東京大学 情報理工学系研究科 システム情報学専攻 教

安藤 繁

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もうすぐ3月、学期末と年度末の業務と宿題にあたふたしている間に、今年の冬も終わろうとしています。いつもの犬連れの散歩コースも、増えてきた日当たりに雑草が日に日に勢いを増しています。3月だからというわけではありませんが、今回はこの「3」にまつわるお話です。

「三拍子そろって」「石の上にも3年」「3人寄れば文殊の知恵」のように、「3」は、人間の知的活動の特質を表現する数としてよく使われます。私が講師くらいの頃だったでしょうか、恩師の先生が輪講の席で言われたことが大変印象に残っています。それは、「質問を受けた時には、“ご質問の件についてはポイントは3つあります。ひとつは・・・” のように話し始めるのがよい。頭の中にはまだポイントが1つしか浮かんでいなくてもかまわない。話しているうちに、2つ目、3つ目のポイントは自然に浮かんでくるものだし、また浮かんでこないようではしょうがない。」という内容でした。的確にこれができたなら、聞き手には「よく考えられ準備されている」印象を与え、「明晰な頭脳をもった人物」と思われること受け合いです。ここでの「3」は、人間が注意を集中して聞くことができ、かつ十分尽くしている印象を与える数なのでしょう。4つ以上と言って話し始める必要はありません。3つ話すか話さない前に新たな論点が明確化され、議論はそちらに移ってゆきます。また、このように3つに本質を集約した話し方をしないといけません。

さて本題です。「3」は特別で不思議な性質をもっています。もちろん、その前の「2」はもっともっと重要な数ですが、この話は後日にゆずります。「3」の不思議は私の観察や研究の中でも何度となく現れてきました。しかし、その困ったことは、量的扱いや直感的解釈が容易でないことです。

まずは三相交流の「3」から話しを起こしましょう。三相交流とは、振幅が等しく互いに120度づつ位相のずれた波形の組で電力を送る仕組みのことです。「三相交流」で検索すると、電気関係の試験の問題集や解説類が山のようにリストアップされてくることからも、この「3」が技術者をいかに悩ましているかが分かります。三相交流は、Thomas Edisonが電球を発明し、電力事業を始めようとした時期に、結果的にEdisonの野望を挫く形で生まれたものです。この経緯は多くの記事で紹介されています。Edisonは直流送電を主張しました。複素数で書かれ理解しにくい交流理論が嫌いだったからとの説もあります。だが、直流送電には大きな問題がありました。送電中の電力のロスです。交流送電はトランス(変圧器)で電圧を容易に上げ下げできます。電力伝送では、長距離では電圧を上げて損失を抑え、近距離では電圧を下げて使いやすく安全にという階層的な仕組みが不可欠で、この点で交流が格段に有利です。しかし交流の弱点はエネルギーの流れが脈動的になることです。これを解決す るために考え出されたのが多相の交流による送電で、三相交流の登場で、直流対交流の議論は決着し、流れは決まりました。この中で大きな貢献をしたのがEdisonから袂を分かったNikola Teslaで、Edisonとは対照的に数学の才能に優れた発明家で、学問的評価も高く、磁束密度の単位に名を残すことになったという話も有名です。三相交流は、その後、電力の産業への展開の中で、回転磁界の生成とモータへの最も効率的な動力伝送手段として実力を発揮してゆきます。

図1. 千葉の東京湾沿い、海釣公園から見る東京電力の五井火力発電所。その遠くに見える2本の煙突は最新鋭の千葉火力発電所。近くには東京ガスの工場もあり、さながら首都のエネルギー供給基地となっている。遠方左側に広がるのはJFEスチールの東日本製鉄所千葉地区。(2011年2月筆者撮影)

三相交流は、和が零で2乗の和が一定となる波形です。和が零で和自体が電位の基準となるので、基準電位を送る必要がなく、帰線となる電線も必要ありません。電力の平衡伝送とも言うことができます。2 乗の和が一定なので、エネルギーの流れに脈動がありません。エネルギー的には直流とも言うことができます。3本の役割と振る舞いは等しく、三対称性とも呼ぶべき性質は完全です。ほれぼれとするほどの美しさではないでしょうか。
一方で、中学校以来繰り返し勉強するように、交流はcosとsinで表現されます。これとの関係はどうなっているのでしょうか。cosとsinの2乗の和は1です。しかしcosとsinの和は零ではありません。零になるのはcos、sin、-cos、-sinの和です。すなわち、cosとsinの表現は90度づつ位相の離れた「四相交流」に相当するもので、三相交流より次数が高く、ベーシックさでは一段遅れをとることになります。cosとsinの組が優れているのはそれらの直交性です。交流のもつ振幅と位相の2次元の自由度を無駄なく表現します。しかし、三相交流の3つの波形の組は直交していません。こう考えると三相交流の3 本は無駄を含むように見えてくるので、ますますややこしく混乱してきます。私も、どうもしっくり理解できず、長く頭を悩ませておりました。

後に考えたことですが、このあたりを理解するヒントは、三相交流自体の基準電位は3本の平均として自動的に決まるため、絶対的な電位としてはもう1自由度残っていることにあります。センサでよく用いられる差動信号は、電線が2 本で信号は1自由度、残りの同相電位が自由なのと同じです。

展開があったのは、人間の色の知覚を考えだした頃です。私は大学で「画像処理論」という講義を行っていますが、この中で2回ほど、色の検出と再現、色を用いた画像処理を取り上げています。ご存じのように色の知覚には「3」が出てきます。色の三原色と、その大もとにある3種の光受容体です。

このテーマを始めてすぐに、ここでも現象と仕組みが非常にわかりにくいことに気づきました。数学的には、3個の光受容器の出力は3次元空間に分布するので、三原色とは単にこの基底だと考えれば簡単です。しかし、三原色を混ぜた時に白が発生することに注意してください。白とは「色」でしょうか。広い意味では「色」でしょうが、色をもたないことが「白」の定義でもあります。「白」を一つの自由度として認めるなら、色は2自由度ということになり、色は2原色で表現されることになります。三原色は色の表現上は冗長で直交していないということです。

「え~どうして」と悩んでいる中で思い出されたのが、同じように悩んだ三相交流のことです。共通性があるのは単に「3」だけと思ったら大間違い。その仕組みの大もとは実は全く同じではないか、ということに気がつきました。下の図を見ながら読むと多少はわかりやすいかと思いますが、3 個の受容器の出力が三相交流の3本の電圧を、白が3 本の電線の(三相交流では使われていない)同相電圧を、色は3本の平均を基準とした三相交流の振幅と位相に対応していると考えると、両者は全く対応するのです。「白」という同相成分を除いた意味での色は、中心である黒(除く前は白)からの振幅と位相で表されます。色の純度や彩度が三相交流の振幅に、色相が位相に(大局的な意味として)対応します。色々頭を悩ませる原因だった互いに90度の角度をなす直交基底と、互いに120度の角度をなす非直交3基底の関係も、この図から明瞭に読み取れるでしょう。

図2. 直交系の角をカットして生まれる三対称系。白を含む「色」はR,G,Bの直交基底(三原色)で表されるが、一方で白成分を同相成分として除いた成分は、互いに120度の角度をなすR,G,Bで三対称に表現される。正三角形の中心はW(白)、任意の色CはWからの2次元変位で表される。

というようなわけで苦手意識が薄れてくると、いよいよ三対称な仕組みに興味がわいてきて、是非ともセンサの中で活用してみたいと思うようになりました。私が取り組んだのは、その当時に発案し、研究開発を始めていた時間相関イメージセンサの相関検出機能の同時2成分化でした。時間相関イメージセ ンサとは、時間変化する光入力と参照信号のロックイン検出器を画素数分だけ並べた半導体素子です。同時2成分化が実現されると、光の明暗振動の振幅と位相が並列検出可能になるので、光学干渉や振動の実時間計測など、応用が格段に広がります。
考えついたのは、光で発生した電流を3つに分けて蓄える仕組みです。その構造は三相参照信号を印加した三対称回路で、まさに「3」尽くしです。ちょっと細かい話になりますが、分流比には3つの同一なトランジスタを使い、分流比をゲートに与える三相交流電圧で制御します。3つの電流は3つのコンデンサに電荷として蓄えられ、同時に読み出されます。光の変化が参照信号と相関があると、3つの出力にアンバランスが現れます。このアンバランスは、白以外の色に対して3つの受容器の出力がアンバランスになるのと同じです。イメージセンサですから通常の強度画像も撮影できないといけませんが、これは3つの出力の平均として得られます。これは色知覚における白に対応します。3つの信号のアンバランス成分は2個の自由度をもち、これが2個の相関成分となります。

この画素をレイアウト設計していて困ったのは、半導体の設計ソフトも製造装置も正三角形や斜線を想定していないことです。「3」はまだまだこれからだなと感じることしきりでした。ですが、できる範囲で考えて下に示すような画素を設計し、カメラに作り上げました。

図3. 三相時間相関イメージセンサの画素レイアウトと時間相関カメラ。左側の3個のBNCコネクタより参照信号を供給し、3 本の相関ビデオ出力をA/D変換してUSB経由でPCに出力する。現在では浜松オプトロニクスクラスタ事業で640×512画素版が完成し、各方面での実用化を目指している。

さてさて、3 月は卒業の月、学生は大学での思考と実践の体験を土台に、それぞれの領域に旅立ってゆきます。分かるまでの悩みや苦しみは、思い出してみれば楽しみ以外の何ものでもありません。送り出す側の私も、日頃の不思議 の観察と思考を楽しみながら、新しい課題へチャレンジし、できればセンサの開発につなげてゆきたいと思っているところです。