慶應義塾大学 特任教授

大西 公平

昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義...もっと見る 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義塾大学に所属して研究教育活動に従事してきた。平成2年にIEEE Advanced Motion Control Workshopと銘打った国際会議を初めて開催するなど、これまでモーションコントロール分野を切り拓いてきた。平成14年に力触覚の伝送に初めて成功し、これをリアルハプティクスとして確立するとともに、容易に実装できるLSIチップも併せて開発してきた。リアルハプティクスが様々な産業分野に普及すれば技術立国の復活が実現できると考えて、現在も努力を傾けている。

音を録音するときと再生するときでは一般に空気の密度や圧力はほとんど変わらないので忠実な再生が可能である。

日本から発信するリアルハプティクス

力触覚の再現においても、力と速度を記録されたとおりに自動で再現するためには、記録時と再現時における対象のアドミタンスが等しくなくてはならない。これは瞬時の力触覚が力と速度の比になっていて、その比が (時間窓においては) 機械的なアドミタンスになっていることからも裏付けられる。しかし、記録時と再現時の両方において対象アドミタンスが必ず等しいという仮定は一般には成立し得ない。

つまり、リアルハプティクスの重要な機能である動作の再現を一般的に行うためには動作データの使い方にかなりの工夫が必要である。特にロボットで人の代わりに作業をさせたい場合には記録時と再現時の対象の変化をどのように吸収するかが大きな課題になる。

果実収穫ロボットを例にとってこの問題を考えてみよう。
果実を収穫する動作を「人が操作する手元側ロボット」と「実際に収穫する遠隔側ロボット」を用いて、リアルハプティクスによる遠隔操作で実現すれば収穫時の動作を記録することは可能である。この動作を全く同じ果実に対して遠隔側ロボット単独で忠実に再現すればその果実を収穫することは可能であろう。
しかしながら、果樹における果実はどれ一つといえども同じものはない。従って大きさや熟成度の異なる果実を収穫しようとしても場合によっては果実を傷めたり落下させたりするケースが発生することは避けられない。桃のような柔らかい果実の場合、手入れの良い果樹一本から700個前後の果実の収穫があることは珍しくない。

リアルハプティクスにより人の動作をロボットに移植したとしても多数の対象における様々な変化にすべて適応して目的を達成する (果樹の場合だと収穫する) ことは簡単ではない。しかしながら、リアルハプティクスの社会的な要請の一つは非定型的な作業を自動化し、産業分野、医療介護福祉分野、農業分野、建設分野などに適用して少子高齢化や労働力不足を解決することである。そのためには「遠隔操作」と「自動化」の間にある大きな技術的なギャップを埋める必要がある。
次の図20に遠隔操作とサイバーシステムによる自動化の違いを示す。

図20 遠隔操作と自動化の違い

この図におけるサイバーシステムの物理的な意味を明らかにしよう。それには人における力触覚獲得のモデルが必要である。リアルハプティクスにおける様々な実験から、工学的には図10 (2024年6月号) で示されるように、人の力触覚は強度と質感でモデル化される。

図10 力触覚の強度と質感を得る信号処理モデル

(力触覚の数値化とリアルハプティクス その3より)

この力触覚モデルにおける力触覚の周波数特性は

\[Z\left( j\omega \right)=\frac{F\left( j\omega \right) }{V\left( j\omega \right) }=j\omega M+D+\frac{K}{j\omega }+\frac{H\left( j\omega \right) }{V\left( j\omega \right) }\]

となることを示した (力触覚の数値化とリアルハプティクス その3を参照されたい) 。一方で、力触覚伝送において透明性が成立すると、

\[\frac{-F_{m}\left( s\right) }{V_{m}\left( s\right) }=\frac{F_{s}\left( s\right) }{V_{s}\left( s\right) }=M_{s}+D+\frac{K}{s}+\frac{H}{V}\]

であった。

この二つの式は透明性が成り立つと、手元側で得られる力触覚と遠隔側で得られる力触覚は等しく (力触覚の双方向性) 、しかもそれは遠隔側の接触対象の機械アドミタンスと負荷による力触覚の和に等しいことを表している。これを言い換えると、手元側で感じる力触覚は遠隔側の機械アドミタンスと負荷に相当していることになる (正確に言えば手元側と遠隔側の統合されたアドミタンスを考えるべきであるが、実は基本式は変わらないのでここでは説明を容易にするために手元側の質量や粘性などを無視している) 。

アドミタンスは時間窓における力と速度の周波数応答における比であるので、手元側すなわちアクチュエータ側におけるアドミタンスが定義できる。上式はこの手元側のアドミタンスと遠隔側のアドミタンスが等しければ透明性が確保されることを意味する。すなわち、手元側と遠隔側でアドミタンスマッチング (アドミタンス整合) が必要なのである。以上の議論は遠隔操作の場合であるが、自動化の場合も同様な議論が可能である。自動化においては、ロボットの各駆動軸における力と速度の周波数領域における比を対象のアドミタンスと等しくなるように制御しなくてはならないことを意味する。つまり、サイバーシステムで自動化を実現するには次の二つの技術的な課題を解決しなくてはならない。

1.作業対象のアドミタンスを高速で同定する技術

前回のコラム (力触覚の数値化とリアルハプティクス その5) ですでに説明した。さらに詳しい説明は筆者らが発表した電気学会の論文 (“Quantification of Force/Tactile Sensation”, IEEJ Journal of Industry Applications vol.12, No.2, pp125-130, 2023. DOI: 10.1541/ieejjia.22004546) を参照されたい。

2.ロボットの速度と力を同定されたアドミタンスと等しくなるようにリアルタイムで連続的に決定する技術

アドミタンス整合を人工実現することで解決が可能である。まずは人の場合のアドミタンス整合の仕組みを考えよう。人の力触覚の知覚は図10 (2024年6月号) のようにモデル化が可能である。また、力触覚には生物が持つホメオスタシス (生体恒常性:生体外界からの外乱に対して平衡を保とうとする機能) が作動しているという仮説を用いる。力触覚には質感があるので人は上式で示されるダイナミクスの係数に相当する何らかの信号を得ていると考えられる。

一方で人の動作を引き起こすアクチュエータはその生物的な限界内で力と速度を自由に決められるので、そのアドミタンスも自由に決められると考えられる。アクチュエータも運動方程式に従うので、そのアドミタンスは上式の係数で表される。従って、アドミタンスマッチングはアクチュエータのアドミタンスの係数と対象のアドミタンスの係数を一致させることで実現できる。これを図示したのが図21である。

図21 力触覚に基く人の接触動作生成モデルのシステム表現

ここで \(p\) はダイナミクスを表す係数を要素とするベクトルである。この図は接触という「刺激」によって動作という「反応」がどのように引き起こされているかを示すと考えられる。図20のようなロボットによる自動化もこのモデルをサイバーシステムで用いることで人工実現が可能である。ここで、図21における力指令と速度指令は力触覚に基く遠隔操作から獲得できる動作データベースより生成するのが実用的である。このようにロボットの指令を生成する仕組みはこれまでのロボット先端あるいは先端に取り付けられたエンドエフェクタの軌道のティーチングによる動作生成とは大きく異なることが理解されよう。

図21のような仕組みで動作するロボットによる非定型作業の自動化はまだ実現していない。しかしながら、着実に開発が進んでおり、近い将来そのようなロボットが市場に投入されるであろう。そうなれば少子高齢化や労働力の不足などが解決され、労働生産性の向上や国際競争力の強化などが期待できる。人間の五感のうち、動作に関係する力触覚を数値化しリアルハプティクスで感覚伝送や動作修飾が可能になればロボットが人間化するばかりでなく、大きな市場が生まれる。日本からこのような技術革命の成果を世界に発信していきたいと考える。

本コラムは今回が最終回となります。お読みいただきありがとうございました。
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