快晴の8月、緑濃い本郷キャンパスに蝉が発する求愛の「音」が響き渡る。ランチタイム、安田講堂直下の地下基地のような中央食堂まで、銀色の陽射しと体温を超えそうな熱気に集中力を失いながら校内を歩く。この時期は試験期間も終わり、校内の学生数は激減する。 反面、高校生と一般見学者が激増。東大は東京の名所であるだけでなく、高校生の見学旅行のメッカになっている。特に、本郷通りに面した加賀前田藩ゆかりの赤門と、時計台のお手本のような安田講堂は2大写真ポイント。普段でも記念写真を撮る姿が絶えない。
本郷キャンパスの夏

「シャッター押してもらえますか?」と満面の笑顔の女子高生に声を掛けられる。暑さでふらふら歩いていると、暇そうに見えるのだろう。もちろん、断ることはない。最近はデジカメだけでなく、薄いスマートフォンが多いので少し気を使う。電話とカメラを一体化するなら、撮影しやすいデザインにして欲しい。
娘を持つ親として筆者は女性の記念撮影は得意である。夏の日中は顔の陰影が濃くなるため本来ポートレート向けではない。光が優しい日陰に移動させたり、フラッシュを光らせて影を弱くしたり、サービス満点である。背景に赤門の場合は問題ないが、安田講堂は背が高いため、立ち位置が意外と難しい。講堂の前に立つと、近づき過ぎて時計まで入らない。講堂全体をフレームに入れると、今度は人物が豆粒になる、かなり手前の芝生の端に立ってもらうと、両者のバランスが良い。ただし、午後になると銀杏の葉の影が迫るので、これも避ける。

夏の安田講堂

駒場時計台
学問と商魂
8月は各大学で高校生向けのオープンキャンパスが盛んである。10年前と違い、東大でも高校生へのサービスは充実している。各大学のホームページを見れば、イベントが容易に見つかる時代である。地方大学も負けていない。
東大では筆者が属する工学部だけでなく、6月には駒場キャンパスの研究所でもオープンラボがあり、最近の見学者は社会人より高校生がメインである。先生がバスで引率してくる。
両方のキャンパスには、多くの研究成果がガラスケースに入れられ屋外で常設展示されている。読者も来校の際には発見して欲しい。筆者が属する計数工学科の工学部6号館前には、糸川博士が開発に成功した日本初のロケット「ペンシルロケット」や「衛星あかつき」の実物大模型が置いてある。中高校生や散歩の年配者は熱心に写真撮影までしているが、肝心の在校生はあまり見ていない。残念である。

工学部6号館前

ペンシルロケット
お土産も豊富である。安田講堂の脇にある大学生協でも数十種類の東大グッズがある。赤門の横にも東大の研究から発信された高級商品がある。大賀博士の古代蓮の花から作った香水まである。これは筆者の母のお気に入りである。どの商品も生協や企業と大学とのコラボレーションである。メーカによっては、他大学でも同じ商品が少しデザインを変えるだけで販売されている場合もある。
名古屋大学ではノーベル賞の益川先生の似顔絵を刻印した名大饅頭がマスコミでも騒がれた。名古屋の老舗和菓子屋とのコラボなので、味も評判が良い。このコラムで宣伝するつもりはないが、見ているだけでも結構楽しい。
実は欧米の大学に行けば、大学グッズなんて何十年も前から、当たり前田のクラッカー(古いなあ)。ステータスの高い大学ほど多くのグッズがある。思い起こせば、70年台初頭の高度成長期、日本でも街中のTシャツに「UCLA」のロゴがあふれた。中年以上の読者なら1枚くらい持っておられたのではないだとうか。筆者も着ていたが、UCLAがカリフォルニア大学ロサンゼルス校の略称だと知ったのは後年である。

生協の宣伝旗

8月の東大生協前
オープンキャンパス
少しまじめな話に戻そう。最近全国的にオープンキャンパスが盛んな理由は何か?複数の理由がある。第1は、大学間の受験生獲得戦略である。今は少子化で受験生は減り続けている。研究やキャンパス生活を宣伝して少しでも多くの優秀な学生に来て欲しいと考えるのは自然である。昔は、「入れて欲しいなら勉強しろよ。俺は待ってるぜ!」と石原裕次郎か木村拓也的なせりふが似合った。今や「どうぞうちの大学にも来てね。受験勉強は無理しなくても推薦入試もあるからね。綺麗なキャンパスで楽しい青春やりましょうね」と吉永小百合さんか堀北真希さん的かな。
第2の理由は、理学部、工学部の研究者のモチベーションは、理系離れ対策である。東大では夏休みだけでなく年間多くの機会に研究を紹介している。研究所公開まで入れると、10回以上になるはずである。熱心な青少年の姿を見ると嬉しくなる。
しかし先生の見学者は引率者だけである。これが問題である。理科を教えることが苦手な小学校の先生に来て欲しい。自分がサイエンスを楽しめない先生が生徒に理科の楽しさを教えることは不可能である。大学に来れば、直接プロの研究者から楽しさを伝えることができる。東大だけでなく地方大学にも多くの研究者がおられるから、これは可能である。読者の周囲の先生にも伝えて欲しい。
「出前」もあります

昨今、筆者だけでなく多くの研究者が学外まで講義に行く機会が増えた。「出前授業」、「出張授業」といわれている。筆者は都内だけでなく、神奈川、山梨、大阪、和歌山、兵庫、島根など、依頼されたら時間の許す限りボランティア講義をしてきた。動機はもちろん理系離れ対策であるが、特に近くに大きな大学がない地域を気にしている。筆者は、長年お台場の日本科学未来館のマイクロマシンラボのお手伝いをしてきたが、文科省の施策の大半は、東京、関東、都市部に集中している。予算配分もしかりである。確かに人口は関東が多い。しかし、子供は地方にもいる。今は情報化社会であるが、情報格差は拡大している。この点が明示的に議論されてこなかった。たとえ予算が薄くても、知恵を出せば改善できることはある。
地方の高校での講演の後、高校生に涙を浮かべて握手を求められたり、大学生には書けない感動的な感想メールをもらうことがある。地方に行く真の動機は、これなのかもしれない。若いパワーをもらい、初心を思い出す。脳細胞への最高の栄養である。感謝である。
最後にキャンパス公開で気になった点がある、外人、留学生の見学者が少ないことである。秋入学を進めることも大切であるが、外人に魅力的な大学のコンテンツを作ることが、一番の課題ではなかろうか。頑張らないと。
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