムは全6回を予定しています。次回は、7月号に掲載予定です。