慶應義塾大学 特任教授

大西 公平

昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義...もっと見る 昭和55年3月に東京大学大学院を修了して以来、今日まで慶應義塾大学に所属して研究教育活動に従事してきた。平成2年にIEEE Advanced Motion Control Workshopと銘打った国際会議を初めて開催するなど、これまでモーションコントロール分野を切り拓いてきた。平成14年に力触覚の伝送に初めて成功し、これをリアルハプティクスとして確立するとともに、容易に実装できるLSIチップも併せて開発してきた。リアルハプティクスが様々な産業分野に普及すれば技術立国の復活が実現できると考えて、現在も努力を傾けている。

力触覚伝送が重要な技術であるのはその応用範囲が広範囲でしかも産業界の変革がおこる可能性があるからである。本稿ではその歴史を概観し、未来の展望を語ってみたい。

リアルハプティクスの応用

力触覚伝送の研究は20世紀の半ばあたりには既に本格的になされていた。具体的には、1940年代からアルゴンヌ国立研究所 (ANL) を中心に放射性物質を扱うための研究が開始されていた。これは米ソ間の冷戦に起因する放射性物質の取り扱いに関する研究の一環であった。研究では放射性物質の把持と運搬あるいは実験を遠隔から操作することを目指していた。なかでもレイモンド・ゴアーツ博士を中心とした米国アルゴンヌ国立研究所の研究グループは、当時の最先端を走っており、その遠隔操作の実験の様子をウェブで垣間見ることができる (CYBERNETICZOO.COM) 。

これに続く研究はGE社に居たラルフ・モシャー技師による外骨格型パワースーツのHardimanや兵站へいたんに用いるWalking Truckの開発である。Hardimanは力増幅を備えた手元側と遠隔側を一体化したロボットであり、人間機能の拡張を狙ったユニークな提案であった (GE.com) 。Walking Truckは人が搭乗して地面の状態を足の力触覚で感じながら悪路を走行する四脚ロボットで、その後のBigDog等の無人四脚ロボットの嚆矢こうしとなったものである。ゴアーツ博士の始めた放射性物質の遠隔ハンドリングは1960年代から上記のように次第に人間機能を拡張して軍事に使うロボットに展開されるようになったが、鮮明な力触覚を伝送する段階までには達し得ず、結局は実験室外で動かされることは無かった。これは当時の計算機が制御に使えるほどの性能を有していなかったこと及び理論整備が遅れていたことによると考えられる。

それでは前回までに説明したリアルハプティクスの理論により、具体的にどのような応用が考えられるのであろうか。現段階で考えられる様々な応用事例はリアルハプティクスの持つ二つの基本的な機能に基いている。

機能1.力触覚のある遠隔操作機能

遠隔にある作業対象に触っている感覚を手元側で感じながら遠隔作業を行うことのできる機能

機能2.人間の力触覚の記録と動作を再現する機能

瞬時の力触覚は力と速度の比で表されるのでこの二つの信号を連続的に記録することで力触覚の記録が可能になるばかりではなく、記録された力と速度の信号を遠隔側で再現することで動作の再現が可能になる機能

機能2.の内容はオンラインでかつリアルタイム処理のできる高性能な計算機があって初めて可能になる機能であるため、20世紀ではその実現が考えられなかった。しかし現在では視覚や聴覚において録画や録音ができて、視覚データや音声データが利用できるように、力触覚についても記録をするばかりではなくその時の動作の再現が可能であり、かつ得られた力触覚データも様々な利用が考えられる段階にある。

遠隔操作は、研究開発当初からターゲットになってきた機能である。これは遠隔側における力触覚を、手元側デバイスを操作する操作者にフィードバックして遠隔にあるデバイスを直接操作できる機能である。図16に一例をあげよう。この例はステアリングのバイワイヤシステムである。図のハンドルを操作すると車輪が垂直軸周りを回転する (ヨー運動) 仕組みで、ハンドルを駆動する電動機 (ブラシレスモータ) が手元デバイスになり、車輪の垂直方向の軸を駆動する電動機 (ブラシレスモータ) 遠隔デバイスになる。

図16 ステアリングのリアルハプティクスによるバイワイヤシステム

この両者で図14のリアルハプティクスシステムを構成することで力触覚が双方向に伝送されて、操作者の動作通りに車輪が垂直軸周りに回転する。この実験では、両アクチュエータ同士を図15に示されるようにAbcCoreを用いて直接接続することで図14の仕組みによる遠隔操作が簡単に実現できる。使用しているセンサは電動機軸に装着されている位置計測をするためのエンコーダ (インクリメンタル型) のみであり、力センサは用いていない。

図14 力触覚伝送を可能にするリアルハプティクスシステム

(力触覚の数値化とリアルハプティクス その4より)

図15 AbcCore®を用いたリアルハプティクスシステム

(力触覚の数値化とリアルハプティクス その4より)

図16では車輪が砂利の上に置かれているが、実験では接地していない自由輪状態、固い床面に接地している状態、ゴム面に接地している状態、砂利に接地している状態および車輪ヨー方向にキックして撃力を印加した場合について、ハンドル角と車輪のヨー角およびハンドルの操作トルクと車輪のヨートルクを測定した。その結果を図17に示す。なお、図17の上下の図は時間を合わせてある。

図17 リアルハプティクス機能のあるバイワイヤシステムにおけるステアリング操作の実験結果

このように、図16の遠隔ステアリング操作において位置同期則と作用反作用則が同時に成り立つので、操作者は車輪の接地状態を力触覚により感じることが可能になる。特に砂利面に設置いる④の状態のときはヨー回転により車輪が砂利を噛むトルクの変動がよく伝わっており、接地状態が当に「手に取るように」感得できることが示されている。リアルハプティクスを組み込んだ遠隔操作システムでは、手元デバイスと遠隔デバイスが一体となって動作しているので操作者は遠隔側の力触覚を感じつつ思い通りに遠隔デバイスを動かせるのである。煎じ詰めれば、遠隔デバイスを操作しているのは操作者であって、手元デバイスも遠隔デバイスもその忠実な中継役を務めていると考えられる。遠隔操作には悪環境における作業から作業者を解放するなどの利点が数多くあり、ガス化溶融炉における炉前作業の遠隔化 (ガス化溶融炉 商品紹介) などにその実例を見出すことができる。

遠隔操作システムは現在でも多くの事例が開発中であり、ニーズの多い技術である。しかしながら、それを生産ラインに導入しても操作者が必要になるので、いわゆる全自動システムとはならない。実際には、非定型作業の省力化を推し進めたいというニーズも多い。現在、自動化が遅れている作業に、どうしても人手に頼らざるを得ない非定型作業がある。これは決まった位置にあらかじめ形状や物理的な性質がわかっている作業対象が置かれており、あらかじめ決めておいた順序通りに作業が行える定型作業とは異なり、形状が不定形で物理的な性質が変動するような対象に対する作業になる。

例えば布や食品などの不定形状で柔軟な作業対象や逆にブロック状の硬質な作業対象などを扱う生産現場で多く見られる。その大半は単調で繰り返しの多い人手による作業となり、若年層から忌避されることが多く、人手不足が深刻になりつつある。しかしながらほとんどの非定型作業では、産業用ロボットを導入して治具を工夫してもなかなか自動化できない場合が多い。その最大の原因は対象の情報が動作に反映されないことにある。人は作業対象に触った瞬間の力触覚を自分の動作に素早く反映させる。その過程は比較的速いので、対象の硬軟や形状に合わせて自らの動作を変更する適応動作を可能にしている。これは力加減とも呼ばれる無意識的な適応動作であり、このプロセスをロボットや自動化機械に組み込まないと非定型作業を自動化することは難しい。つまり、非定型作業を自動化するには、作業対象の形状や物理特性の情報をリアルタイムで取得して、自らの動作を作業対象に合わせて連続的に変更するロボットや自動機械が必要になるということである。

このような能力を持つロボットは少なくとも、接触作業中に力触覚を数値化してデータとして取得することと、それに応じて動作を連続的に変更していく機能が必要になる。前者は既述した力触覚の強度と質感から計算可能である。後者は数値化された力触覚に対応する力と速度を連続的に変更する機能で、結果的にはフィードバック機構が構成される。力触覚の質感を数値化すると対象の物理的な性質を図7に示される (係数が変動する) アドミタンスとして表すことが可能であるが、瞬間瞬間のアドミタンス値に対応する速度と力のペアを決定し、動作に反映させていくことがフィードバック機構の主要な働きである。この双対関係にある速度と力のペアの決定に人の動作から取得した動作の記録を用いれば、人の経験をなぞった素早い適応性が獲得できる。これは人の力加減能力をロボットや自動化機械で実現することに相当する。また、熟練作業者の動作記録を使うことでその作業における熟練の技を機械の動作に反映させることも可能になる。つまり熟練者の技をディジタル継承する道が拓かれたことを意味する。具体的な方法は次回に詳述するが、ここでは非定型作業の自動化のアプローチに人間の力触覚の記録と動作を再現することが必要であることを強調しておきたい。

図7 力触覚における強度、質感および物理モデルの関係図

(力触覚の数値化とリアルハプティクス その2より)

これら機能1.と機能2.は速度と力の同時データをサンプリング時間毎に記録すれば実現可能なので、実際は難しいことではない。ただし、速度と力が同時でなければならないという制約を忘れてはならない。人の動作データである力と速度を同時に得るためには遠隔操作システムを用いなくてはならない。リアルハプティクス技術では力と速度を位置情報から内部演算して求めており、その限りでは同時性は保持される。しかし、力情報を力検出器から得る場合は必ずしも同時性が満たされるわけではない。特にストレインゲージを用いた力検出器ではノイズを低減するためのフィルタが挿入されるので力信号が時間遅れを伴い、Hadamard変換に誤差が出るなどの悪影響が出てくるので注意を要する。また、伝送路に通信システムが挿入される場合は力と速度の同時性と無関係に、手元側と遠隔側の間の伝送路によって通信遅れが発生する。またジッタにより力触覚信号の質が劣化する。 (セルラ通信×リアルハプティクスで拓く遠隔操作ロボットの革新的技術) 。これを回避する補償方法がいくつか提案されており、有効であることが実験的に示されている。しかしながら、基本的には設置場所に限定されずに鋭敏な力触覚を通信するためにはIOWN®に代表される安定した次世代高速通信を採用するのが望ましい。

次にリアルハプティクス技術では位置情報だけから力と速度のデータを同時に得ることが可能であることを説明しよう。リアルハプティクスを実現するために手元側デバイスと遠隔側デバイスの間で人工的に作用反作用則を実現しなくてはならない。人が操作できるくらいの比較的低速では、これは手元側と遠隔側の加速度の和が零になるように制御系が働くことであり、図14のC座標における加速度を零にする制御と等価である。従って、ある短い時間内では慣性の変化が一定であるので、C座標の力も零になり手元側の力と遠隔側の力が等しい、つまり釣り合っていることになり (作用反作用則は動的な釣り合いの式である) 、手元側の力が遠隔側の力と等しくなる。制御には位置情報から得られる加速度信号が等価的に使われているので特に力検出器が無くても力を計算することは可能である。
機能2.において力触覚の記録が可能であることを述べているが、その実験例を紹介しよう。実験は図18のようにパフをグリッパで把持するという単純な動作である。

図18 グリッパによるパフ把持のための開閉動作

このグリッパを遠隔デバイスとし、これと別に操作用の手元デバイスを用意し、この二つのデバイスを使って図15に従って遠隔動作を行った。このときの図6のアドミタンス係数をリアルタイムで同定した。リアルタイムで力と速度を同時に計算し、その値を用いて高速でアドミタンス係数を同定した結果を図19に示す。正規化したアドミタンスの係数の変化から、ヒステリシスがあることや閉じてパフを押し込むときには負荷が増えていることなどが一目瞭然である。

図6 力触覚の周波数成分に対応するアドミタンス表現

(力触覚の数値化とリアルハプティクス その2より)

図19 開閉動作によるアドミタンスの変化 (リアルタイム)

アドミタンスの同定計算はリアルタイムで得られる力と速度を用いて、やはり高速でリアルタイム処理されるので機能2.では力データと速度データからなる動作データと力触覚データがほぼ同時にリアルタイムで時々刻々記録できる。

これまでリアルハプティクスの基本である遠隔操作について説明を加えてきたが、これだけでは自動化に向かうことは出来ない。遠隔操作を行うことで動作データを取得でき、なおかつその時の力触覚も数値化して記録できること可能になったので、ロボットや自動化機械が接触対象の物理特性を自ら取得する道が拓かれたといえる。次には、その先にある非定型作業の自動化をどのように実現していくかを考えたい。この点についての現状を次回説明しよう。

本コラムは全6回を予定しています。次回は、9月号に掲載予定です。
※次回掲載は10月号となりました。ご了承ください。