関東学院大学 理工学部 准教授

堀田 智哉

2017/3     博士(工学) 東京理科大学
...もっと見る
2017/3     博士(工学) 東京理科大学
2017/4‐2020/3  関東学院大学理工学部助教
2020/4-2023/3  関東学院大学理工学部講師
2023/4     関東学院大学理工学部准教授
[専門分野] 転がり軸受工学、機械要素・機械設計、トライボロジー、材料工学

 転がり軸受 (ベアリング : Bearing) は、さまざまな機械に使用される重要な機械要素です。機械の運転状態を監視するために、振動あるいは音響を測定し、その周波数を分析および評価することが多いです。この振動は軸受に起因するものも多く、正しい評価には、軸受からどのような振動が発せられるのかをよく理解しておく必要があります。そこで、本連載では、軸受からどのような振動 (音響) が発せられるのか解説していきます。


 第5回目となる今回は、軸受の取扱い不良および損傷に起因する振動について解説します。

転がり軸受の取扱い不良に起因する振動

 転がり軸受の取扱い不良によって発生する振動には、「きずによる振動」、「ごみによる振動」、の2種類が含まれます (図1) 。

図1 転がり軸受の取扱い不良によって発生する振動

転がり軸受は、HRC60以上の非常に硬い表面を有しています。しかし、軸受を落下させたり、衝撃を加えたりするなど、誤った扱い方をすると、圧こんやきずが発生します。また、軸受に使用されているSUJ2はサビやすい材料ですので、環境や保管方法によってはサビが生じます。これらの圧こん、きずまたはサビなどが転走面や転動体の表面にある場合には、周期性のある振動が発生します。この振動の周期は回転速度に依存し、回転速度が遅くなれば、この振動周期も遅くなります。玉軸受では、きずが軌道の接触面にあるときには連続的な振動が常に発生しますが、きずが玉にある場合には、玉のスピンによって接触面が変化しますので、振動が不規則に発生します。また、軸受の洗浄が不十分である場合や、潤滑剤に異物が混入した場合には、非周期性のごみ音および振動が発生します。

きずによる振動

 軸受の仕上げ面にきず、圧こんまたはサビなどがある場合には、軸受を回転させたときにパルス的な振動が発生します。この振動は仕上げ面のきずなどの部分に転動体が衝突することによって発生する振動ですから、この振動は軸受の固有振動周波数と同じです。したがって、測定した振動波形をそのままFFT解析すれば、固有振動周波数にピークが現れます。しかし、固有振動が発生する原因はさまざまですので、そのピークの原因がきずによるものなのか、それ以外の原因によるものなのかを判別することはできません。そこで、エンベロープ処理によって、固有振動の発生周期を明らかにします。
 きずによる振動の発生周期 (損傷周波数) は、きずの場所、個数、回転速度および軸受の内部諸元などで決まります。つまり、発生周期がわかれば、軸受のどこにきずがあるのかがわかります (「軸受の寿命と振動 (2) 」でも解説しています) 。ただし、玉軸受で玉にきずがある場合には、玉のスピンによって、きずが転走面に衝突したりしなかったりしますので、振動の発生も不規則になります。また、粘度の高い潤滑油を使用した場合には、振動が減衰され、振動が小さくなることもあります。
 図2に軸受内輪にきずがある場合の振動波形の例を示します。何も処理をおこなわない場合では、さまざまな振動が含まれていますので、きずによる振動は隠れています。したがって、これをFFT解析しても、内輪損傷周波数にピークは現れません (図2 (a) )。きずによる振動を抽出するために、軸受の固有振動周波数近辺以外の振動をHPF (ハイパスフィルタ) あるいはBPF (バンドパスフィルタ) によって除去します (図2 (b) )。この時点では、低周波は除去されますので、FFT処理をしても損傷周波数は出てきません (軸受の固有振動周波数にピークが現れます) 。さらに、これをエンベロープ処理すると、内輪損傷周波数にピークが現れます (図2 (c) )。

図2 振動波形の処理によるFFT解析結果の変化
(軸受呼び : 6204, 内輪1か所に圧痕, 内輪回転数 : 1800 rpm)

 きずによる振動をなくすためには、軸受を新品に交換する、軸受に衝撃が加わらないようにする、きずの原因を調査し、対策などをとる必要があります。また、取り扱い時や保管時には十分に注意し、きず、圧こんまたはサビなどを発生させないことが重要です。

ごみによる振動

 潤滑剤中への異物の混入や、軸受の洗浄が不十分である場合には、軸受内部にごみが侵入することがあります。この異物またはごみを転走面にかみ込んだときには、きずと同じような振動が発生します。
 きずによる振動に比べてごみによる振動は、振動の大きさが一定にならず、発生も不規則になることが多いです。異物またはごみの影響は、小径玉軸受やミニチュア玉軸受で問題となることが多いです。異物やごみの侵入は転走面の圧こんの原因となり、表面起点型はく離にいたることもあります。ごみによる振動をなくすためには、潤滑剤中の異物を除去する、軸受の洗浄方式を見直す、密封装置 (接触式シールに変更するなど) を改善するなどをおこなう必要があります。

おわりに

 今回は全5回にわたり、転がり軸受の振動について解説をおこないました。ここでは主な振動のみをご紹介しましたが、実際にはさまざまな箇所から、さまざまな振動が発生しています。そのため、原因のわかる振動には対策が取れますが、実際には原因が分からないことも多くあります。本コラムで少しでも原因究明のお役に立つ点があれば幸いです。