国立大学法人東京海洋大学 学術研究院 特任教授

大出 剛

1976年東京商船大学卒業。博士 (工学) 。横河電機株式会...もっと見る 1976年東京商船大学卒業。博士 (工学) 。横河電機株式会社にて技術開発に従事後、事業責任者を歴任。2010年4月より東京海洋大学にて急速充電対応型電池推進船、燃料電池船等の研究開発、モータ制御方式によるプロペラ挙動に関する研究等に従事。
研究分野:船舶海洋工学、制御システム工学

東京海洋大学の急速充電対型電池推進船の第3船「らいちょうN」は実用化レベルの実験船にするために、電池のみを用いたパワートレインに発電システムを搭載したハイブリッドシステムとして建造したのです。建造当時の発電システムは、推進用モータシステムと同じモータシステムと内燃機関で構成したのです。この発電システムがあったからこそ、水素燃料電池船へと繋がっていきました。

推進用モータシステムはどのようなものなのか

電気推進システムとは電気エネルギーで推進用モータを駆動させるシステムのことであって、内燃機関に比べ応答性が格段に良く、低速域において高トルクが得られる上に正逆転が容易なのです。これらの特性による操縦性の良さが特徴です。

図1に電池推進船や水素燃料電池船で多く用いられる永久磁石同期モータとベクトル制御方式インバータを用いたT-N (トルク-回転速度) 特性と負荷特性 (プロペラ特性) を示しました。モータとインバータの組合せでは4象限運転 (モータの回転速度と出力トルクの両方が両極性となる運転) が可能になっています。Ⅰ・Ⅲ象限は力行運転とよばれモータに電気を送り動力に変換します。Ⅰ象限は前進、Ⅲ象限は後進です。Ⅱ・Ⅳ象限は回生運転とよばれトルクと回転速度の極性が逆の状態になることです。通常時とは逆に軸回転を入力に発電機として動作する状態のことです。自動車では坂道を下るときなどに回生運転状態になりますが、船舶ではプロペラが外部のエネルギーで回されることはほとんどなく回生状態はほぼありません。一方、回生運転を用い内燃機関などと接続すると電池システムに直接接続できる発電機になるのです。建造当時の「らいちょうN」がそうです。

図1 永久磁石同期モータとベクトル制御方式インバータを用いたT-N (トルク-回転速度) 特性と負荷特性 (プロペラ特性)

図1のⅠ象現を用いてトルク特性を説明します。モータを定格出力で運転できる最低回転速度を基底回転速度といい、ここまでが定トルク領域であり低速域でも高いトルクを得ることができます。モータの負荷であるプロペラはトルクが回転速度の2乗に比例する特性を持っています。天候や搭載量によって変化しますがモータ・インバータのT-N特性の中にあればモータは追従してくれます。モータの出力 (W) はトルク (N・m) と回転速度 (rad / sec) を掛けたものです。P (W) =T (Nm) ・N (rad / s) =T (Nm) ・2π / 60・N (rpm) と表します。モータは負荷に追従しますので求める回転速度 (N1) に必要なトルク (T1) が決まり、それらを掛けたもの (図で示すと面積) が要する出力 (P1) なのです。

プロペラのトルクは回転速度の2乗に比例 (T ∝ N2) しています。出力はトルクと回転速度を掛けたもの (P ∝ T・N) ですから回転速度の3乗に比例 (P ∝ N3) することになります。船の速度はプロペラの回転速度に比例 (V ∝ N) しますので、モータ出力は船速の3乗に比例 (P ∝ V3) します。つまり船速を2倍するには8倍の出力が必要になることになるのです。

移動体システムにおいて、燃料のエネルギー密度は重要なファクター

電池推進システムも水素燃料電池推進システムもともにゼロエミッション航行に用いられますが、使用される燃料のエネルギー密度が従来の燃料に比べて格段に低いのです。図2に縦軸に体積エネルギー密度 (kWh / L) 、横軸に重量エネルギー密度 (kWh / kg) を示しています。船舶では多くのエネルギーを搭載するため、体積エネルギー密度に注目しなければなりません。A重油の体積エネルギー密度は10.2 (kWh / L) でありこれを100とすると、ガソリン:85、輸入LNG:58、液化アンモニア:30、液化水素:23、圧縮水素 (70 MPa):13、リチウムイオン2次電池:2~5程度となりゼロエミッション燃料はエネルギー密度が低いことを表しています。

図2 重量・体積エネルギー密度の特性比較

リチウムイオン2次電池や圧縮水素を燃料とする電池推進船や水素燃料電池船はゼロエミッション、低騒音、低振動といった利点がある一方、燃料搭載量の限界に伴い航続距離が制限されたり、船速が制限されるという弱点があるのです。しかしながら双方とも国土交通省の2050年に向けた先進的取組に組み込まれており運用を含め実証・導入を進めていかねばならないのです。

水素燃料電池船の開発

水素燃料電池船の開発が始まったきっかけは、現在も進められている国家戦略特別区域計画の特定事業である「芝浦一丁目プロジェクト」なのです。2015年当時、NREG東芝不動産株式会社 (現:野村不動産ビルディング株式会社) は、「国家戦略特区の枠組みの中で、水辺の賑い創出、舟運の活性化、先端水素技術の発信等による観光・ビジネス拠点の整備を行う」とし、そのなかの「親水空間で用いる水素燃料電池船建造の研究開発」を本学と共同研究することにしたのです。テーマは「スマートエネルギー都市に用いる水素燃料電池船開発」です。

らいちょうN

本開発を機に「水素燃料電池船の安全ガイドライン」策定委員会が発足し燃料電池船建造に向けて海事局と連携したのです。また、これらと並行して「らいちょうN」に燃料電池を搭載し実験検証を行っていったのです。それらの結果を基に海事局、JCI (日本小型船舶検査機構) と建造のための委員会を設け検討を重ね、建造可能な仕様の作成と設計を行ったのです。11年も前の話です。

最初に搭載した燃料電池は2016年に搭載した東芝製の業務用定置型水素燃料電池出力3.5 kWを2基です。冒頭で話したように「らいちょうN」は内燃機関の発電システムを持つハイブリッド船でしたが、燃料電池という発電システムを搭載したハイブリッド船に生まれ変わったのです。ハイブリッド船として建造していたお陰です。燃料電池は水素と酸素から電気を作る発電装置で電気を貯める蓄電池ではないのです。英語でFuel cellと言い、直訳して燃料電池となっているのです。

さて、2015年から水素燃料電池搭載「らいちょうN」によるフィジビリティスタディが始まり、水素燃料電池搭載におけるらいちょうN改造、検査機関による安全対策評価、係留時における水素燃料電池の発電評価、航行中における水素燃料電池の発電評価などを実施するのですが、何せ船舶として水素燃料電池搭載における規格がまだない状況で、JCIと国交省海事局検査測度課と進行形であった水素燃料電池安全ガイドライン骨子素案をベースに審査・検査を行い、2016年10月に航行許可を取得、航行を行うことができたのです。定置型の燃料電池は移動体でかつ船舶という想定外の環境で使用される設計となっていないのですが、この時点で全く受け入れられない状態ではなく、継続してデータを収集し、マリナイズ可能か進めてよいと判断したのです。検討課題としては、水素のストレージ方式 (高圧タンク、水素吸蔵合金) の検討と検証。水素の供給方式などインフラ系も並行して検討が必要としたのです。それでもプレスリリースを国交省海事局、野村不動産ビルディング株式会社、国立大学法人東京海洋大学で10月14日に行ったのですから期待の大きさが分かります。

水素燃料電池船の建造計画とその結果

2020年の東京オリンピックでの実運行を目指し、2018年4月から関係各社による建造プロジェクトの検討会がスタートしました。しかし、数回にわたる協議を重ねた結果、以下の課題について解決のめどが立たず、プロジェクトは一時中断し、解散を余儀なくされました。

  1. 水素と充電電気供給体制の構築
  2. 係留場所の確保
  3. 造船コスト・運営コストの把握
  4. 燃料電池システムそのものの課題解決
  5. 試験運転期間の確保

それでもなお、実用化への情熱が絶えることはありませんでした。プロジェクトメンバーは決してあきらめることなく、粘り強く再スケジュール案を練り上げたことで、計画は再び力強い一歩を踏み出すこととなったのです。

燃料電池船の実用化に向けた次のステップとして、2019年10月に定格出力30 kWの燃料電池をらいちょうNに搭載し、商業運航を見据えた実験船での実証を開始したのです。この燃料電池は船舶や鉄道などの移動体に向けて開発した発電モジュールとして設計されており、従来の定置用システムと比較して大幅な軽量・コンパクト化を図っていました。また負荷応答性も向上させている製品でした。ただ、東芝の出荷1号機であり新造船が建造された時に搭載する製品であるため、性能評価もありますが不具合なども解決するとともに慣らし運転の位置づけもしていました。

「スマートエネルギー都市に用いる水素燃料電池船開発」は日本で初めての水素燃料電池搭載の客船の開発となり2020年に商用運航ができる予定だったのです。東京都も海事局も東京オリンピックで航行することを望んでいました。しかしながら、2020年3月、船主である野村不動産ビルディングから計画の終了が告げられました。主な理由は、以下の3点でした。

  1. ミス素燃料 (ポータブルタンク) を頻繁に入れ替える必要があり円滑な燃料供給が厳しいこと
  2. 水素設備に伴う規制で船内スペースが充分に確保できないこと
  3. 結果として事業採算性が合わないこと

これらの要因から、これ以上継続することは民間企業として厳しいとの苦渋の決断が下され、、これによりスマートエネルギー都市に用いる水素燃料電池船開発計画は終了することになったのです。2015年11月から始まった野村不動産ビルディングと東京海洋大学との共同研究は翌年の2021年3月末で終了しました。
東京海洋大学の実験船「らいちょうN」に搭載している東芝製30 kW級水素燃料電池は、所有者である野村不動産ビルディングへ共同研究の終了時に返却され、船体から取り外されました。一つのプロジェクトはここで幕を閉じましたが、これまでの研究成果については、引き続き大学側が水素燃料電池船の開発に活用できることとなりました。そして、物語はここで終わりません。新たな建造が計画されたのです。それも規模が大きくなってです。

2019年に岩谷産業と実現可能な水素燃料電池船の仕様を決めることを目的とした共同研究が締結しました。研究題目「水素船開発に関するフィージビリティスタディ」です。
今度の目標は大阪・関西万博です。2020年11月に「水素燃料電池船と船舶用ステーションの開発 大阪・関西万博での商用化を目指す」とプレスリリースしました。翌2021年7月、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) の課題設定型産業技術開発費助成事業として「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業 / 燃料電池の多用途活用実現技術開発」が採択されました。これにより、岩谷産業株式会社、関西電力株式会社、東京海洋大学、株式会社名村造船所らとともに、2021年7月~2025年2月までを期間とする新たなプロジェクトが始動したのです。

次回は11月号に掲載予定です。