東京大学 情報理工学系研究科 システム情報学専攻 教

安藤 繁

...もっと見る

筆者は20年来、庭の小鳥の餌台に欠かさず給餌しています。たまにメジロやホオジロなども見かけますが、来るのはほとんどスズメで、山盛りの餌が朝のうちになくなってしまいます。餌台を作った当初、ある日パタッと来なくなる時があったので、私がきらわれたかと気にしていたら、もちろんそんなことではなく、餌台の下に猫が隠れてねらっているのを見つけました。これが我が家の初代の猫との出会いです。餌台を少し高く移動させ、下草を刈って隠れ場所をなくすと、元のようにたくさんのスズメが来るようになりました。

図1. スズメは最も身近な野鳥。人間の生活環境から離れることなく、それでいて人間に決して気を許すことなく、そのたくましい生き様を見せてくれる。よく見ると枝の中にも何羽ものスズメが餌台が空くのを待ちかまえている。(2011年4 月、筆者撮影)

スズメは群れで訪れ、餌台にわれ先にとむらがります。先に降りたスズメが良い位置を確保すると、後から降りようとするスズメにくちばしのジャブを繰り出して優先権を主張します。後続のスズメはそれをかわしつつ、空中でホバリングしながらタイミングをうかがって餌台に飛びつきます。群れの仲間どうし争っているような遊んでいるようなにぎやかさです。春先から初夏にかけて子育てをする時期だけはスズメは単独で行動します。雛の食欲が旺盛になった頃には餌台を頻繁に往復し、羽ばたきと滑空で家並みを右に左にすり抜けながらスズメとは思えぬ速さで飛来し、また巣の方向に戻って行きます。
スズメなどの小鳥で感心するのは運動能力の高さです。鳥の運動能力というと羽の構造や羽ばたきなどに目を奪われがちですが、私は、それらの制御を可能にする視覚能力の高さのほうに大きな驚異を感じます。体が小さいということは動きがとても速いということです。空中を飛ぶ鳥の視覚は絶対三次元の立体視で位置関係が把握できないといけません。枝葉の中など非常に狭い空間を翼を傷めず飛び回れるのですから。相手のジャブでつつかれるのを瞬間的に避けるのも、視覚認識の俊敏さがあってのことです。あの小さな目と脳でこれだけの画像処理ができるのはどうしてなのでしょう。センシングの出発点から考え直さないといけない、これが私の長年の問題意識です。

スズメを眺めていて学ぶことがもう一つあります。それは今回の話題のセンサネットワークに関係することです。この話に入る前に、まず私がセンサネットワークに着目するようになった経緯を記そうと思います。
筆者は、1990 年頃から、JEIDA(日本電子工業振興協会)および後のJEITA(日本電子情報産業協会)で、多くの企業の技術者とセンシング技術の現状と将来に関する調査活動を行ってきました。センサの知能化、情報化、ネットワーク化、集積化など、MEMSやエレクトロニクスの格段の進歩の中でセンシングの新しい方向性を探るというものです。この中で、米国中心に「センサネットワーク」というキャッチフレーズのもと、研究が勃興しつつあることを知りました。まだ応用上の実態はない概念的な提唱であり、当初、計測技術としておもちゃっぽい印象はぬぐえませんでしたが、一方でこれまで取り上げてきた方向性のほとんどを統合的に含んでいることにも思い至りました。

センサネットワークというのは、センサ+通信+計算能力を一体として有するもの、センサノードの集まりで構成されます。センサノードは、センサとして周辺環境からの情報検出能力をもっています。これに加えてワイヤレスで伝送目的や周囲の変化に柔軟に対応できる通信能力を有します。ノードの故障や移動による通信の障害も自動的に回避し、適応的に通信能力を維持します。アドホックネットワークと呼ばれる機能です。ノードからノードへ情報を中継することで、小電力近距離の通信手段しかもたなくとも遠方まで情報を伝えることができます。マルチホップと呼ばれる機能です。これらの機能を長期的に維持するため、センサノードは必要な電力を自身で生成あるいは確保する能力をもちます。移動体に装着される場合も想定されます。これらを合わせて広い面積をカバーし、その全体をセンサ化するのです。計算能力にも必須な意味があります。緊急同報への対応、中継ノードにおける情報の加工や圧縮、センサノード間の合意形成や無矛盾性の維持、知識に基づくセンサ情報の高度化などです。さらに、ユビキタス特有の予測できない環境、制御されない環境での的確な判断と動作を担保し、多様性への柔軟な対応能力を付与します。

以上のように、センサネットワークが多くの魅力をもつことは皆が理解しました。しかし、具体例を集め論じ合いつつも、このようなシステムに価値を与えるための組織的な考え方は容易に捉えきれずにおりました。その中で思い当たったのが生物に大きな手本があるのではないかということです。センサ+通信+計算(知能)をもつもの、さらにエネルギー確保能力と自律的な行動能力をもつもの、それは地球上の動物に他なりません。

冒頭のスズメの話に戻りましょう。スズメは群れで行動します。見ていると、見張り役と行動部隊のように組織立てられているわけではなさそうです。統率がないようですが、どのスズメも、近くに生じた動きや変化、人や猫の登場などの異常に気づくと警戒のさえずりを発します。それを聞くと他のスズメは即座に飛び立てるように足を縮め翼を緊張させて身構えます。そして一羽でも飛び立つと、他のスズメも一斉に飛び立ちます。おそらく全力で飛び立つ羽音自体が緊急避難の合図になっているのでしょう。
これは、非常時の行動と通信(ネットワーク内の情報の伝達)が一体化・連動的に生じ、組織的で一斉の非常時対応行動が起動される仕組みと見られます。分散的な情報の収集から集約に至る単純で有効な連携様式です。人工物では、自動車のブレーキランプも同じ仕組みでしょう。ブレーキランプは、ブレーキがかかって車速が減じて点灯するのではなく、ドライバが危険を検知してブレーキを掛けようとした行動で点灯します。これを検知した後続のドライバは、緊急のブレーキ操作に身構えるような習慣が身に付いています。そしてそのブレーキ操作で点灯したブレーキランプが後続のドライバに危険を知らせます。マルチホップの情報伝達です。非常にうまくできたシステムと言えるでしょう。

犬の場合も同じように考えられますが、もう少し高度です。犬は散歩が大好きです。電柱や道路上のマーキングをくんくんかぎまわり、犬どうしが出会うと互いのにおいを確かめ合います。街区の一帯にどんな犬がいるのか、見知らぬ動物や新参の犬が入ってきていないかを常に把握しようとしているのでしょう。嗅覚を用いた犬どうしの個体識別であり、アドホックなネットワーク形成であり、異常検出のパトロールです。一方、留守番中に外敵を目の前にした犬は懸命に吠えたてます。これは自分が外敵を威圧しようとするためだけではなく、周囲への警報や救援要請になっているのです。近隣の犬はその鳴き声を聞いて、駆けつけることはできないまでも警戒と威圧の鳴き声で一斉に吠えたてます。鳴き声による応援と警戒の輪は周囲に広がってゆきます。警戒警報のマルチホップです。外敵は周囲に仲間がたくさんいることに驚き、とてもかなわないと退散します。犬の個体としての外敵検知と、犬どうしの鳴き声ネットワークによる組織的ゾーンディフェンスです。予期せぬ事態に効果的に対処するための、センサネットワーク型の行動様式は、ある意味で現代的です。犬が、至る所から見渡せ見渡される広大な平原に生きる動物だからでしょう。ユビキタス性、多様性、移動性がそのような環境を特徴付けています。

対照的なのが猫です。猫は狭い縄張りを作り、その中で暮らします。たまの夜には平和な集まりをすることもあるようですが、猫どうしがチームワークを組むことは全くありません。こと縄張りに関しては猫どうしが最大の敵で、侵入猫とはとっくみあいの大喧嘩、時には大怪我をして戻ってきます。一方で、感覚の鋭さ、狩りの際の行動様式など、猫を見ていると個体としての能力の高さと行動様式の完成度を強く感じます。また猫の判断はかなり安全優先で、戦う必要のない相手からは早々に避難して身を隠します。限定された対象と適用領域を守り、その中では最大の性能を発揮するように改良を重ねられたクラシックな計測器の美学を思わせます。本来、見通しのきかないジャングルや森の中に生きる動物だからなのでしょう。

犬が自分の経験や知識を他の犬に伝えられば別ですが、センサネットワークにおけるセンサ知識連携にあたるものは以上の例では弱く、人間を含む現代的システムに基づいて考えてゆく必要があります。このことに関する大きなヒントを得たのは、資源循環とセンサに関する調査を行った際でした。物と、その物に関する情報の対応関係の喪失こそが資源循環の最大の障害であることを強く認識するに至ったのです。混濁した廃棄物の原材料を認識するセンサを一つ一つ作るより、その廃棄物が元はどんな製品だったのかを知ることの方が、はるかに資源循環に有効で効率的ではないかということです。
工場では、部品から製品まで番号が付され、製造ラインの中でコンピュータ管理されています。しかし工場を出た時点、あるいは販売され使用者に渡った時点でこのような管理からはずれ、その後廃棄物として回収された時点では、もうそれが何かもわからず、ただ粉々に砕かれ、物質資源として分離回収するしか方法はなくなります。それぞれが部品としてまだ十分に使えるものを多数含んでいてもです。

これに対して、物にタグが付いていると状況は全く異なってきます。タグとは物の個体識別を助ける最小限の情報のことです。タグからその製品が分かれば、その製品が製造された情報までさかのることができます(もちろんそのような情報の提供体系を整備する必要はあります)。それらは、その製品の形状や素材から機能までのあらゆる情報を含んでいます。これを用いて分解し、可能な部品は再利用し、それ以外は素材情報に応じて分類して回収すれば、資源回収の手間も効率も大きく向上することは明らかです。

私はこのような考え方に着想を得て、ネットワーク上の共有情報を活用する視覚センサの方法論を「タグベース視覚システム」として提案しました。関連の国際会議も始めました。最近これが特許としても成立しています。

図2. タグベース視覚システムのブロック図。まずタグを読み出し、それを検索キーとして関連情報をネットワークを介して読み出し、モデルに基づいた明暗レベルまたは特徴レベルでの認識を実行する。マニピュレーションに適した姿勢情報も得られる。

このシステムの目的は対象の位置や姿勢の認識とそれによるマニピュレーションで、特徴は、視覚による詳細認識の前にまずタグを検出しようとすることにあります。タグはRFID やバーコードに限るものではありません。商品に付けられたロゴや特有のデザインもタグとなります。要するに、効率的な検索キーとして対象に関する知識(ネットワーク上のデータ)をなるべく少ない曖昧さで呼び出すのがタグの役割です。視覚センサだけの情報では、画像からのボトムアップな処理や一般条件での判断でしか認識を進めることできませんが、タグによって候補数が絞られると、候補の中から対象に最も似たものを探すという、具体的でトップダウンの探索・認識・推論が可能になります。同時に、ダウンロードされたモデルによる高精度な位置姿勢情報も算出できます。知識探索と情報統合は現代のネットワーク化された情報環境が最も得意とすることですので、今後ますます有利な方法論として発展することが期待されます。

私自身は「猫タイプ」で、人と人とのネットワークを活用する行動スタイルは得意とは言えませんが、このコラムのように、不思議の観察と思考の「成果」をなるべくわかりやすく発信したり、ネットワークを活用して他の学問や技術を広く眺める努力を忘れず、新しい課題へチャレンジし、できれば将来のセンサの開発につなげてゆきたいと思っているところです。