慶應義塾大学 特任教授

大西 公平

昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義...もっと見る 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義塾大学に所属して研究教育活動に従事してきた。平成2年にIEEE Advanced Motion Control Workshopと銘打った国際会議を初めて開催するなど、これまでモーションコントロール分野を切り拓いてきた。平成14年に力触覚の伝送に初めて成功し、これをリアルハプティクスとして確立するとともに、容易に実装できるLSIチップも併せて開発してきた。リアルハプティクスが様々な産業分野に普及すれば技術立国の復活が実現できると考えて、現在も努力を傾けている。

およそ、ありとあらゆる生き物は感覚を持つ。感覚無くして生存することは不可能だからである。特に陸上の動物は感覚が発達している。私たち人間にも五感と言われる視覚、聴覚、力触覚、味覚、臭覚が備わっており、これらの感覚に頼って生を営んでいる。それらの感覚を客観的な数値で表すことは難しい。しかしながら感覚を外部からの刺激による反応と見るならば、感覚そのものではなくそれを引き起こす刺激信号を調べることでその性質を明らかにすることができるであろう。

例えば視覚。より明るくなる、あるいはより暗くなる、といった明暗の度合いは人により変わらない。一方で、視力に代表される分解能は人により大きく異なる。前者は刺激の程度を表しており、後者は反応の程度を表していると考えられる。刺激の方は物理量として定量化することが可能であるため工学的なアプローチが有効になる。視覚の例では刺激量として、強度(intensity)と質感(texture)が定義できる。強度は端的に言えば、発光源から目に入ってくる光の量で、通常は輝度で表され、人の感じる明暗に強く関係する。視覚や聴覚の場合、強度は外部から感覚器に流入する単位時間当たりのエネルギー量(=パワー)と考えてよいであろう。強度は絶対的な基準ではなく、より強くなるあるいはより弱くなるといった相対的な基準の方が実は使い易い。強度に加えて、人は光という刺激が持つ周波数特性により赤や青といった色を感じる。これが質感である。赤が強いと温かさを感じ、青みがかると涼しさを感じる。色は三つの基準色である赤、青、緑の割合で表される。基準色は特定の波長で定義される電磁波なので、基準色の混合は光という刺激が持つ周波数特性になる。

このように感覚を定量化するには、外部から人に供給されるエネルギー量によって決まる刺激の強度とその刺激が持つ周波数特性によって決まる質感に分けて表すことで、工学的な利用が可能になる。

感覚を引き起こす刺激の人工的な伝送は、19世紀に発明された電話での聴覚刺激信号伝送(=音声伝送)が嚆矢であり、次いで20世紀のテレビジョンの発明による視覚刺激信号伝送(=画像伝送)が続く。力触覚を表す刺激量の伝送は21世紀になってリアルハプティクス技術により可能になった。力触覚の刺激信号を以後では力触覚信号と簡単に記すことにするが、まずはその数値的表現はどうなるのかを実験で確認してみた。力触覚を伝送する技術であるリアルハプティクスの内容については後で述べるが、実験の結果は次のようなものであった。

  1. 力触覚は力と速度の両方があって引き起こされる
  2. ある動作点(図中の\(n\)点)から力だけを増幅すると(図中の\(n+1\)点)力触覚は強く(あるいは大きく)感じられる
  3. ある動作点(図中の\(n\)点)から速度だけを増幅すると(図中の\(n-1\)点)力触覚は弱く(あるいは小さく)感じられる
  4. ある動作点から力と速度を同時に同率だけを増幅すると力触覚は変わらない

このうち2.3.の結果を力(\(f\))と速度(\(v\))の平面上に図示したのが図1である。

図1 力触覚の性質 その1

更に4.の結果を図示したのが図2になる。

図2 力触覚の性質 その2

これらの結果は力触覚の強度はパワー(1秒間に変化するエネルギー量)に比例していないことを示している。力触覚の強度を\(z\)とすると、図2から示されるように\(z\)は力\(f\)と速度\(v\)の比になっていることがわかるので次の式で表すことができる。

\[ z=\frac{f}{v} \]

この定義は絶対値ではなく、強度の大小を比較するのが目的であるので、相対的な値でありその単位はSI系で[\(Nsec/m\)]に相当する。物理的な絶対量を示している訳ではないので、この単位を[\(hu\)]と定義するのが使いやすいと考えている。
一方で、機械的なパワー\(p\)は力と速度の積( \(p=fv\) )なので、力触覚の強度がパワーに比例しないことは数式的にも明らかである。ただし、人間の力触覚の受容器は力触覚が小さすぎて触ってもわからない領域と大きすぎて危険な領域があると想像される。また力や速度にも上限があるであろう。従って力触覚が感得される領域はある限定される範囲になるであろう。このことを近似的に表したのが図3である。

図3 力触覚の存在範囲(図の扇形の内部)

力触覚に関するこの定義は瞬時値であるが、人間はある時間幅における力触覚を感じている。その時間幅\(\Delta T\)を時間窓のようにして扱うと瞬時値ではなく絶対値を次のように表すことが可能になり、より実際の力触覚として扱える。

\[ \left| z\left( t\right) \right| =\frac{\sqrt{\frac{1}{\Delta T}\int _{t-\Delta T}^{t}f\left( t\right) ^{2}dt}}{\sqrt{\frac{1}{\Delta T}\int ^{t}_{t-\Delta T}v\left( t\right) ^{2}dt}}=\frac{f^{rms}}{v^{rms}} \]

時間窓は数十ミリ秒から100ミリ秒程度が適当な場合が多いが、個人差や動作の性質により適当な値が存在する。パワーと力触覚の関係および質感についてはどうであろうか。

次回のコラムで紹介しよう。