2012/12/04 業界コラム 生田 幸士 創造のなぎさに遊ぶ No.06 馬鹿になってノーベル賞 東京大学 名誉教授 / 名古屋大学 名誉教授 / 大阪大学 医学部 招聘教授 / 立命館大学研究教授 生田 幸士 1972年 大阪府立住吉高等学校 卒 1977...もっと見る 1972年 大阪府立住吉高等学校 卒 1977年 大阪大学 工学部 金属材料工学科卒業 1979年 同学 基礎工学部 生物工学科卒業 1981年 同大学院 博士前期課程物理系・生物工学専攻修了 1987年 東京工業大学 大学院 理工学・EE、究科 博士後期課程・制御工学専攻修了 (工学博士) 同年4月より米国カリフォルニア大学サンタバーバラ校ロボットシステムセンター 主任研究員 1989年 東京大学 工学部 計数工学科 専任講師 1990年 九州工業大学 情報工学部 機械システム工学科 助教授 1994年 名古屋大学大学院 工学研究科 マイクロシステム工学専攻 教授 2010年4月 東京大学大学院 情報理工学系研究科 システム情報学専攻 教授 2010年10月 東京大学 先端科学技術研究センター 教授 (兼務) 2010年秋 紫綬褒章受章 2019年 東京大学 名誉教授 / 名古屋大学 名誉教授 2019年 大阪大学工学研究科栄誉教授 2020年 大阪大学 医学部 招聘教授 1996年-2001年 日本学術振興会 未来開拓学術研究推進事業 複合部門「生命情報」推進委員 「人工細胞デバイスの開発」プロジェクトリーダー 2003年より 21世紀COE研究サブリーダ 2004年より2009年 名古屋大学 高等研究院 研究員併任 2004年より2009年 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CRESTタイプ プロジェクトリーダー 所属学会 IEEE,ASME,日本機械学会,日本ロボット学会(理事,会誌編集委員長),日本ME学会(会誌編集委員), 日本コンピュータ外科学会(理事)等会員. 山中先生のiPS細胞創造の独創的研究にノーベル医学生理学賞が決まり、研究者として心から祝意と敬意を表したい。研究業績に関しては、すでにマスコミや科学雑誌が詳細に報道しているので、皆さんもご存知であろう。簡単に言えば、人間の臓器や皮膚などすでに分化した細胞を、たった4個の遺伝子で分化前の幹細胞に「初期化」する方法を発見したことである。 見事なノーベル賞PC内のHDDやメモリでは、初期化したつもりでも実は情報は物理的に磁気ディスク上に残っているが、今回のiPS細胞は本当に内部構造が変化して初期化されている。だから、ここに別の遺伝子や魔法の化学物質をパラパラとふりかけてやれば、心臓や神経などいろんな細胞に再び分化することができる。細胞レベルではあるが、「人生やり直しができる」わけである。 世間では人生やり直したいと思っている人は少なくないが、iPS細胞の手法では臓器の再生は可能だが、その寿命が延びるかは不明。子供に戻ることも困難である。クローン生物が長生きできない理由も遺伝子と修復能力の劣化疑われているが、まだ完全には解決されていない。(1982年にすでにこの問題をテーマにしたSF映画がリドリースコット監督作品「ブレードランナー」である) ただし、人体すべての初期化は困難である。もし遠い将来それが可能になっても、記憶もすべて初期化されては、再生されたぴかぴかの自分は別人で、本人は死んだも同然。どこかに記憶を一時保存しておいて、脳細胞に再度移植できるなら、意識は続くかもしれないが。 山中先生の真の素晴らしさとは数多くの山中先生賞賛の報道の中では十分に語られていないことがある。それは彼が京大に移動する前、整形外科医から研究者になった苦難の経緯と、奈良先端大学院大学での研究アプローチである。まず前者は、最近TVでもドラマ仕立てで放送されていたが、現在の日本の医療制度と、普通の大学で医師をしつつ独自の研究することへのサポート体制の劣悪さである。基礎医学の講座では患者さんを診ないで研究だけに集中できるが、外科や内科など臨床系の講座では早朝から診察、治療、会議が続き、夜になってやっと自分の時間が取れる。しかも一部のトップ大学しか十分な研究費が得られない。医師が実験動物のお世話で忙殺されることも珍しくはない。山中先生もこの環境でうつ病になりかかったと話されている。 しかし、ここからが人生の分かれ道。諦めず、海外の大学や研究所に、何十通もの採用応募書類を送り続け、留学のチャンスをつかみ研究者になった経緯は情熱と「根性」の賜物である。研究は頭だけではできないといわれるが、同感である。 根性の研究アプローチさらに奈良先端の助教授になってからがまた大変。特に大きな研究予算があるわけではなく、学生もいろんな大学からの寄せ集めである。筆者も九州の飯塚の大学に在籍したことがあるが、研究能力は偏差値だけでは決まらない。むしろ発想力、実行力、集中力、プレゼン能力など、人間力が大きな比重を占める。しかし、無名時代の山中研究室は、多分研究が大好きな学生ばかりではなかったはずである。その中で、トップ大学の研究者も挑戦しない初期化の問題に取り組んだところが、一番尊敬する。世界では簡単にいかないと誰もが思っていた大問題である。 数々のユニークなアイデア群の詳細は省略するが、とにかく、背水の陣で、やる気のある学生と頑張った姿は、分野違いの研究者にも想像できる。中には他の研究室と比べて自分の時間がないと逃亡した学生もいるかもしれない。 初期化に必要な遺伝子を絞りこむ手法は、別の分野から進学してきた学生のアイデアと聞くが、これが泣かせる。日本の医学教育が数学的理論や工学的手法の学習が弱い。米国ではいったん大学を卒業しないと医学部に入学できない仕組みなので、医師でも理工学と手法を理解している。これを学生が補ってくれたことは、感動的なエピソードである。大学院で勇気を持って異なる分野や大学に進学することの意義を実証した最高の例である。 独創性の育て方ってあるの?山中先生と学生のように、独創的な研究成果を出すためには、記憶力重視の日本の偏差値では不十分である。それでは独創性を訓練する手法はないのか。筆者の教育者としての長年の課題はこれである。助教授になって以降、20年近く独自に試行してきたものがある。以前、本コラムでも紹介した「たまご落とし」の先に、「馬鹿ゼミ」がある。経緯から説明しよう。 春合宿(2007年) 春合宿(2009年) 筆者が東工大の生物ロボット工学の草分けの梅谷陽二、森政弘研究室の博士後期課程に在籍していた1985年頃、当時助教授だった広瀬茂男先生と研究室恒例の春合宿イベントを相談している時に、馬鹿なことをまじめに発表しまじめに討論する「馬鹿ゼミ」をすることになった。発表内容は、趣味でもナンセンスな研究ネタでも何でもよい。誰でも話せる大阪弁講座、女性なんぱ工学、地震予知など硬軟混合、金石混合の発表で、初回から大いに盛り上がり、見事に毎年のイベントに昇格した。 現在、筆者の研究室では、各自約10分程度のPCプレゼンと、約10分の質疑応答をする。全学生は、ナンセンスとユーモアのメジャーとして「馬鹿度」を、アカデミックなメジャーとしての「ゼミ度」を点数付けし、合計点のトップをグランプリとしている。 もともとの動機は、合宿でのお楽しみであったが、長年実施していると興味深いことが判明した。それは、グランプリを取る学生は、研究でも独創性、実行力、プレゼンがうまいのである。学会での受賞数とも高い相関があることが実証された。考えてみれば、みんなを驚かせたり、うまく楽しませたりすることは、研究者の基本的な能力である。馬鹿ゼミをすればプロの研究者でなくても体験できるのである。 日頃から次回の馬鹿ゼミのネタ探しを頭の隅に置いて生活することは、独創的な研究活動と同じ脳を使っているに違いない。難しく考えないで、読者も、ぜひやってみて欲しい。何より楽しいことを実感するはずである。 実は、梅谷研究室で始まった馬鹿ゼミのはるか後に始まったのが「イグノーベル賞」で、これはプロ研究者の馬鹿ゼミとも言える。イグノーベル賞の受賞内容は、検索をすれば容易に調べることができる。牛の糞から抽出したバニラからソフトクリームを作った女性研究者、細胞性粘菌の行動からカーナビのような最短ルートを探る実験をした人など、日本人研究者の受賞も多い。極めつけはイグノーベル賞を受賞して、ノーベル賞を受賞したナノ物性研究者である。発想の転換を超えるユニークさには脱帽である。 次回、馬鹿ゼミについて、さらに詳しくお話しよう。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 東京大学 名誉教授 / 名古屋大学 名誉教授 / 大阪大学 医学部 招聘教授 / 立命館大学研究教授 生田 幸士さんのその他の記事 2021/03/08 業界コラム 人間力の鍛え方教えます - 教育から共育へ - (2) 2021/02/04 業界コラム 人間力の鍛え方教えます - 教育から共育へ - (1) 2020/12/01 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.12宇根さんの虹 2016/07/05 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.11 「サイエンスがロボティクス?!」 2013/11/12 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.10 不気味の谷に集う人々 2013/09/03 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.09 先端研たまご落としで学んだこと 2013/05/14 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.08 作って落として感動しよう 2013/03/12 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.07 桜の下で馬鹿になれ 2012/12/04 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.06 馬鹿になってノーベル賞 2012/08/07 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.05 キャンパス夏事情 2012/07/10 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.04 女王陛下の手術ロボット 2012/04/10 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.03 たまごが割れたらブレイクスルー! 2012/02/14 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.02 パリでの日本再考 2012/01/17 業界コラム 創造のなぎさに遊ぶ No.01 小さな機械で大きな夢を 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年5月2025年4月2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月