国立大学法人東京海洋大学 学術研究院 特任教授

大出 剛

1976年東京商船大学卒業。博士 (工学) 。横河電機株式会...もっと見る 1976年東京商船大学卒業。博士 (工学) 。横河電機株式会社にて技術開発に従事後、事業責任者を歴任。2010年4月より東京海洋大学にて急速充電対応型電池推進船、燃料電池船等の研究開発、モータ制御方式によるプロペラ挙動に関する研究等に従事。
研究分野:船舶海洋工学、制御システム工学

ものごとには、はじまりがありそれはそれなりの理由があります。かの昔、原子力発電で余る夜間電力をどうしようかと考える時代があったのです。なぜなら原子力発電の出力調整は技術的には可能ですが、基本的には簡単ではなく得意ではありません。長期間一定の出力で連続運転することが得意で最も効率的かつ安定するためです。頻繁な負荷への追従は原子炉の安定性や機器の寿命に負荷をかけるのです。日本では基本的に一定出力運用が中心です。つまり柔軟な出力調整には向いていないと言えるのです。

一方エネルギーストレージ (エネルギー貯蔵) のほうでは、1970年代のオイルショックを背景とした「脱石油」の研究から始まったリチウムイオン2次電池が1990年代から普及し始め、今では世の中で欠かせないエネルギーストレージになっていることは言うまでもありません。

ガソリン車より古い歴史の電気自動車 (EV) よもやまばなし

これらを用いる電気自動車 (EV) の歴史は、ガソリン車より古く1830年に作られその4年後に作られたガソリン車と争っていたのですがガソリンの高いエネルギー密度による高航続距離とエンジンの高性能化に覇権を奪われ、国内では1955年道路運送車両法から電気自動車が消され街頭からも消えたとされています。歴史探求的になってきましたが、戦後日本は経済大国への道を歩み始め、高度経済成長時代に社会問題になったのが大気汚染とオイルショックで、このとき、環境問題とエネルギー問題を解決するために注目されたのが電気自動車 (EV) なのです。排ガスを出さず環境性能に優れかつ、エネルギーの有効利用、夜間充電による電力の負荷平準化の効果も期待できたからです。
再度登場するEVはオイルショックの2、3年前の1970年ころで大気汚染が深刻なときです。性能はガソリン車には到底かなうものではかったのですが、1990年代には軽くてエネルギー密度の高いバッテリーであるリチウムイオン2次電池が使用でき、モータも高効率で小型の永久磁石同期モータ (Permanent Magnet Synchronous Motor、PMSM) が1970年代以降のパワーエレクトロニクス (インバータ) とマイクロプロセッサの発展により高効率・小型化され、EVの高性能化が始まったのです。

EVが走るには充電しなければなりません。2000年代初頭の電気自動車開発初期は、電気自動車の充電規格は世界的に統一されておらず、各自動車メーカーが独自のコネクタや方式を採用していました。そこで日本では日産自動車株式会社、三菱自動車工業株式会社、トヨタ自動車株式会社、富士重工株式会社 (現:株式会社SUBARU) 、公益社団法人自動車技術会そしてが東京電力株式会社 (現:東京電力ホールディングス株式会社) が中心となって開発したEV用急速充電の国際標準規格 (2014年承認) がCHAdeMO(チャデモ)です。ことばの由来は「CHArge de MOve =動く、進むためのチャージ」「de=電気」「充電中にお茶でも」の3つの意味を含んでいると言われています。2010年には急速充電器の設置箇所の拡大、および充電方式の標準化を図ることを目的に東京電力株式会社、トヨタ自動車株式会社、日産自動車株式会社、三菱自動車工業株式会社、富士重工株式会社の5社を幹事会員とするCHAdeMO協議会が設立されています。

急速充電は充電器で直流を作り50 kWや90 kWの出力で短時間に充電ができるのでそれに適した場所 (サービスステーションや道の駅など) に設置しますが、一般的な充電は普通充電と呼ばれ家庭に届く系統電源である交流200 VをEVに接続しEV内で直流に変換して充電します。3 kWまたは6 kWの出力です。日産リーフの標準電池容量が55 kWhです。単純な割り算とはならないのですが電池容量55 kWhを充電出力3 kW、6 kW、50 kW、90 kWで割ってみてください充電時間h (時間) が想像できます。EVの最大の特徴はガソリンスタンドに行かず家庭で燃料を入れること (充電) ができることです。それも安価な夜間電力を使用すれば前述しました夜間充電による電力の負荷平準化の効果が期待できるのです。

陸から海へ。「水素燃料電池船」への挑戦

ここまで電気自動車 (EV) のよもやまばなしになりましたが、ここから水素燃料電池船へ向けて話を進めたいと思います。

CHAdeMO協議会が設立したころ東京電力株式会社と東京海洋大学でEVの実証評価が始まり学内に急速充電器を設置し、三菱自動車工業株式会社のEV「アイミーブ」を走らせていたのです。東京海洋大学は東京商船大学と東京水産大学が合併した大学です。この評価は越中島 (旧東京商船大学) で行ったわけですから船への展開は当然の流れだったのです。

それではまずは船舶に起因する環境問題について知っておきましょう。大きく6項目になります。

1. NOx及びSOx・PM排出などによる大気環境汚染
2. GHG (温室効果ガス) 排出などによる地球温暖化

大気環境に係る排ガス規制や地球温暖化に係る温暖化ガス規制などは、国際海事機関 (IMO) のMARPOL条約 (海洋汚染防止条約) に基づき順次決められており、規制対応技術の開発や燃料転換が行われています。また、国際海運から出されるCO2は全世界の排出量の3 %となる843百トンでドイツ1国分に相当しています。2023年7月、国際海事機関にて、国際海運「2050年までにGHG排出ゼロ」の目標に合意し「GHG削減戦略」を改定しました。そこでは新造船のエネルギー効率設計指標に続き既存船の燃費性能規制などがありますが、2018年に導入したゼロエミッション燃料 (アンモニアや水素など) の使用割合を増しています。このシナリオが水素燃料電池船につながっていきます。

3. 油流出や有害化学物質流出による海洋汚染

座礁・衝突などの海難事故や燃料給油時のバルブ操作ミスや機器の整備不良などによる流出のことです。

4. 船舶の解撤リサイクル時の廃棄物による汚染

船舶をスクラップや再利用できる部品などに解体することを言いその時に船に含まれる有害物質が不適切な処船舶理により海や土壌へ流出し海洋汚染と健康被害を引き起こす問題があります。途上国のビーチング (座礁解体) 方式が特に環境負荷が高いとされ有害物質の管理と安全な解体が強化されています。

5. 船内騒音など船舶からの騒音

船舶から発生する海中騒音 (プロペラやエンジン音) によりクジラやイルカのコミュニケーション妨害、餌場からの逃避、聴力障害、繁殖率低下、ストレス、方向感覚喪失など海洋生物の生存に重大な脅威を与えていると研究されています。

6. 生物の越境移動による海洋生態系への影響

船舶のバラスト水 (船の安定用海水) や船底への付着した海洋生物を世界中へ移動させ生態系を混乱させることで規制と対策がされています。

手作りで作り上げた「世界初」電池推進船の歩み

大変長いイントロでしたが、2010年5月に世界初の急速充電対型電池推進船「らいちょうⅠ」がフィジビリティスタディ船として誕生したのです。
当時リチウムイオン2次電池は一般的に入手はできず東京電力株式会社からNEC製のEV用のものをお借りし、モータは三菱重工株式会社神戸工場からこれまたEV用の試作品をお借りでき、取説もままならないものでしたが入手できたのが奇跡的でした。さらにFA用コントローラを横河電機株式会社から借りたのです。EV用の機器はCAN通信で制御するのですが当時はCAN通信モジュールがなくてDeviceNet通信モジュールのファームウエアを書き換えてCAN通信モジュールにまでして、これらを制御するハード、ソフトを全て手作りで作り上げたのです。それも急速充電までできたのです。1年足らずで。

船舶を運航させるのには車の車検に相当する船舶検査証書が必要です。らいちょうⅠは小型船舶なので日本小型船舶検査機構 (JCI) に申請するのですが、初めてのケースだったのでJCI本部が担当し実験船とし臨時航行許可書を発行してもらい運航開始した覚えがあります。アピールが上手に出来たのでしょう。「ボート・オブ・ザ・イヤー2010 特別賞」と「シップ・オブ・ザ・イヤー2010 小型客船部門最優秀部門賞」をいきなり受賞したのです。
評価中にもかかわらず翌年2011年6月には世界初のモータ駆動ウォータジェット推進船「らいちょうS」を建造したのです。この時も脱水機、ポンプ等の製造・販売している株式会社石垣からウォータジェット推進器をお借りしました。おかげで「ボート・オブ・ザ・イヤー2011 特別賞」と「マリンエンジニアリング・オブ・ザ・イヤー2011」を受賞したのです。この船は小型でトラックでの移動ができたので各地で社会実験を行いました。デビューは2011年の3.11後の小名浜での海底調査という心に残るものでした。その後、長崎県水産部と対馬で漁港のエコ化の実証実験、北海道開発局と寿都(すっつ)で寒冷地実証実験、沖縄石垣漁業協同組合と実証実験、神奈川県小網代湾での社会実験と電池推進船の社会実装が可能であることを実証してきたのです。

東京海洋大学の電池推進船「らいちょうⅠ」「らいちょうS」と水素燃料電池船「らいちょうN」

これらの実績から第3船「らいちょうN」が建造され2025年大阪・関西万博で運航した純水素燃料電池旅客船に続いていくのです。このころにはリチウムイオン2次電池は東芝SCIB、推進用モータは株式会社安川電機製、制御装置の設計は大学で製作は専門の会社に依頼するなど実用域に入っていったのです。もちろん「らいちょうⅠ」も「らいちょうS」もモータ、電池は「らいちょうN」と同様品に置き換えたのです。

次回は8月号に掲載予定です。