公益社団法人 日本伝熱学会 会員

園井 健二

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3回に渡り「人に優しい設備、パソコンの体に優しい使い方と疲労回復法」をテーマに体験談を織り交ぜてお話ししたいと思います。

1回目は10年以上前のことになりますが、目視検査の自動化システムを構築した経験から考えた、人に優しい設備についてです。
目視検査の対象物は、径で1cm程の凹凸のある粒で、自動化前の作業は、多数の粒をコンベア上に幅方向に広く並べた状態で搬送し、粒に混入している異物を、傍らにいる作業者が見つけ、指で摘んで取り除くというものでした。

当時の責任者の方が「費用と期間が掛かっても自動化したい」と長年思っていた課題でもありました。その理由は、目視検査後の作業者は目の疲労を訴えるだけでなく、真っ直ぐに歩けないという平衡感覚の変調がよく起きていたこと、年齢が上がるにつれ検出率は低下しているという統計的な事実があることで、自動化を実現し、作業者を人間らしい仕事に配置転換したいということでした。

平衡感覚が変調を起こす理由

ビデオカメラ初心者の方は、周囲の景色をカメラを動かしながら録画する際に、手ブレを起こすと共に、場面が速く回り過ぎて見ていて疲れるという失敗を冒します。しかし、その人が同じ景色を直接見ている時は、ブレもなく、回り過ぎない像として認識しています。網膜に写る像が動いていても、体の動きが先に分かるため、脳は補正して認識していることが理由です。

目視による異物検出は、作業者の負荷が少ないように見えますが、流れる粒を、目で追いかけては戻る、の繰り返し作業のため、脳内での補正認識が長時間継続した状態になり脳の特定の部分に疲労が蓄積し、平衡感覚に影響を与えているわけです。

適度で偏りのない作業が必要な理由

血液循環には、心臓だけでなく、全身の筋肉も関係しています。体を動かさない場合、心臓だけに負担が掛かり、血行が悪くなります。更に、多数の細胞からなる私たちの体は、特定の機能のみを使い続けると、一部の細胞だけに疲れが溜まり、痛んだ細胞が、血管から運び込まれる栄養によって再生されるまで日数を要することになります。

近年、組立工場では、流れ生産方式からセル生産方式へ移行しています。仕事の達成感による生産性と品質向上が目的ですが、そろそろ「人間を機械のように見る考え」から抜け出す必要も有るかもしれません。機械の場合は、不要な動きのない方が故障し難いのですが、人間の場合は、無駄と見えても、全身を満遍なく、無理なく動かした方が健康的と言えるからです。

人に優しい設備の条件

人に優しい設備とは何かを私なりに考えてみました。

  1. 危険な作業を無くすこと
  2. 作業環境を良くすること(照明、空調、作業台や椅子など)
  3. 眠気を誘ったり、間違えやすい作業を無くすこと
  4. 身心の局所的な過労を防ぐこと

などが挙げられると思います。今は、鉄鋼、ガラス、半導体、液晶などの分野では、目と脳に過度な負荷を掛ける目視検査の自動化が進んでいて、生産性向上と品質の均一化が実現されているようです。

異物検出自動装置の開発

次は私が係った異物検出自動装置の開発に関しての話です。

異物検出の為のハードウエアとして、必要な分解能のあるカメラを選定し、異物が強調される照明方法を検討します。カメラの出力信号を処理する画像処理装置は、画像入力ボードを実装します。
一方、画像処理のソフトウエアは、対象に合わせた応用ソフトの作成が不可欠です。ソフト作成では、最初に画像処理方法を検討します(画像処理アルゴリズムといいます)。ここは、人間と機械との違いが出るところで、人間の判断プロセスを、画像の特徴だけ使った自動的な演算処理に還元する方法です。
画像処理アルゴリズムは、事前に、実物を使った実験での確認が不可欠です。私たちは、ありのままに見ていると思っても、無意識にフィルターを掛けて見ていることが多いです。その一つに、輪郭が有ります。目視で特徴を捉える時、自然と輪郭を強調して見ています。文字、図形は、太さのある線で作成されますし、似顔絵は線画です。しかし、物には多くの場合、輪郭は有っても輪郭線は有りません。
線状の異物は、太さの有る線を強調する「画像の演算処理」で抽出できますが、同時に、輪郭も、ある程度強調して抽出されます。そのまま判定すると誤検出が頻発します。その防止が必要ですが、輪郭が不定形の場合は「パターン認識」の手法が使えません。人の場合は、「輪郭に類似しているので異物ではない」と判断できるのですが…..。
画像処理での誤検出防止は、「バックライト照明を追加し、対象物の輪郭と背景との明るさを調整して近づけ、輪郭を目立たなくする」という方法で実現しました。その内容を簡単にご紹介します。

画像処理アルゴリズムの説明

下図は、バックライト照明の有り(A列)無し(B列)による画像の違いを表しています。

  1. 実際に目に見える画像です。不定形の粒(黄色)が有り、その中に異物(黒の曲線)が混じっています。
  2. カメラに写る画像です。色を使った画像処理ではないので、濃淡画像で表しています。上方からの照明だけでは、粒の背景に影が出来ます(2A)。その影は、下方からの照明(バックライト)で打ち消すと共に、粒の境界線での濃度差を少なくします。(2B)
  3. カメラ画像から特徴を抽出した処理画像です。処理は、隣接する画素間の演算ですが「人の網膜の機能」に近い演算です。バックライト無しの処理では、輪郭は濃い線で、異物に近い濃度です(3A)。3Aの状態で判定すると、輪郭を誤検出します。バックライト有りの処理では、輪郭は淡い線で、異物と区別できる濃度です。(3B)
  4. 処理画像を濃淡のしきい値で2値化した判定画像です。3Bの状態で判定すると、異物のみを検出できます。(4B)

人間という生命の素晴らしさ

異物か、輪郭かを区別するのと類似な例ですが、ここで表示している文字列を「意味をもった文字か、それとも無意味な模様か」判断できるのは、文字を知っているからです。ひらがな、カタカナ、漢字、英数字など、多様な文字を駆使してコミュニケーションする私たちは、機械のような扱いには馴染みませんが、文字認識が出来るという柔軟性は驚くばかりです。そして、画像処理の世界は、人間という生命の素晴らしさと大切さを感じさせてくれる分野であると私は思っています。

次回は、人と機械との関係で最も身近な、パソコンと周辺機器を材料に、「パソコンの体に優しい使い方」の体験談をお届けする予定です。