慶應義塾大学 特任教授

大西 公平

昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義...もっと見る 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義塾大学に所属して研究教育活動に従事してきた。平成2年にIEEE Advanced Motion Control Workshopと銘打った国際会議を初めて開催するなど、これまでモーションコントロール分野を切り拓いてきた。平成14年に力触覚の伝送に初めて成功し、これをリアルハプティクスとして確立するとともに、容易に実装できるLSIチップも併せて開発してきた。リアルハプティクスが様々な産業分野に普及すれば技術立国の復活が実現できると考えて、現在も努力を傾けている。

これまで、力触覚の強度と質感について定義と計算方法を考察してきたが、肝心の「どうやったら力触覚が伝送できるのか」についての明確な方法論は示してこなかった。今回のコラムでは、可能な限り鋭敏な力触覚の伝送方法を提示する。正確だが煩雑な説明はできるだけ避けて、直感的に理解しやすい記述を心掛けた。力触覚伝送技術が築く夢のある未来を感じ取っていただければ幸いである。

力触覚伝送の仕組みと実現

前回紹介した力触覚伝送の4端子網モデルを単純化して表示すると図12になる。

図12 力触覚伝送系の簡単化した4端子網モデル

透明性の条件 (手元側で接触対象を直接触っているのと変わらない条件) は、\(H_{12}=H_{21}=1\) かつ \(H_{11}=H_{22}=0\) である。これはとりもなおさず、作用反作用則を満たす \(f_{m}+f_{s}=0\) と、遠隔側が手元側と同じ動きをする追従則 (同期則) を満たす \(v_{m}-v_{s}=0\) の両式が同時に成り立つことを意味する。力触覚を伝送する制御系において、この二つの式が成り立つように構成すれば力触覚が伝送できる訳である。しかし、この二つの式が同時に成り立つように制御系を構成できたとすると、 (手元側と遠隔側の慣性項が等しいならば) 自由動作時には作用反作用則は \(\dot{v}_{m}+\dot{v}_{s}=0\) と等しく、追従則は \(\dot{v}_{m}-\dot{v}_{s}=0\) と等しくなってしまう。これは \(\dot{v}_{m}\) も \(\dot{v}_{s}\) も共に0になる (つまり手元側と遠隔側の加速度が共に0になる) ことを意味するので、自由な動作は不可能である。これを解決するために、座標変換を導入する。適当な座標変換を用いることで独立な機能を達成することが可能になる。
ここでは2次のHadamard (アダマール) 変換として知られている次の変換を用いる。

\[\begin{bmatrix}c\\d\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1&1\\1&-1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}m\\s\end{bmatrix}\]

右辺の第一行は和を、右辺の第二行は差を表す単純な変換である。右辺の縦ベクトルの第一項は手元側の変数を第二項は遠隔側の変数を想定する。例えば力の変換は次式になる。

\[\begin{bmatrix}f_{c}\\f_{d}\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1&1\\1&-1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}f_{m}\\f_{s}\end{bmatrix}\]

左辺の添え字の \(c\) はcommon mode (和モード) の頭文字を \(d\) はdifferential mode (差モード) の頭文字から取ったものである。つまり、手元側の変数 (下添え字の \(m\) ) と遠隔側の変数 (下添え字の \(s\) ) を和モードと差モードの変数にそれぞれ変換することである。差モードは演算増幅器 (operational amplifier いわゆるオペアンプ) の反転増幅機能でおなじみであろう。これを手元側と遠隔側のすべての物理変数に対して同様の変換を行う。本来、手元側と遠隔側は全く独立したおたがいに影響を及ぼさないシステムであるので、それらの変数も全くお互いに相関なく決まる。これを二つのシステムが独立であるという。

手元側と遠隔側は何もしなければお互いに独立したシステムである。しからば、Hadamard変換で得られた変数が構成する和モードのシステムと差モードのシステムはどうなのであろうか。和モードと差モードは計算して得られる仮想的なシステムであるが、これらも独立なのである。これは (計算上ではあるが) どのような和モードと差モードの数値をもってきても、それに対応する手元側と遠隔側の数値が存在し、逆にどのような手元側と遠隔側の数値をもってきてもそれに対応する和モードと差モードの数値が存在することから、お互いに独立する勝手な数値が指定可能であることがわかる。これを示すのが図13である。手元側と遠隔側がお互いに勝手な数をとっても大丈夫であるのはそれぞれを表す値が直交している \(m\) 軸と \(s\) 軸で表される座標系の軸上に乗っているからであり、手元側のある物理変数値を \(m\) とすると、それと関係なく遠隔側ではその物理量を勝手な値 \(s\) にできるということを表す。

図13 手元側-遠隔側座標 (\(m\) - \(s\) 座標) と和モード-差モード座標 (\(c\) - \(d\) 座標)

一方で、Hadamard変換を変形すると次の式になり、これは座標の回転にも相当していることがわかる。

\[\begin{bmatrix}{c}\\{d}\end{bmatrix}=\begin{bmatrix}1&1\\1&-1\end{bmatrix}\begin{bmatrix}{m}\\{s}\end{bmatrix}=\sqrt{2}\begin{bmatrix} \cos 45^{\circ } & -\sin 45^{\circ } \\ \sin 45^{\circ } & \cos 45^{\circ } \end{bmatrix}\begin{bmatrix} m \\ -s \end{bmatrix}\]

これは、\(m\) – \(s\) 座標の \(s\) 軸を反転させて45度回転させると (\(\sqrt{2}\)倍になることを除くと) 、 \(c\) – \(d\) 座標になるということを表しており、和モードを表す \(c\) 軸と差モードを表す \(d\) 軸は図13に示しているように共にただ \(m\) – \(s\) 座標系を、45度回転しているだけなのでやはり直交している。つまり、 \(c\) – \(d\) 座標において \(c\) 軸上の値と \(d\) 軸上の値はお互い無関係に決めて良いということを示している。
そこで、作用反作用則を満たす \(f_{c}=f_{m}+f_{s}=0\) を \(c\) 軸上で実現し、追従則 (同期則) を満たす \(v_{d}=v_{m}-v_{s}=0\) を \(d\) 軸上で実現すればお互いが独立に決められるので力触覚が伝送できるはずである。これは図12の4端子網モデルにおいて、 \(H_{12}=H_{21}=1\) (再現性条件) を満たすことになる。実はこれだけでは操作性の指標である \(H_{11}=H_{22}=0\) が満たされているかどうかは保証されない。そこで力と速度を \(c\) – \(d\) 座標で表してみる。

\[\begin{bmatrix} f_{c} \\ f_{d} \end{bmatrix}=\begin{bmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{bmatrix}\begin{bmatrix} f_{m} \\ f_{s} \end{bmatrix}\]

\[\begin{bmatrix} v_{c} \\ v_{d} \end{bmatrix}=\begin{bmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{bmatrix}\begin{bmatrix} v_{m} \\ v_{s} \end{bmatrix}\]

これらの式で、作用反作用則を満たす \(f_{m}+f_{s}=0\) は \(f_{c}=0\) のことであり、追従則 (同期則) を満たす \(v_{m}-v_{s}=0\) は \(v_{d}=0\) のことである。しかしながら、 \(f_{d}=f_{m}-f_{s}\) については何も決められておらず、それと同様に \(v_{c}=v_{m}+v_{s}\) についても何も決められていない。もしも勝手な \(f_{d}\) の値 (例えば極端に大きい値や反転する値) を \(d\) 軸で指定したら追従則である \(v_{d}=0\) を常に保つのは困難であろう。なぜなら、全ての変数を変換したので \(d\) 軸では \(f_{d}\) と \(v_{d}\) は独立ではなく、お互いを結び付ける制約式 (この場合は運動方程式から導かれる動的方程式) によって勝手に決めることはできないからである。従って \(v_{d}=0\) を実現しようと思っても \(f_{d}\) の変動に邪魔されてしまう。同様なことは \(f_{c}=0\) を実現しようと思っても \(v_{c}\) の変動に邪魔されてしまい、再現性が阻害されるのである。これを解決するのがロバスト制御系の導入である。

ロバスト制御系とは、外乱 (系外からの雑音成分) や、系のパラメータ変動 (例えば動的方程式の係数の変動) の影響を排除して、ある時間が経つと入力通りの出力が得られる制御系である。ロバスト制御系を \(c\) – \(d\) 座標に導入すると、 \(f_{c}\) および \(v_{d}\) を通じて両軸間に発生する過渡的な干渉や外部から混入する雑音を外乱とみなして排除し、 \(H_{11}\overset{t\rightarrow \infty}{\longrightarrow}0\) および \(H_{22}\overset{t\rightarrow \infty}{\longrightarrow}0\) を実現して操作性を満足させることができる。性能の良いロバスト制御を採用すればこの収束時間をミリ秒程度にすることはそれほど難しくないので、事実上完全な操作性を期待することができる。以上をまとめると、力触覚の伝送は次の二つの課題を解決することで可能になる。

  1. 手元側と遠隔側の変数を和モードと差モードに変換して再現性 (作用反作用則と追従則の実現) を実現すること
  2. それぞれのモードでロバスト制御系を構築することで操作性 (和モードと差モード間の干渉と雑音の抑圧) を確保すること

それでは具体的にはどうすれば上記を満足させる系が設計できるのであろうか。まずはモーションコントロールにおけるロバスト制御系の物理的な意味を明らかにしよう。2011年にWiley-IEEE Pressより出版されたサラエボ大学のサバノヴィッチ教授と筆者で著した“Motion Control Systems” (ISBN-10 :‎9780470825730) Part2に詳細を譲るが、簡単に言えば、完全ロバストなモーションコントロールは完全加速度制御と等しいのである。従って、上記の2つの事項は \(c\) – \(d\) 座標系で加速度制御系を実現することで解決できることになる。

しかしながら、すでに指摘したように再現性を実現することは \(c\) – \(d\) 座標系で加速度を原点に固定することに相当しており、それは自由動作を不可能にする。しかしながら、人間の力触覚のダイナミクスを測定すると上限は500Hz程度であり、それより高い周波数については感知できないことが知られており、例えば数ミリ秒程度の遅れがあっても力触覚伝送の性能にはほとんど影響を与えない (例えば、清水 他「官能評価に基づく機能モードごとの通信遅延補償設計法」、電気学会論文誌D135巻7号、pp.755-764、2015等を参照されたい) 。静止時には加速度は0になってしまうので、動作中の加速度を \(c\) – \(d\) 座標系原点 ( \(\dot{v}_{c}=0\) および \(\dot{v}_{d}=0\) ) に固定化させてしまうのではなく、やや原点から離れても直ちに \(\dot{v}_{c}\rightarrow 0\) および \(\dot{v}_{d}\rightarrow 0\) に収束させる制御系を構成すればよいのである。

これらを考え合わせると、力触覚を伝送する制御系の構成は図14になる。ロバスト制御は加速度制御の実現のために採用しているが、
\(c\) – \(d\) 座標系ではなく \(m\) – \(s\) 座標で実現している。これは加速度制御系自体もHadamard変換が可能で、どちらの座標系で実現しても構わないからである。図14による力触覚伝送システムがリアルハプティクス技術の基盤になっている。

図14 力触覚伝送を可能にするリアルハプティクスシステム

この仕組みをワンチップ化したのがAbcCore®である。これは図14を中心にした制御システムを実現したもので、例えば図15のように接続して力触覚伝送が可能である。

図15 AbcCore®を用いたリアルハプティクスシステム

このチップは慶應義塾大学新川崎先端研究教育連携スクエアのハプティクス研究センターと株式会社東芝のシステムデザインセンターで協力して設計製作したもので、大学発ベンチャー企業であるモーションリブ株式会社が製造販売を実施しており、登録商標も行っている。詳しくは公式サイト「MOTION LIB」を参照されたい。

図14の \(c\) 座標は作用反作用則の実現を目指すので \(f_{c}=0\) となるように制御する。これは力指令値を0に一定とし、外乱を抑圧する制御を目指すことになるのでレギュレータ構成問題に帰着される。実際は \(f_{c}=0\) と等価な \(\dot{v}_{c}=0\) を実現するので、ロバスト制御のダイナミクスに起因する遅れ以外には遅れ要素はなく、ほぼロバスト制御のサンプリングタイム (AbcCore®では0.2msecあるいは0.1msec) の数倍程度の遅れしか生じない。

これに対して図14の \(d\) 座標では追従則を実現するが、 \(v_{d}=0\) ひいては完全同期である \(x_{d}\left( \unicode{x225C}\int v_{d} dt\right) =0\) となるように制御するので、速度制御と位置制御がフィードバックとして追加的に構成されることになる。その遅れは速度制御あるいは位置制御の時定数によって決まり、機械系の時定数との関係で \(c\) 座標の力制御 (実際は加速度制御) ほどには速くできない。従って \(c\) 座標と \(d\) 座標の加速度の時定数が異なり、両者が共に原点に固定されることはない。しかし原点に収束していく遅れ時間は人の感じる反応時間よりはるかに短いので実質的に力触覚が伝送される。

なお、図14で表される仕組みの特徴の一つに力検出器が不要であることがあげられる。基本的には加速度を制御しているので、位置検出器さえあれば力触覚伝送が可能である。なぜ力センサが無くても力が検出できるのかについては後のコラムにて説明したい。
以上をまとめると、力触覚伝送は手元側システムと遠隔側システムを和モードと差モードに分けて独立に制御することで実現しており、その実現にはロバスト制御に基く加速度制御系が必要なのである。次回は実際の応用や通信系を介した力触覚伝送を取り上げる。

本コラムは全6回を予定しています。次回は、8月号に掲載予定です。