2010/04/06 業界コラム 金子 成彦 産業の教育と現場から No.5PBL教育を通じて日本のガラパゴス化を阻止しよう! 東京大学名誉教授・元早稲田大学教授 金子 成彦 1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒 ...もっと見る 1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒 1976年 東京大学工学部機械工学科卒 1978年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科修士課程修了 1981年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科博士課程修了(工学博士) 同年 東京大学工学部舶用機械工学科講師 1982年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授 1985年-1986年 マギル大学機械工学科客員助教授 1990年 東京大学工学部附属総合試験所機械方面研究室助教授 1993年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授 1995年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻助教授 2003年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授 2018年 早稲田大学理工学術院創造理工学部客員教授 2019年 早稲田大学理工学術院国際理工学センター教授 2019年 東京大学名誉教授 2019年 日本機械学会名誉員 2020年 自動車技術会名誉会員 最近、日本がガラパゴス諸島のようになってしまうのではという懸念が生まれている。ガラパゴス諸島は、南米エクアドルの西方沖合い約900キロにある火山性の島々で、ガラパゴスイグアナ、ガラパゴスゾウガメなど独自に進化した生物が生息することで有名である。南米大陸からガラパゴス諸島に向かって海流が流れているため、一旦流れ着いた動物はなかなか大陸には戻れない。独自に進化した生物は外からの攻撃に弱く、厳重な自然保護によって絶滅を免れている。このような状況に良く似た様相が今の日本の産業、教育、ライフスタイルなど随所に散見される。 ガラバゴス化する日本吉川尚宏氏(ガラパゴス化する日本:講談社現代新書)によると、日本のガラパゴス化とは、 日本製品のガラパゴス化 (日本企業の作るものやサービスが海外で通用しないこと) 日本という国のガラパゴス化 (日本が孤立し、国全体が鎖国状態となるリスクをはらむこと) 日本人学生のガラパゴス化 (最近の若者がおとなしくなっていて、海外に出たがらないこと) の三つを指すようである。 博士課程の現状直近の東大工学部の調査によれば、理科I類入学者で博士課程まで進む学生の割合が4%にまで下がったことが報告されている。博士課程の充足率が低い状況については、大きく分けて二つの意見がある。一つは、博士課程の定員がそもそも多すぎて減らすべきであるという意見、もう一つは、定員は減らさずに、博士課程での教育のスタイルを論文執筆や研究中心の従来の活動だけでなく、留学生や専門の異なる学生との交流、企業との交流を通じた活動も加えて、国際化する社会のニーズに応えられる教育プログラムを取り入れることによって博士課程をより魅力的にすべきとの意見である。 目下、博士課程学生の教育プログラム作成に深く関与している小生は、このところ自問自答することが多くなった。 「日本における博士課程学生の役割と学生が備えるべき資質は何だろう?」 普段から博士課程修了者と接する機会は多いが、彼らに共通する資質は、学問に対する関心の持ち方と深い理解および自分の研究哲学つまり研究企画や方針に独自性を持っていることである。最近では、研究者は研究成果や外部発信の回数といった分かりやすい指標のみで評価されることが多いが、独自性を形成し維持するためには、外からは見えにくい部分、身体特性でいうところの体幹が重要である。従って、博士課程では、パフォーマンスにつながるアウターマッスルだけでなく、体幹を支えるインナーマッスルを鍛える教育プログラムも必要であると小生は考える。インナーマッスルを鍛える教育プログラムの一つが、以下に紹介するPBL教育プログラムである。 PBL教育プログラムこのような背景の下、東大機械系ではGCOEに所属するRA博士課程学生を対象に専攻横断型PBL教育を実施している。PBL(Project Based Learning)とは、問題設定解決型学習プログラムと呼ばれる教育プログラムで、企業から提供して頂いたテーマ(その多くは中長期的な課題解決のためのアイデア出しが多い)に対して、違う専攻に所属する5~7名の学生でチームを構成して取り組むものである。一つのチームには、企業側からのプロジェクトマネージャー、大学側の責任者となる担当教員と学生と企業とをつなぐ役目をするファシリテーター(その多くはポスドク学生)が付いていてプロジェクトの進捗状況の把握にあたる。 PBL教育プログラムは、カナダのマックマスター大学の医学部で開始され、その後、北欧や米国の工学系大学に広まり、最近になって日本に伝わった。「8大学工学部長懇談会(注:8大学とは、旧帝大+東工大のこと)」で話題となり、平成8年より、懇談会のもとに「工学教育プログラム検討委員会」が設置され、創成型科目(デザイン型科目)の重要性が指摘された。国内の機械系の大学ではこの流れを受けて、学部や修士学生を対象に実施されていることが多い。当研究室でも過去に学部・修士を対象に試行し成果をあげてきた。 卒論発表会や修論発表会が終了した3月上旬に、専攻横断型PBLの発表会が学内で行われた。今年度は全部で7チームのエントリーがあった。その中には、新川電機からテーマをご提供頂いたチームが含まれていた。このチームは、プロジェクトマネージャー(新川センサテクノロジ:青木さん)、ファシリテーター(ポスドク)、担当教員(金子)、プロジェクトリーダー(日本人学生)、メンバー(日本人学生3名、留学生2名)で構成され、「無線センサーへのエネルギーハーベストシステムの適用」をテーマとして活動を行った。 学生は、無線センサーの消費電力の検討、現実的な環境エネルギー源の選定について検討を重ね、センサー設置地点周辺の熱を利用したエネルギーハーベストシステムを熱電変換素子を使って構築し、可能性を示してくれた。審査の結果、このテーマは、7テーマ中2番目の評価(優秀賞)を得ることができた。(関係者のご協力に感謝致します。) 日本のガラパゴス化阻止に向けてパラダイス鎖国か、さらなる進化をめざすかさて、ガラパゴス諸島は、ダーウィンが進化論を着想した航海で立ち寄った島としても知られている。外部との交流を絶って独自の発展を遂げると、島に残されたガラパゴスゾウガメのようになり、日本の技術は「パラダイス鎖国」の道を辿る可能性があるが、サルがヒトに進化を遂げたように別の進化の道を見つけることができれば、新たなフロンティアの開拓に向かうことが可能になる。 日本の将来を担う学生に、新たな進化を目指す方向に必要な資質を付けるための教育プログラムを企業と大学が協力して作ることは極めて重要であると考えている。今後もご支援をお願いする次第である。 (注)“ガラパゴス化”という言葉がはじめて登場したのは、北俊一氏による、「携帯電話産業の国際競争力強化への道筋(ケータイ大国日本が創造する世界羨望のICT生態系)」、知的資産創造、2006年11月号、P.48。“パラダイス鎖国”は、海部美知氏による「パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本(アスキー新書 54) (新書)」に登場する。 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 東京大学名誉教授・元早稲田大学教授 金子 成彦さんのその他の記事 2025/01/15 業界コラム 人生の低山を歩く 2024/01/10 業界コラム あんたぁ先頭 ! 2023/01/11 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 4 ) 2022/01/12 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 3 ) 2021/01/12 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 2 ) 2020/01/08 業界コラム トランジェントな時代を生きる 2019/01/09 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの冬休み小旅行(ハウステンボス・湯田温泉編) 2018/01/10 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの冬休みの小旅行(京都・尾道編) 2017/02/07 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(研究環境の来し方行く末) 2017/01/11 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(冬休み小旅行編) 2016/02/09 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(立春編) 2016/01/13 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(初詣編) 2013/08/03 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その3) 日英文化交流活動 2013/07/09 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その2) アジア圏との国際交流活動 2013/06/11 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その1) 東日本大震災対応 2010/11/09 業界コラム 産業と教育の現場から No.12 未来の研究開発リーダーに贈るメッセージ ~これからの学会との付き合い方~ 2010/10/05 業界コラム 産業の教育と現場から No.11 タフな学生を育てるためのコンテストの活用法 2010/09/07 業界コラム 産業の教育と現場から No.10 学部4年生のためのもう一つの発表会 2010/08/03 業界コラム 産業の教育と現場から No.9 留学生の慶事 2010/07/07 業界コラム 産業の教育と現場から No.8 産学官連携功労者表彰を通じて学んだもの 2010/06/08 業界コラム 産業の教育と現場から No.7 若手人材育成を意識した同窓会の活用法 2010/05/12 業界コラム 産業の教育と現場から No.6ホロニックエネルギーシステムの実現に向けて 2010/04/06 業界コラム 産業の教育と現場から No.5PBL教育を通じて日本のガラパゴス化を阻止しよう! 2010/03/02 業界コラム 産業の教育と現場から No.4 ゆとり世代ついに研究室に現る ! 2010/02/09 業界コラム 産業の教育と現場から No.3 就活学生に贈るメッセージ~エネルギー作物栽培の体験から~ 2010/01/13 業界コラム 産業の教育と現場から No.2 手料理コンパと工学教育 2009/12/01 業界コラム 産業の教育と現場から No.1メンテナンスの現場から学ぶべきもの 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年6月2025年5月2025年4月2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月