早稲田大学教授・東京大学名誉教授

金子 成彦

1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒
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1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒
1976年 東京大学工学部機械工学科卒
1978年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科修士課程修了
1981年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科博士課程修了(工学博士)
同年   東京大学工学部舶用機械工学科講師
1982年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授
1985年-1986年 マギル大学機械工学科客員助教授
1990年 東京大学工学部附属総合試験所機械方面研究室助教授
1993年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授
1995年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻助教授
2003年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授
2018年 早稲田大学理工学術院創造理工学部客員教授
2019年 早稲田大学理工学術院国際理工学センター教授
2019年 東京大学名誉教授
2019年 日本機械学会名誉員
2020年 自動車技術会名誉会員

明けましておめでとうございます。

2021年は様々な出来事がありました。その中では、日本政府の温室効果ガス削減目標の決定、集中豪雨による土砂崩れ、老朽化に伴う水道管インフラの事故、シニア運転者の交通事故など、社会と工学の係わりに関係した話題が気になりました。身の回りに起きていることとしては、春と秋が短くなり、合い物の洋服を着る機会が以前よりも随分と少なくなりました。日本には季節の変わり方の変化を表す、二十四節気※ 1がありますが、最近は、このようなきめ細かな季節の節目を感じることが少なくなりました。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅の綾瀬方面ホームには二十四節気のモザイク壁画(ちかてつと駅の壁)があります。ここを通るときには、季節の区分に意識が向きます。
また、一日の間の気温の変化が激しく、一旦雨が降り始めると雨量も多いことが最近の天気の特徴です。短期の天気予報の精度は良くなっていますが、長期予想はまだまだと感じています。

2年目を迎えたコロナ禍の下で感じた社会と工学の係わり

日常生活の変容と憂鬱

コロナ禍の下での生活も2年目に入り、大学の講義や演習では、少しでも学生との対面の機会を増やそうと感染対策を取りつつ努力が続けられていますが、学内の会議、企業との打ち合わせや国の委員会では、オンライン会議やハイブリッド会議(一つの会議にWebサービスを利用して参加している人(オンライン)と会議室に集まっている人(オフライン)が混在した会議形態)が定着しつつあります。対面会議と違いオンライン会議は独特の疲れ方をします。対面での会議では、場の雰囲気を感じることが出来るし、開始前や終了後に雑談が可能で、名刺交換やご挨拶もできますが、オンラインの会議では余計なおしゃべりはしません。初対面の方もいらっしゃる会議では、正確な発言に気を使いますし、聞く側に回った時には神経を集中させて聞いています。どうやら対面会議とオンライン会議とでは体内のセンサーの使われ方や脳内の情報処理が違う感じがして、長時間に及ぶとモニター画面を見続けたことによる眼精疲労だけではなく独特の疲労感が残ります。大学でも、このことの重要性には気が付いてくれていて、早稲田大学総合研究センター主催のファカルティー・ディベロプメントではリモート疲れ対策が紹介されました。この内容は最近、書籍※2となって入手できるようになっています。
日常生活では、ネットで注文し宅配を利用することで、在宅で用事を済ませることが出来るという便利さを享受していますが、時々、自分中心の世界に陥りすぎていることへの怖れを感じることがあります。そのようなときには、自然との接点を持つことが大切と感じはじめました。

癒しの小トリップ:荒川河川敷サイクリング

コロナ禍の下での生活の1年目は、自宅周辺の散策でしたが、今年、興味を持ったのはサイクリングです。埼玉県南部は平坦な地形が多くサイクリングには適していて、ツール・ド・フランスさいたまクリテリウムという自転車競技のロードレース大会も開催されています。折しもマンション副理事長を仰せつかり、地域の歴史にも興味を持つようになり、自宅周辺の15キロ圏に足を延ばしました。埼玉県側の川口市南部から戸田市、さいたま市周辺の荒川河川敷では、手つかずの自然が残された場所もあります。ちなみに、川口市南部といえば鋳物の街というイメージをお持ちの方も多いと思います。とある映画で有名になりました。この映画に出演された女優さんは、早稲田大学OGで、今年、大学から芸術功労者表彰を受けられました。( 早稲田大学Webサイト 11月18日NEWS)
さて、コースを紹介しましょう。次の荒川河川敷サイクリング地図に示すように、江戸時代に栄えた川口市舟戸町にある善光寺を起点に、さいたま市桜区の秋ヶ瀬公園までを荒川左岸に沿って上流に遡行します。

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写真の順番に説明しますと、まず対岸には東京スカイツリー(写真1)が見えます。
続いて目の前に飛び込んでくる京浜東北線が通る荒川橋梁(写真2)は、いかにも鉄道輸送の大動脈を支えるにふさわしい頑健な作りです。戸田市に入ると1964年の東京オリンピックで使用された戸田ボートコース(写真3)が見えてきます。そこから、後ろを振り返ると、高層マンション群が見えます。地元愛を込めて「川口マンハッタン」(写真4)とでも言いたくなります。
荒川土手(写真5)は気持ちよく伸びていて、自転車で走ると風を感じることが出来て心地よいです。荒川水循環センター(写真6)、幸魂大橋(写真7)、彩湖(写真8)、さいたま市に入って秋ヶ瀬公園(写真9)まで行くと、まるで海外に来たような気分になります。天気のよい時には快適なのですが、この環境は、先人の並々ならぬ苦労の上に成り立っていることを後で知ることになります。

1 東京スカイツリー遠望

2 荒川橋梁

3 戸田ボートコース

4 川口マンハッタン

5 荒川土手

6 荒川水循環センター

7 幸魂大橋

8 彩湖ウィンドサーフィン

9 秋ヶ瀬公園ドッグラン

荒川の治水

荒川流域の人と情報の交流や歴史を知ることのできる施設として、東京都北区には国土交通省関東地方整備局荒川下流河川事務所の「荒川知水資料館アモア」( 国土交通省関東地方整備局ホームページ「荒川知水資料館アモア」)がありますが、埼玉県戸田市には「彩湖自然学習センター」( 戸田市情報ポータルサイト )があります。こちらは、国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所との共同事業として設置されています。

江戸時代初期に伊奈忠治が関東代官として新田開発と治水事業で活躍したことや大正時代に荒川放水路の建設に携わった青山士(あおやまあきら)のことは知っていましたが、今回訪問した彩湖自然学習センターでは、初めて明治時代の治水の事を知りました。明治時代に荒川流域は幾度となく洪水に襲われており、復興作業の際の合意形成の苦労は大変だったようです。明治40、43年と続いた大洪水を契機に、明治政府は「臨時治水調査会」を設け、それまでの各領地の利害に基づいて個別に行われていた治水事業を改め、重要な河川は国費で直轄事業を行う方針をうちたてました。このように、歴史の教科書に登場するリーダーとして活躍された方たちだけではなく、治水事業に携わられた多くの先人たちの苦労の下に、今の荒川の治水は成り立っています。
最近では、令和元年東日本台風(台風第19号)の際に、彩湖を中心とする荒川第1調整池(写真10は荒川第1調整池の荒川貯水池機場)には過去最高の3500万m3の水が貯留され、荒川の氾濫を防ぐことに貢献しました。その時には、彩湖の北端にある荒川彩湖公園(通称:カマキリ公園)も冠水し、カマキリの遊具(写真11)はカマキリの首あたりまで水が来たそうです。目下、さらなる備えとして、第2、第3調整池を建設中です。

10 荒川貯水池機場

11 カマキリの遊具

なお、詳しい情報は、国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所のHPに掲載されています。
( 国土交通省関東地方整備局ホームページ「荒川を知ろう」)

また、ある日のサイクリングでは、送電線メンテナンスの現場に遭遇しました。走行中に、真上を見上げている作業員にたまたま気づき、その視線の先を見ると、豆粒ぐらいの物体がゆっくり動いています。写真に撮って拡大して見るとゴンドラには人が乗っているではありませんか。最近、カーボンニュートラルに関係して電気の話が話題に上ることが多くなりましたが、送電線のメンテナンスは人手によって行われています。このような危険と背中合わせの高所作業に従事する人によって送電線の健全性が維持されていることを目の当たりにし、改めて、利便性や効率の追求だけでない、社会基盤を支えるための現場技術の伝承や次世代人材の育成の重要性を感じました。

送電線メンテナンス

ゴンドラ

まとめ

100年に一度の大変革期とか、政策目標という言葉を見聞することが多くなりました。工学教育でもシーズ発掘、ニーズ発掘、ビジネス立ち上げという話が語られるようになってきました。スーパーマンでもない限り、一人の力でこの三つができるものではありません。また、すべてを個人の努力に委ねるのは無理があります。上手に助け合う知恵を出さねばなりません。時代の転換点であることに加えて、科学技術とナショナリズムの関係が加わってきた2022年は、難しい年になりそうです。今年も宜しくお願いします。

≪ 参考 ≫
※1 二十四節気

二十四節気

※2 西多昌規:リモート疲れとストレスを癒す「休む技術」、大和書房