2024/04/09 業界コラム 大西 公平 力触覚の数値化とリアルハプティクス その1 慶應義塾大学 特任教授 大西 公平 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義...もっと見る 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義塾大学に所属して研究教育活動に従事してきた。平成2年にIEEE Advanced Motion Control Workshopと銘打った国際会議を初めて開催するなど、これまでモーションコントロール分野を切り拓いてきた。平成14年に力触覚の伝送に初めて成功し、これをリアルハプティクスとして確立するとともに、容易に実装できるLSIチップも併せて開発してきた。リアルハプティクスが様々な産業分野に普及すれば技術立国の復活が実現できると考えて、現在も努力を傾けている。 およそ、ありとあらゆる生き物は感覚を持つ。感覚無くして生存することは不可能だからである。特に陸上の動物は感覚が発達している。私たち人間にも五感と言われる視覚、聴覚、力触覚、味覚、臭覚が備わっており、これらの感覚に頼って生を営んでいる。それらの感覚を客観的な数値で表すことは難しい。しかしながら感覚を外部からの刺激による反応と見るならば、感覚そのものではなくそれを引き起こす刺激信号を調べることでその性質を明らかにすることができるであろう。 例えば視覚。より明るくなる、あるいはより暗くなる、といった明暗の度合いは人により変わらない。一方で、視力に代表される分解能は人により大きく異なる。前者は刺激の程度を表しており、後者は反応の程度を表していると考えられる。刺激の方は物理量として定量化することが可能であるため工学的なアプローチが有効になる。視覚の例では刺激量として、強度(intensity)と質感(texture)が定義できる。強度は端的に言えば、発光源から目に入ってくる光の量で、通常は輝度で表され、人の感じる明暗に強く関係する。視覚や聴覚の場合、強度は外部から感覚器に流入する単位時間当たりのエネルギー量(=パワー)と考えてよいであろう。強度は絶対的な基準ではなく、より強くなるあるいはより弱くなるといった相対的な基準の方が実は使い易い。強度に加えて、人は光という刺激が持つ周波数特性により赤や青といった色を感じる。これが質感である。赤が強いと温かさを感じ、青みがかると涼しさを感じる。色は三つの基準色である赤、青、緑の割合で表される。基準色は特定の波長で定義される電磁波なので、基準色の混合は光という刺激が持つ周波数特性になる。 このように感覚を定量化するには、外部から人に供給されるエネルギー量によって決まる刺激の強度とその刺激が持つ周波数特性によって決まる質感に分けて表すことで、工学的な利用が可能になる。 感覚を引き起こす刺激の人工的な伝送は、19世紀に発明された電話での聴覚刺激信号伝送(=音声伝送)が嚆矢であり、次いで20世紀のテレビジョンの発明による視覚刺激信号伝送(=画像伝送)が続く。力触覚を表す刺激量の伝送は21世紀になってリアルハプティクス技術により可能になった。力触覚の刺激信号を以後では力触覚信号と簡単に記すことにするが、まずはその数値的表現はどうなるのかを実験で確認してみた。力触覚を伝送する技術であるリアルハプティクスの内容については後で述べるが、実験の結果は次のようなものであった。 力触覚は力と速度の両方があって引き起こされる ある動作点(図中の\(n\)点)から力だけを増幅すると(図中の\(n+1\)点)力触覚は強く(あるいは大きく)感じられる ある動作点(図中の\(n\)点)から速度だけを増幅すると(図中の\(n-1\)点)力触覚は弱く(あるいは小さく)感じられる ある動作点から力と速度を同時に同率だけを増幅すると力触覚は変わらない このうち2.と3.の結果を力(\(f\))と速度(\(v\))の平面上に図示したのが図1である。 図1 力触覚の性質 その1更に4.の結果を図示したのが図2になる。 図2 力触覚の性質 その2これらの結果は力触覚の強度はパワー(1秒間に変化するエネルギー量)に比例していないことを示している。力触覚の強度を\(z\)とすると、図2から示されるように\(z\)は力\(f\)と速度\(v\)の比になっていることがわかるので次の式で表すことができる。 \[ z=\frac{f}{v} \] この定義は絶対値ではなく、強度の大小を比較するのが目的であるので、相対的な値でありその単位はSI系で[\(Nsec/m\)]に相当する。物理的な絶対量を示している訳ではないので、この単位を[\(hu\)]と定義するのが使いやすいと考えている。 一方で、機械的なパワー\(p\)は力と速度の積( \(p=fv\) )なので、力触覚の強度がパワーに比例しないことは数式的にも明らかである。ただし、人間の力触覚の受容器は力触覚が小さすぎて触ってもわからない領域と大きすぎて危険な領域があると想像される。また力や速度にも上限があるであろう。従って力触覚が感得される領域はある限定される範囲になるであろう。このことを近似的に表したのが図3である。 図3 力触覚の存在範囲(図の扇形の内部)力触覚に関するこの定義は瞬時値であるが、人間はある時間幅における力触覚を感じている。その時間幅\(\Delta T\)を時間窓のようにして扱うと瞬時値ではなく絶対値を次のように表すことが可能になり、より実際の力触覚として扱える。 \[ \left| z\left( t\right) \right| =\frac{\sqrt{\frac{1}{\Delta T}\int _{t-\Delta T}^{t}f\left( t\right) ^{2}dt}}{\sqrt{\frac{1}{\Delta T}\int ^{t}_{t-\Delta T}v\left( t\right) ^{2}dt}}=\frac{f^{rms}}{v^{rms}} \] 時間窓は数十ミリ秒から100ミリ秒程度が適当な場合が多いが、個人差や動作の性質により適当な値が存在する。パワーと力触覚の関係および質感についてはどうであろうか。 次回のコラムで紹介しよう。 本コラムは全6回を予定しています。次回は、5月号に掲載予定です。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 慶應義塾大学 特任教授 大西 公平さんのその他の記事 2024/10/08 業界コラム 力触覚の数値化とリアルハプティクス その6 2024/08/07 業界コラム 力触覚の数値化とリアルハプティクス その5 2024/07/09 業界コラム 力触覚の数値化とリアルハプティクス その4 2024/06/11 業界コラム 力触覚の数値化とリアルハプティクス その3 2024/05/14 業界コラム 力触覚の数値化とリアルハプティクス その2 2024/04/09 業界コラム 力触覚の数値化とリアルハプティクス その1 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月