コラム執筆にあたって
明けましておめでとうございます。
昨年は、大学を移るという個人的なトランジションについて綴りましたが、今年は、社会全体がコロナの影響を受け、トランジェントな時代を迎えています。まず、コロナ禍の下で、様々な場面で社会を支える活動に協力されている方々に感謝いたします。
いつもの年のブログは干支の写真で始まり、旅の話題を中心に近況を綴ってきました。
今回は、飛行機や新幹線に乗っての移動ができませんので、コロナ禍の中で経験したことを纏めます。
大学教育の変容
2020年3月上旬から卒業式の開催や新学期の準備に向けて早稲田大学では対策委員会が設置されコロナ対策が動き出しました。講義をどのような形で行うか、新入生や自国に帰省している留学生の講義やゼミへの参加をどのように考えるのか頭を悩ませましたが、新学期の講義は遠隔講義で行うという基本方針を比較的早い時期に田中総長が打ち出されました。小生は講義のみを担当しましたが、通常は対面指導で行われている実験や演習を担当されている先生方は、レベルを保ちつつ、学生を引き付けるための工夫を見出すまでに相当なエネルギーを使われたことと思います。
2020年5月11日から新学期の講義がスタートし、当初はオンデマンド講義の通信サーバーの一部にアクセスが集中するという事態が発生しましたが、動画の容量を減らすことなどで乗り越えることができました。
さて、春学期の講義は、事前に講義資料をPDFで受講生に配布しておいて、オンライン講義をライブ配信で行いました。受講生は講義の初めの挨拶の時にだけ顔をだして、講義中は、PPTのスライド画面を共有する形式だったため、講義中の学生の反応が返ってこないので、長年、対面で学生のリアクションから理解の程度を推し量ることをしてきた小生は大いに戸惑いました。
こんな時、その昔、東大機械の石井威望先生の研究室で研究されていた「うなずきマイク」が役に立つのではと思い、検索すると、この研究は、当時、石井研究室の博士課程におられた渡辺富夫先生(岡山県立大学)らが開発された、「ペコッぱ」という話の区切りを分析して、気持ちよくあいづちを打ってくれるシステムに発展していることを知りました。このシステムがうまく利用できると講師も気持ちよく講義が続けられそうです。
講義と言えば、思い出されるのが、東大機械の藤井澄二先生の振動学の講義です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、藤井先生は、白衣を着て、手ぶらで講義室に来られ、チョーク1本で振動学と制御工学の講義をされていました。毎回、最前列に着席している学生に前回はどこまで話したかを確認され、続きを語られます。また、時折わざと間違えて、学生に指摘させ、講義中のやり取りには緊張感がありました。内容は先生ご自身の経験に基づくものが多く、長編の講談を名講談師から聞いているような感じでした。それでいて、機械振動の基本はしっかり含まれているので、名講義でした。板書では、先生が「周」と「週」をよく間違えられていたことが印象に残っています。
さて、遠隔講義でも、PPTのスライドにペンで書き込みを入れることは可能です。先日、英語学位コースの熱工学の講義で熱のやり取りの話を解説している時に、熱の「授受」のところを「JUJU」と書きそうになりました。これは今風の間違いです。それにしても、遠隔講義は本筋を話すには向いていますが、脱線することが難しく、今一つ調子が出ません。今後は学生を引き付ける遠隔講義での技を本気になって磨く必要があります。
日々の暮らしの変容
コロナ禍の下では、週2日出勤しての研究室の学生指導、他の平日は、自宅からの遠隔講義という流れになりました。以前よりも時間ができ、TV視聴やオンラインセミナーや講演会聴講の機会が増え、運動不足解消には自宅付近の散策、旅行に行けない分は自宅から見える富士山の風景を楽しみました。
歴史ものが好きな小生は、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」を視聴しています。あまり史実が残っていない「明智光秀」にスポットライトを当てたものとしても興味深いのですが、役者さんの迫真の演技には感心させられます。特に、コロナ禍の下で撮影されたと思われる映像は、一発どりではないかと思われる現場の緊張感が伝わってきました。こんなところにも、コロナ禍の影響を感じました。
朝のNHK連続テレビ小説「エール」では、古関裕而先生が主人公として取り上げられていましたが、この先生は、早稲田大学の応援歌「紺碧の空」の作曲者として有名です。「紺碧の空」が登場した回は、多数の早稲田大学関係者が視聴されたと伺いました。さて、早稲田大学では、構内原則立ち入り禁止となった鬱々とした時期に、学生が「紺碧の空プロジェクト」を立ち上げています。このプロジェクトで生まれた新しい応援歌「そして紺碧の空」の動画を是非ご覧ください。元気を分けてもらえます。
自宅からの遠隔講義を続けていると、普段昼間は自宅にいないため気が付かなかった世の中の変化に気付かされます。一つは、固定電話に掛かってくるメッセージです。携帯電話が今のように発達する前は、「お墓を買いませんかというような売り込み電話」や「アンケート調査電話」が掛かってくることがありましたが、送り手側は人間でした。今は、機械によるものに変わりつつあります。受ける側の留守番電話も機械からの音声ですので、脇で聞いていると、アンドロイド同士が戦っているような感じに聞こえます。
そういえば、昨年までは、電力使用量の月々のお知らせが自宅ポストに入っていましたが、今は、検針も人ではなく、メータに変わり、WEBに入って自分で情報を取る形式に変わりました。(注:有料ですが、希望すれば書類を郵送してくれるサービスもあります。)このような形が、近未来でしょうか。便利になったのか不便になったのか、分からないです。
もっと大きな変化は、物品の購入です。WEB経由で注文し、宅配便を利用していろいろな場所から様々なものを購入するという行為がここまで日常的になるとは思いませんでした。確かに便利かもしれませんが、負の部分にも目を向ける必要があります。個人的には、和菓子はできるだけ地域の和菓子屋さんで直接購入することにしています。コロナ禍の影響を受ける前から、和菓子は洋菓子に押され気味で、しかもコンビニでもスーパーでも販売されていました。コロナの影響で長い間続いた地域で愛された和菓子屋さんが消えつつある今、盛り立ててあげたいものの一つです。
地域に向けた防災行政無線放送についても考えさせられました。公民館などの公共施設や公園に設置されている屋外スピーカーから流れてくる内容には、災害時避難情報、緊急地震速報、光化学スモッグ注意報の他に国民保護関連情報があります。この内、意外に多いと感じたのが、行方不明の方の保護に関するものです。放送内容が聞き取りにくいこともあり、本当に意味のある情報として届いているのか、話し方の工夫、スピーカーの選定、設置場所などを始め、再検討の余地ありと感じています。このようなことは在宅勤務になってから気が付きました。
癒してくれたもの
ここから先は、慰めてくれたものを紹介します。まずは、季節ごとに咲く花です。春は、桜、夏はアジサイ、ハス、朝顔、秋は彼岸花、晩秋は欅や銀杏の紅葉。特に、印象的だったのは、緊急事態宣言が出された頃に、サツマイモの切り株から新芽が出た時の美しさです。5月には鍋敷きに収まる程度の大きさでしたが、8月には、ツルが伸びてびっくりするぐらい大きくなりました。やはり成長してゆくものには癒されます。

桜 (4月)

サツマイモ (5月)

アジサイ (6月)

ハス (7月)

朝顔 (8月)

彼岸花 (9月)

笠雲 (10月)

欅 (11月)

銀杏 (12月)
次は、時間や季節によって違った顔を見せる富士山です。一日の中でも変わりますし、季節でも変わります。圧巻だったのは、笠雲が掛かったときの10月18日の富士山です。とりわけ、夕方の雲の色の鮮やかさと変化の様子は素晴らしく、横山大観先生なら素晴らしい掛け軸を描かれるのではと思いました。

朝の富士山

昼の富士山

夕方の富士山

夕暮れ①

夕暮れ②

夕暮れ③
おわりに

コロナ禍で感じたことは、全体最適と部分最適の両立の困難さと人に意図や意義を理解して頂けるように伝えることの難しさです。また、組織運営や人間関係では、暗黙の了解で済まされなくなったことが増えました。
サステナブルな仕組みの構築にもっと工学が手を出さねばいけない。サイエンスや工学は理由付けを与えることに終わることなく、判断を支えるようになりたいと感じている新年です。大きくなった、サツマイモの写真を眺めて、また元気を出したいと思います。
今年もよろしくお願いします。
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