2017/02/07 業界コラム 金子 成彦 大学が変わるべきところ守るべきもの(研究環境の来し方行く末) 東京大学名誉教授・元早稲田大学教授 金子 成彦 1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒 ...もっと見る 1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒 1976年 東京大学工学部機械工学科卒 1978年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科修士課程修了 1981年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科博士課程修了(工学博士) 同年 東京大学工学部舶用機械工学科講師 1982年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授 1985年-1986年 マギル大学機械工学科客員助教授 1990年 東京大学工学部附属総合試験所機械方面研究室助教授 1993年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授 1995年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻助教授 2003年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授 2018年 早稲田大学理工学術院創造理工学部客員教授 2019年 早稲田大学理工学術院国際理工学センター教授 2019年 東京大学名誉教授 2019年 日本機械学会名誉員 2020年 自動車技術会名誉会員 今回は前号の続きの額の文字の話から始まります。 小生が卒業した小学校の先輩に、東大機械の大 OB である鮎川義介(あゆかわよしすけ)氏がおられます。この小学校は、明治 7 年創立で、長州藩の学舎、山口明倫館の跡地にありました。講堂には鮎川氏の書かれた額が飾ってあり、そこには、『個性尊重天分発展』と書かれていたことを今でも鮮明に憶えています。 小学校の講堂にかけられた額の文字ご存知の方も多いと思いますが、鮎川氏は、1880 年、山口市に生まれ、旧制山口高等学校を経て、1903 年、東京帝国大学工科大学機械科卒業後、芝浦製作所に入社。1909 年に戸畑鋳物(現在の日立金属)を設立。1928 年に久原鉱業(現在の日産自動車)の社長に就任し、この会社を持株会社に変更し、傘下に日産自動車、日本鉱業、日立製作所などを収め、日産コンツェルンを形成した人物として有名です。後年は中小企業の育成に注力し、日本におけるベンチャーキャピタルの先駆けとなりました。 また、戦前の新興財閥「日産コンツェルン」の総帥として、金融や貿易を柱とした三井、三菱とは違い当時最先端の重化学工業を中心に経済を引っ張り、日本の満州経営にも大きく関わりました。しかし、鮎川氏は財閥のトップとしては珍しく、受け継いだ事業を守り大きくするタイプではなく、いくつもの企業をつくり育てられました。さらに日本の工場から米国の鋳物工場に渡り一介の作業員として働き、もの作りの現場も熟知していました。知識と体験のバランス重視の鮎川氏の学びの姿勢は、東大工学部の前身である工部大学校の創始者である山尾庸三卿を彷彿とさせます。 小生は、偶然にも鮎川義介氏と小学校から大学まで同じルートを辿りました。 自分自身の教育経験さて、小生自身は、全国に設置された理数科の1期生として山口高校理数科を卒業し、東大機械にお世話になりました。このご縁で、目下、いくつかの高校で文部科学省の SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の運営指導委員を務めています。また、学内では、学部・大学院の講義・演習の他に博士課程の横断型講義(博士 PBL)の教員を務めています。最近では、大学院博士課程修了後の若手教員と一緒になって研究室の学生を指導する機会も多々あります。したがって、15歳から30歳位まで、幅広い年齢層の学生や研究者とお付き合いがあります。 卒業研究では、様々なタイプの学部学生が研究室にやってきます。段取り力が身についていない、仕事の大きさが読めない、仕事のペース配分にムラがあり時間管理が出来ない、自分の興味のゾーンにはまると深く掘り下げようとするものの、知識が上滑りしていて有意な結論を導き出すまでには至らない、といった、いわゆる「ゆとり教育世代」の特徴を持つ学生が多くなっています。一方、自分自身で考え抜くことによって独創的な仕事が出来る学生もいます。大学院生になると他大学出身の志の高い学生が内部出身の学生に混ざり、研究室メンバーはバラエティに富んでゆきます。このような状況下で研究指導を行っていますが、『個性尊重天分発展』は、私の教育観の原点であり、丁寧に資質を見極めて学生や若手教員個々人の天分を可能な限り伸ばしてあげたいと考えています。 法人化から13年経過した研究室内外の変化国立大学が法人化されたのは平成 16 年 4 月で、それから既に 13 年が経過しました。国立大学の運営費交付金が年々減少しており、大学から教員に配布される交付金(昔は校費と呼ばれていた)が研究室を運営するために必要な金額とは比較にならないほど少なくなり、競争的資金と呼ばれる省庁のプロジェクト研究費や企業との共同研究費に頼らざるをえなくなっている状況がマスコミ報道や大学から発信される資料を通じて伝えられています。基礎研究がおろそかになるという声も上がっており、機械系では、いわゆるアンダーザテーブル研究(過去に失敗したテーマだけれどもこっそり研究を続けたいテーマについての研究)がやりにくくなっています。その上、装置の故障に対する備えも万全ではなくなってきています。 また、若手の研究者も任期付きが多く、短期間に業績を上げる必要があり、我々の世代が経験してきたような、じっくりとスキルや専門知識を身に着け、学会活動を通じて視野を広げ、企業の実務関係者との連携によって問題発見能力を身に着け、新たなテーマを発掘できるような機会が減ってきたと感じています。若手研究者にとっては科研費が研究費の中心ですが、こちらも採択率は30%程度で、運よく採択されたとしても申請金額の80%配布ということになっていて、気の毒な状態が起きています。 さらに、研究支援体制についても十分とはいえません。その昔は、技官や助手が研究室にはおられて、実験装置の設計、製作、発注業務を手伝って頂けたものです。また、学内の試作工場では、卒論用の実験装置を自分で機械加工して部品を作るといったハンズオンの伝統もありました。締め切りぎりぎりに完成した装置でデータが取れて卒論に間に合ったときには、機械科に進学してよかったという喜びを感じていたものです。最近は、如何でしょうか。試作工場に6名程度おられた技官の方も名称が技術専門職員に代わり、現在では1名しかおられません。時間の掛かる少し凝った加工は学外に頼むしかありません。また、研究室の装置の動かし方を知っておられる助手の方も最後の方が来年定年を迎えるという時期に差し掛かっています。 今年、卒論の試問に立ち会って、研究対象の領域は違っていても取り組みの仕方が似通ってきていることに気づきました。欧米製の計算ソフトを使って解く問題をテーマに選んでいるケースが多く、自作ソフトや手作りの装置で問題解決に挑戦している学生が少なくなっています。これも、法人化によって研究スタイルが変化してきたためかもしれません。 このように、法人化の影響は、じわじわと研究のやり方や学生の研究姿勢にも変化を与えています。仮説の上に仮説を重ねて考え抜く経験が不足していることが創造力を生み出せないことに直結しているように思えてなりません。 しかしながら、研究室という「場」は、法人化前と変わらない一面も持っています。それは、学生同士でもすぐに議論を始めることのできる点です。 自説をぶつけ合い、アイデアが熟成するまで議論に付き合ってくれる先輩によって研究は進展します。学生が加速感を感じることができれば、学生の側から先輩に対する尊敬の念が生まれてきます。 くしくも、鮎川氏は次の言葉を残しておられます。「われわれが生きるうえでもっとも大切なのは、心の通じ合う少数の仲間との、暗黙のうちにおこなわれる濃密なコミュニケーションである。それが知恵をはぐくみ、生きる勇気を与え、創造活動の源泉となる。ヒトとはそもそもそういう生物なのである。」 研究成果発表方法の変化研究成果の発表についても変化が見られます。小生が学生の頃は、入社後に修士論文の研究成果を学会発表するのは出張扱いと見做されていて、秋に開催される学会で発表することを支援してくれていました。苦労してモデルを作り、実験データを取り、仮説を検証した話を本人が熱く語るものでしたから、講演会場は大いに盛り上がり、質問も多く出ました。 今はどうでしょうか。代理で研究テーマを引き継いだ修士1年生が発表しているケースが目立ちます。これでは、聴衆が受け取るインパクトは小さいでしょう。 論文集にも変化が見られます。機械工学分野では、日本機械学会論文集がスタンダードでした。この論文集に自分の研究論文を掲載してもらえるということが一つの目標でした。初めての論文が掲載されたときは厳しい先生方に認めてもらえたという喜びを感じたものです。この頃の日本機械学会論文集には討論が付いていて、学会の講演会場での質問を文章化したものとそれに対する回答が論文と一緒に掲載されていました。これが消えたのはとても残念です。質問者と著者の迫力のあるやり取りから多くのインスピレーションを頂きました。最近は、有名な英文雑誌に掲載されることに価値があるとされています。これは、優秀な留学生を引き付けるためにはそれでよいのでしょうが、日本国内の技術者と交流するためには昔のスタイルの日本機械学会論文集の方が適していると考えます。研究成果の発表方法に関してもバランスをよく考える必要があります。 研究環境改善に向けてこのような大変な環境に置かれている大学研究室を蘇らせる名案はないものだろうか? 若手を元気づかせるアイデアについて考えてみました。 科研費の在り方現状の科研費は、通常はお金で支給されますが、若手研究者が必要なものは研究に必要な機材や計算機、ソフト使用料、旅費が中心です。これを物品と搭乗券や乗車券・特急券などの現物支給に変えたらどうなるでしょうか。基本的な実験には何も新品の計測器である必要はなく、整備状態の良い計測機器が来れば問題ないはずです。定年退職される先生は不要になった機器を有効活用してくれる若手研究者が生かして使ってくれたら嬉しいのではないでしょうか。大学には備品台帳があり、物品管理はしっかりしているはずです。ただし、活用してもらうには、きちんと動く状態に整備する作業と取扱説明書をつけてあげることが必要です。また、一緒にセットアップを手伝ってくれる人が付いてきてくれて、慣れるまで研究室で指導してくれる仕組みも必要です。「科研費 IoT」とでも呼べる「物」、「機材」を再利用し活用する仕組みに発展させることができればと思っています。 機器メーカーにも賛同頂ければ、長い目で見た「研究室実験環境支援活動」として官、学、民のネットワークに発展するのではと思います。 国としても、科学技術立国を担う若手のモティベーションを高め、研究活動を支援するために是非取り上げて頂きたいものです。 開かれた研究室へ歴史のある組織では、関係者も幅広い業界・年代にまたがっています。昨年、小生の研究室で OBOG を集めて恩師の叙勲祝賀会を開催しました(写真 1、2)。研究室創設当時の卒業生から最近までの学生まで合わせると関係者の総数は 430 名に達していました。幹事団の熱心なご協力によって足掛け 2 年掛かって OBOG 名簿を整備し、連絡が取れなくなっている OB は 10 名以内までに漕ぎつけることに成功しました。この過程で、製鉄業の OB にはほとんど連絡が取れました。逆にダメだったのは情報通信、電機でした。装置産業では、古い装置で事故が発生した場合には、設計に関係された方のコンタクトが必要な場合を想定して人間関係が繋がっているのかもしれません。 写真 1:葉山先生叙勲祝賀会 写真 2:瑞宝中綬章 さて、就職活動についても、かつては就社と呼ばれていましたが、最近は就転により 、入社後にどのような業務に携わらせてもらえるのかが決め手になっています。学生の関心の高い情報は人事担当者からというよりも入社後 5 年程度の OB からもらえるケースが多いようです。したがって、OBOG との良好な関係を維持するためにも定期的な付き合いは大切です。しかし、研究や日常業務で忙しい若手に会の運営は重荷です。学科の同窓会、研究室の OB 会の運営はできる限り簡略化して、シニア OB が運営に積極的に参加し、研究室内の学生や若手と学外との交流促進に貢献する時代になったと感じています。 おわりに鮎川義介氏が創設された日産自動車はご存知のように連続赤字を出し続け、1999 年にルノーの傘下に入りました。その時に経営立て直しのリーダーとして派遣されたのがカルロス・ゴーンでした。(偶然、2017 年 1 月の日経新聞『私の履歴書』執筆者はカルロス・ゴーンでした。)彼は、NRP(日産リバイバルプラン)を提案し、日産は利益を出すところまでよみがえりました。これは日産の V 字回復と呼ばれています。大学も、様々な改革の実を結ばせて日産の再生のように早く困難な時期から脱却して飛び立って欲しいものです。(写真 3) 写真 3:シベリア上空にて(執筆者撮影) この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 東京大学名誉教授・元早稲田大学教授 金子 成彦さんのその他の記事 2025/01/15 業界コラム 人生の低山を歩く 2024/01/10 業界コラム あんたぁ先頭 ! 2023/01/11 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 4 ) 2022/01/12 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 3 ) 2021/01/12 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 2 ) 2020/01/08 業界コラム トランジェントな時代を生きる 2019/01/09 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの冬休み小旅行(ハウステンボス・湯田温泉編) 2018/01/10 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの冬休みの小旅行(京都・尾道編) 2017/02/07 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(研究環境の来し方行く末) 2017/01/11 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(冬休み小旅行編) 2016/02/09 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(立春編) 2016/01/13 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(初詣編) 2013/08/03 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その3) 日英文化交流活動 2013/07/09 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その2) アジア圏との国際交流活動 2013/06/11 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その1) 東日本大震災対応 2010/11/09 業界コラム 産業と教育の現場から No.12 未来の研究開発リーダーに贈るメッセージ ~これからの学会との付き合い方~ 2010/10/05 業界コラム 産業の教育と現場から No.11 タフな学生を育てるためのコンテストの活用法 2010/09/07 業界コラム 産業の教育と現場から No.10 学部4年生のためのもう一つの発表会 2010/08/03 業界コラム 産業の教育と現場から No.9 留学生の慶事 2010/07/07 業界コラム 産業の教育と現場から No.8 産学官連携功労者表彰を通じて学んだもの 2010/06/08 業界コラム 産業の教育と現場から No.7 若手人材育成を意識した同窓会の活用法 2010/05/12 業界コラム 産業の教育と現場から No.6ホロニックエネルギーシステムの実現に向けて 2010/04/06 業界コラム 産業の教育と現場から No.5PBL教育を通じて日本のガラパゴス化を阻止しよう! 2010/03/02 業界コラム 産業の教育と現場から No.4 ゆとり世代ついに研究室に現る ! 2010/02/09 業界コラム 産業の教育と現場から No.3 就活学生に贈るメッセージ~エネルギー作物栽培の体験から~ 2010/01/13 業界コラム 産業の教育と現場から No.2 手料理コンパと工学教育 2009/12/01 業界コラム 産業の教育と現場から No.1メンテナンスの現場から学ぶべきもの 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年5月2025年4月2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月