2010/07/07 業界コラム 金子 成彦 産業の教育と現場から No.8 産学官連携功労者表彰を通じて学んだもの 東京大学名誉教授・元早稲田大学教授 金子 成彦 1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒 ...もっと見る 1972年 山口県立山口高等学校理数科1期卒 1976年 東京大学工学部機械工学科卒 1978年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科修士課程修了 1981年 東京大学大学院工学系研究科舶用機械工学科博士課程修了(工学博士) 同年 東京大学工学部舶用機械工学科講師 1982年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授 1985年-1986年 マギル大学機械工学科客員助教授 1990年 東京大学工学部附属総合試験所機械方面研究室助教授 1993年 東京大学工学部舶用機械工学科助教授 1995年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻助教授 2003年 東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授 2018年 早稲田大学理工学術院創造理工学部客員教授 2019年 早稲田大学理工学術院国際理工学センター教授 2019年 東京大学名誉教授 2019年 日本機械学会名誉員 2020年 自動車技術会名誉会員 年度初めの行事が一段落し、研究室に配属になった学生も落ち着いて研究を始める6月は、いつもの年であれば比較的ゆったりと時間が流れる月である。しかし、今年は予期せぬ表彰式が待っていた。6月5日に国立京都国際会館で開かれた科学・技術フェスタin京都で第8回産学官連携功労者として表彰されたのである。 表彰の対象となった業績小生が表彰を受けた対象は、「居眠り運転警告シートの開発」である。これは、「運転者が覚醒状態から眠りに入る前に特徴的な脈波信号が現れる『入眠予兆』を検知する技術を利用して、シートに取り付けて車の振動や人体の動揺の影響を受けることなく運転者の脈波を測定できるセンサーを開発し、これらの技術を用いて居眠り状態になる10分程度前に警告を行うことができる居眠り運転警告シートを開発した。」というもので、この業績をもって、国土交通大臣賞を頂くことが出来た。 なお、直前の6月2日に鳩山首相が民主党両院議員総会で辞任する意向を表明し、6月8日に菅内閣が正式発足したため、各省庁担当大臣が確定するまでは、表彰状に名前が記載されている担当大臣が交替する可能性があるとのことから、壇上で記念撮影する際には、表彰状を開かないで欲しいとの主催者側からの要請を受けた。幸いにして国土交通大臣は留任されたため、小生がこの時頂いた表彰状はそのまま有効となった。 産学官連携の経緯「居眠り運転警告シートの開発」は、高齢運転者の運転する車に追突された経験を持つ小生と運転者の疲労を軽減できる理想的な自動車用シートの開発を目指す技術者との出会いから始まった。 最初は、回転機械などで用いられる振動診断の手法を用いて、生体信号に基づく運転者の疲労度合いの定量化を試みた。自動車の車室内で生体信号を運転者の邪魔にならないような方法で測定することは容易ではない。最初は圧電フィルムを用いていたが発汗の問題があり、最終的には、肺動脈の動きを空気圧センサーで捉えることに成功し、同時並行的に開発を進めた信号処理システムと併せて、「居眠り運転警告シート」が完成した。 運転手への警告画面このプロジェクトは、機械力学・計測制御を専門とする小生の他に、電磁気学を専門とする大学教授、脳波を専門とする医学者、シート設計を専門とする技術者という異分野4人組で構成されていた。 プロジェクト開始直後は、各組織の思惑がずれていて、これまでに培ってきた研究内容を高めようとするインクリメンタルな方向に動いてしまいがちであった。そこで、最終目標を共有できるようにするために、このテーマに関連した研究を実施されている専門家を訪問して意見を伺う活動を継続して実施し、グループ内の意思統一を図った。その結果、プロジェクトが中盤に差し掛かった頃には、このグループのメンバーの一人である医学者のアイデアが小生が同時期に考えていたものと本質的には同じ内容だったことが分かり、だんだんと位相が合ってくるという手応えを感じることもあった。 産学官連携の教訓産学官連携の研究開発では成果を問われることが多いが、成果を得るためには、メンバーの才気や情熱だけでは無理で、根気とサポート体制が何より大切である。共同研究には、晴れの日も雨の日もあり、ともに歩める関係がないと継続できない。つまり、良好な人間関係の熟成が成功の秘訣である。 また、良好な結果が生まれた後も試練が待っている。政府系の研究資金による研究では、成果を公表する必要があり、マスコミを通じて発表するケースも最近では多くなっている。普段マスコミの前に姿を現す機会の少ない大学教員は、一般にマスコミ対応が苦手である。 新聞やWeb等のような活字ものは後で修正が効くので良いとしても、ラジオやTV取材は修正が効かないし、編集の過程で短く切られていたりする。そこで、限られた時間内に相手に意図が伝わるような分かりやすい言葉で話せるようになるには訓練が必要である。小生も、何回かTVやラジオで取り上げて頂いたが、専門用語を多用し過ぎ、何を言っているのか分からないと家族から言われることの方が多かった。 このようなことから、自らの研究の必要性を、例えば歌舞伎役者の口上のように胸がすく思いのするような語り口で国民に理解してもらえるための情報発信のトレーニングが研究者にとって必要との印象を持った。欲を言えば、研究者側からの情報発信に応えるタイミングの良い大向こうからの声援もあって欲しいものである。 大学人にとって産学官連携とは目下、大学で先端技術と呼ばれている分野で活躍している若手研究者はテーマを深掘りする傾向が強く、ニーズの広がりについては余り調査研究しない傾向があると小生は感じている。そこで、産学官連携を通じて研究の成果の活用先つまり出口イメージを明確に持って研究するやり方を若いうちから経験させることが必要である。 ただし、実際の工業製品や製造技術を良く知った上で、基礎研究テーマを発掘し、そのテーマについて研究できるという大学の特徴を失うべきではないと考える。 国土交通大臣表彰を受けた筆者と プレゼンターの 国土交通省藤田武彦技術総括審議官 この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 東京大学名誉教授・元早稲田大学教授 金子 成彦さんのその他の記事 2025/01/15 業界コラム 人生の低山を歩く 2024/01/10 業界コラム あんたぁ先頭 ! 2023/01/11 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 4 ) 2022/01/12 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 3 ) 2021/01/12 業界コラム トランジェントな時代を生きる ( 2 ) 2020/01/08 業界コラム トランジェントな時代を生きる 2019/01/09 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの冬休み小旅行(ハウステンボス・湯田温泉編) 2018/01/10 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの冬休みの小旅行(京都・尾道編) 2017/02/07 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(研究環境の来し方行く末) 2017/01/11 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(冬休み小旅行編) 2016/02/09 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(立春編) 2016/01/13 業界コラム 大学が変わるべきところ守るべきもの(初詣編) 2013/08/03 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その3) 日英文化交流活動 2013/07/09 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その2) アジア圏との国際交流活動 2013/06/11 業界コラム 日本機械学会会長の経験を通じて (その1) 東日本大震災対応 2010/11/09 業界コラム 産業と教育の現場から No.12 未来の研究開発リーダーに贈るメッセージ ~これからの学会との付き合い方~ 2010/10/05 業界コラム 産業の教育と現場から No.11 タフな学生を育てるためのコンテストの活用法 2010/09/07 業界コラム 産業の教育と現場から No.10 学部4年生のためのもう一つの発表会 2010/08/03 業界コラム 産業の教育と現場から No.9 留学生の慶事 2010/07/07 業界コラム 産業の教育と現場から No.8 産学官連携功労者表彰を通じて学んだもの 2010/06/08 業界コラム 産業の教育と現場から No.7 若手人材育成を意識した同窓会の活用法 2010/05/12 業界コラム 産業の教育と現場から No.6ホロニックエネルギーシステムの実現に向けて 2010/04/06 業界コラム 産業の教育と現場から No.5PBL教育を通じて日本のガラパゴス化を阻止しよう! 2010/03/02 業界コラム 産業の教育と現場から No.4 ゆとり世代ついに研究室に現る ! 2010/02/09 業界コラム 産業の教育と現場から No.3 就活学生に贈るメッセージ~エネルギー作物栽培の体験から~ 2010/01/13 業界コラム 産業の教育と現場から No.2 手料理コンパと工学教育 2009/12/01 業界コラム 産業の教育と現場から No.1メンテナンスの現場から学ぶべきもの 足立 正二安藤 真安藤 繁青木 徹藤嶋 正彦古川 怜後藤 一宏濱﨑 利彦早川 美由紀堀田 智哉生田 幸士大西 公平䕃山 晶久神吉 博金子 成彦川﨑 和寛北原 美麗小林 正生久保田 信熊谷 卓牧 昌次郎万代 栄一郎増本 健松下 修己松浦 謙一郎光藤 昭男水野 勉森本 吉春長井 昭二中村 昌允西田 麻美西村 昌浩小畑 きいち小川 貴弘岡田 圭一岡本 浩和大西 徹弥大佐古 伊知郎斉藤 好晴坂井 孝博櫻井 栄男島本 治白井 泰史園井 健二宋 欣光Steven D. Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2025年5月2025年4月2025年3月2025年2月2025年1月2024年12月2024年11月2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月