本コラムの前任執筆者である安藤繁先生からの紹介で、今月から執筆させていただくことになった 生田 幸士(いくた こうじ)です。生まれは大阪です。
自己紹介から始めよう
私は大学の工学研究者です。専門を一言で言えば、「未来の医用機械」の研究開発です。具体的には、マイクロマシン、ナノロボットに、手術ロボットなど、まだ半分は夢の世界の機械です。「新発想」、「新原理」、「新概念」にこだわった研究手法を特徴としています。
教育については、通常の授業だけでなく、「創造性教育」にも力を入れてきました。A4より一回り小さなA5サイズの厚紙とボンドに、生たまご(Mサイズ)を学生に与え、10階(約30m)から自然落下させても中のたまごが割れない工夫をするコンテストである「たまご落とし」や、マインドストームを用いた鬼ごっこロボットを製作する「ロボットコンテスト」など、20年以上にわたり、毎年機械系が受講する演習授業も実施してきました。
なぜ医用機械を研究するのか
「医用機械なんて企業で開発すれば良いのでは?」と思われるかもしれませんが、実はこれが簡単にいかないのです。理由は、医療用の機械は、従来の工業用目的の技術とは異なるニーズを持つからです。
従来の工業用技術では、発生力やパワー、効率、精度が重視されてきました。読者の中にも、学生時代これらを評価基準にした最適化計算を演習で行った方も多いと思います。実は、知らない間に、洗脳されていたわけです。
他方、医工学では、まず安全性が一番大切です。どんなに素晴らしい装置でも、安全性が確保されていなければ人間には使えません。さらに、静粛性、清潔性も必要です。さらに、ユーザーは技術に詳しいエンジニアではなく、医師や看護師であることも、また異なるニーズです。
使用環境は、病室、手術室から体内での作業まであるため、小型軽量化はもちろん、1ミリ以下の微小化も要求されます。最近、私の研究室では、直径数ミクロンの細胞と同サイズのナノロボットまで到達しています。写真1は生田研で開発した、遠隔手術ロボット(マイクロフィンガー)、写真2は、細胞サイズの光駆動ナノロボットです。詳細はまたこのコラムで紹介したいと思います。

写真1. 遠隔手術ロボット
(マイクロフィンガー)

写真2. 光駆動ナノロボット
何が難しいのか?
20年前のノートPCや液晶TVを思い出してみて下さい。今より性能が格段に低いだけでなく、サイズも大きく、重く、価格も高額でした。なぜなのでしょうか。
その答は、この20年で、CPU、メモリー、液晶、電池、HDDなど、基本の要素技術全体の技術が向上したからです。どれかひとつでも欠けたら、現在の状況は実現していません。それぞれの要素技術を担当するメーカとエンジニアが頑張って技術革新を進めてきたからです。中国、アジア諸国の低賃金の国で生産することでもたらされる生産コストの低下も無視できない理由です。
医用機械も同じことなのです。要素技術全体がレベルアップすることが不可欠なのです。残念ながら、企業では挑戦的な技術開発は困難です。市場が見えてから初めて動き出すのが大半です。スティーブ・ジョブスのアップルのような先導的スタイルの企業は、世界でも稀です。私が、大学で基礎研究から始めている理由は、単に技術開発の困難さだけではなく、企業の消極性もあります。
スケールの小さな研究
写真3は何か判りますか? 細胞サイズのカブト虫です。写真4は、世界最小のピースサインです。マイクロ光造形法という、私が20年近く前に開発した微細加工手法を用いて製作した「マイクロアート」です。サルモネラ菌や、赤血球など細胞と同じサイズです。電子顕微鏡でやっと見える大きさです。
これまで、世界のマイクロマシンの製作手法は、平面に限定されていました。理由は、電子回路を作製するための半導体シリコンプロセスを流用しているからです。しかし、医用のためのマイクロマシンは、平面ではなく、立体的(3次元)でないといけません。さらに液体中で生きた細胞や高分子を扱うことが要求されます。そこで、私は光が照射されると液状から固体に変わる光硬化樹脂を用いて立体的なマイクロマシンを作製する手法を編み出したわけです。最近では、0.1ミクロン(100ナノメータ)で作製できます。後日紹介しますが、本手法を用いて細胞を操作できるナノロボットも完成しています。

写真3. マイクロアート
(長さ6ミクロンのカブト虫)

写真4. マイクロアート
(高さ10ミクロンのピースサイン)
今、日本人に求められるもの
3次元マイクロマシンや、ナノロボットなど、コンセプトすら存在していない技術を開発することは、日本人はあまりやりません。改善、改良は得意であるにもかかわらず。その理由は、長い間、日本が西洋に追いつけ追い越せと言われてきたからです。たしかに車やヘリコプター、ロータリーエンジン、液晶TV、コンピュータなど大半の近代装置のコンセプトは、欧米から出ています。しかし、技術が世界トップレベルになった現在の日本では、装置コンセプトを出しつつ、開発してゆくスタイルが不可欠なのです。改善だけでは、すぐにアジア諸国に追い付かれてしまいます。日本が欧米に追い付いた経緯と同じです。
最近、メーカの企画担当者と面談する機会が増えました。皆さん将来の商品を模索しています。もう改善では会社を維持できないことは理解されています。問題は、新しい装置コンセプトが出せないのです。大企業ほどその傾向は強いと感じます。この問題への解答こそが、本コラムの主題なのです。次回以降、基礎から応用まで、皆様と考えて行きましょう。
東京大学 名誉教授 / 名古屋大学 名誉教授 / 大阪大学 医学部 招聘教授 / 立命館大学研究教授 生田 幸士さんのその他の記事
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