早稲田大学教授・東京大学名誉教授

金子 成彦

1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒
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1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒
1976年 東京大学工学部機械工学科卒
1978年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科修士課程修了
1981年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科博士課程修了(工学博士)
同年   東京大学工学部舶用機械工学科講師
1982年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授
1985年-1986年 マギル大学機械工学科客員助教授
1990年 東京大学工学部附属総合試験所機械方面研究室助教授
1993年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授
1995年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻助教授
2003年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授
2018年 早稲田大学理工学術院創造理工学部客員教授
2019年 早稲田大学理工学術院国際理工学センター教授
2019年 東京大学名誉教授
2019年 日本機械学会名誉員
2020年 自動車技術会名誉会員

年度初めの行事が一段落し、研究室に配属になった学生も落ち着いて研究を始める6月は、いつもの年であれば比較的ゆったりと時間が流れる月である。しかし、今年は予期せぬ表彰式が待っていた。6月5日に国立京都国際会館で開かれた科学・技術フェスタin京都で第8回産学官連携功労者として表彰されたのである。

表彰の対象となった業績

小生が表彰を受けた対象は、「居眠り運転警告シートの開発」である。これは、「運転者が覚醒状態から眠りに入る前に特徴的な脈波信号が現れる『入眠予兆』を検知する技術を利用して、シートに取り付けて車の振動や人体の動揺の影響を受けることなく運転者の脈波を測定できるセンサーを開発し、これらの技術を用いて居眠り状態になる10分程度前に警告を行うことができる居眠り運転警告シートを開発した。」というもので、この業績をもって、国土交通大臣賞を頂くことが出来た。

なお、直前の6月2日に鳩山首相が民主党両院議員総会で辞任する意向を表明し、6月8日に菅内閣が正式発足したため、各省庁担当大臣が確定するまでは、表彰状に名前が記載されている担当大臣が交替する可能性があるとのことから、壇上で記念撮影する際には、表彰状を開かないで欲しいとの主催者側からの要請を受けた。幸いにして国土交通大臣は留任されたため、小生がこの時頂いた表彰状はそのまま有効となった。

産学官連携の経緯

「居眠り運転警告シートの開発」は、高齢運転者の運転する車に追突された経験を持つ小生と運転者の疲労を軽減できる理想的な自動車用シートの開発を目指す技術者との出会いから始まった。

最初は、回転機械などで用いられる振動診断の手法を用いて、生体信号に基づく運転者の疲労度合いの定量化を試みた。自動車の車室内で生体信号を運転者の邪魔にならないような方法で測定することは容易ではない。最初は圧電フィルムを用いていたが発汗の問題があり、最終的には、肺動脈の動きを空気圧センサーで捉えることに成功し、同時並行的に開発を進めた信号処理システムと併せて、「居眠り運転警告シート」が完成した。

運転手への警告画面

このプロジェクトは、機械力学・計測制御を専門とする小生の他に、電磁気学を専門とする大学教授、脳波を専門とする医学者、シート設計を専門とする技術者という異分野4人組で構成されていた。

プロジェクト開始直後は、各組織の思惑がずれていて、これまでに培ってきた研究内容を高めようとするインクリメンタルな方向に動いてしまいがちであった。そこで、最終目標を共有できるようにするために、このテーマに関連した研究を実施されている専門家を訪問して意見を伺う活動を継続して実施し、グループ内の意思統一を図った。その結果、プロジェクトが中盤に差し掛かった頃には、このグループのメンバーの一人である医学者のアイデアが小生が同時期に考えていたものと本質的には同じ内容だったことが分かり、だんだんと位相が合ってくるという手応えを感じることもあった。

産学官連携の教訓

産学官連携の研究開発では成果を問われることが多いが、成果を得るためには、メンバーの才気や情熱だけでは無理で、根気とサポート体制が何より大切である。共同研究には、晴れの日も雨の日もあり、ともに歩める関係がないと継続できない。つまり、良好な人間関係の熟成が成功の秘訣である。

また、良好な結果が生まれた後も試練が待っている。政府系の研究資金による研究では、成果を公表する必要があり、マスコミを通じて発表するケースも最近では多くなっている。普段マスコミの前に姿を現す機会の少ない大学教員は、一般にマスコミ対応が苦手である。 新聞やWeb等のような活字ものは後で修正が効くので良いとしても、ラジオやTV取材は修正が効かないし、編集の過程で短く切られていたりする。そこで、限られた時間内に相手に意図が伝わるような分かりやすい言葉で話せるようになるには訓練が必要である。小生も、何回かTVやラジオで取り上げて頂いたが、専門用語を多用し過ぎ、何を言っているのか分からないと家族から言われることの方が多かった。

このようなことから、自らの研究の必要性を、例えば歌舞伎役者の口上のように胸がすく思いのするような語り口で国民に理解してもらえるための情報発信のトレーニングが研究者にとって必要との印象を持った。欲を言えば、研究者側からの情報発信に応えるタイミングの良い大向こうからの声援もあって欲しいものである。

大学人にとって産学官連携とは

目下、大学で先端技術と呼ばれている分野で活躍している若手研究者はテーマを深掘りする傾向が強く、ニーズの広がりについては余り調査研究しない傾向があると小生は感じている。そこで、産学官連携を通じて研究の成果の活用先つまり出口イメージを明確に持って研究するやり方を若いうちから経験させることが必要である。

ただし、実際の工業製品や製造技術を良く知った上で、基礎研究テーマを発掘し、そのテーマについて研究できるという大学の特徴を失うべきではないと考える。

国土交通大臣表彰を受けた筆者と プレゼンターの 国土交通省藤田武彦技術総括審議官