関東学院大学 理工学部 准教授

堀田 智哉

2017/3     博士(工学) 東京理科大学
...もっと見る
2017/3     博士(工学) 東京理科大学
2017/4‐2020/3  関東学院大学理工学部助教
2020/4-2023/3  関東学院大学理工学部講師
2023/4     関東学院大学理工学部准教授
[専門分野] 転がり軸受工学、機械要素・機械設計、トライボロジー、材料工学

 転がり軸受 (ベアリング:Bearing) は、さまざまな機械などの回転軸を支える機械要素です。転がり軸受を用いることでしゅう動部分の摩擦を小さくすることができますが、完全になくすことはできません。本コラムでは、軸受内部の摩擦とその潤滑に着目し解説します。

 第5回目となる今回は、軸受のグリース潤滑について解説します。

グリース

 グリースは鉱物油や合成油などが原料の基油 (ベースオイル) に増ちょう剤や添加剤を加えた、半固体または固体状の潤滑剤です。グリースのうちの80~95wt % 程度が基油、残りの5~20wt % 程度が増ちょう剤であり、添加剤の割合はごくわずかです。
 増ちょう剤は、三次元の網目構造を形成し、その網目構造内に基油が保持されます。これによりグリースは、重力程度では流動せず、ある程度以上の外力が加わることで網目構造が壊れ、軟化するとともに流動します。グリースの柔らかさを示す指標に「ちょう度」がありますが、この数値が大きいほど柔らかいグリースであることを意味します。

 この性質から、密封装置が簡便でよく、また取扱いは簡単です。しかし、熱はグリース自体の熱伝導のみでしか取り去ることができませんので、冷却能力は低いです。そのため高速回転などの温度上昇の大きい場所では使用することができません。また、グリースを交換する場合には非常に手間がかかります。両側シールや両側シールド付き軸受などの密封形軸受では、あらかじめグリースが封入されており、グリースの補給や交換は基本的におこないません。一方、密封されていない開放形軸受では、ハウジング内部にグリースを適量充填し、一定期間毎に補給または交換します。これを充填給脂法と呼びます。また、給脂箇所の多い機械では、各給脂箇所に配管して給脂する集中給脂法も用いられています。

グリースの種類

 同種類のグリースでも銘柄によって性能が大きく異なることがありますので、グリースの選定にあたってはグリースメーカの性状データを確認するなど注意が必要です。また、原則として同一銘柄のグリース以外は混合してはいけません。異種類の増ちょう剤を使ったグリースを混合すると、グリース構造が破壊される場合があります。また、同種の増ちょう剤を使ったグリース同士であっても、配合されている添加剤などが影響しあい、グリース性能が低下することがあります。どうしても異種のグリースの混合が避けられない場合には、少なくとも同種の増ちょう剤および類似の基油をもつグリースを選定してください。

基油

 グリースの基油には、鉱油またはエステル油、合成炭化水素油およびエーテル油などの合成油が用いられます。一般に、低粘度基油のグリースは低温特性、高速性能に優れ、高粘度基油のグリースは高温および重荷重特性に優れています。

増ちょう剤

 増ちょう剤にはリチウム、ナトリウムまたはカルシウムなどの金属石けん系を使用するのが一般的です。なかでも、鉱油-リチウム石けん系グリースが最も多く使用されています。耐熱性を向上させるために、脂肪酸と有機酸との複合石けんを使用したコンプレックス (複合基) グリース、石けん系の限界を超える場合には、有機系のウレアやフッ素樹脂、無機系のベントナイト、シリカゲルなどを増ちょう剤とする非石けん系グリースなどが使用されることがあります。
 グリースの滴点は増ちょう剤の種類に大きく影響されます。滴点の高いグリースは使用上限温度も高くなります。ただし、ベントナイトなどの高滴点増ちょう剤を使用した場合でも、基油の耐熱性が低い場合には、上限温度が低くなります。
 また、ナトリウム石けんを含むグリースは、水のかかる場所や高湿度環境では乳化するため使用に適しません。さらに、ウレア系のグリースは、フッ素系材料を劣化させる恐れがありますので注意が必要です。

添加剤

 グリースには、使用目的に応じて各種の添加剤が配合されます。代表的なものに、酸化防止剤、極圧剤 (EP剤:Extreme Pressure Agents) 、防せい剤、腐食防止剤などがあります。重荷重または衝撃荷重を受ける軸受には、極圧添加剤を含んだグリースを使用します。ほとんどの転がり軸受用グリースには酸化防止剤が添加されています。

グリースの充填

添加剤

 グリースの充填量は、ハウジングの設計、空間容積、回転速度、グリースの種類などによって異なります。充填量の一般的な目安としては、軸受内部の空間容積 (外輪と内輪の間にできる空間から転動体と保持器の体積を引いた容積) に対して30〜40 % 、ハウジングへは空間容積の30〜60 % とされていますが、高速回転の場合には15 % 程度まで減らすこともあります。グリースの充填量が多過ぎるとかく拌抵抗や温度上昇が大きくなり、グリースの軟化や酸化などが発生します。その結果、グリース漏れなどを招きます。また、極低速の場合、防じん、防水などの面からフルパック (空間容積すべてにグリースを充填した状態) に近い状態で使用することもあります。なお、軸受内の空間容積とは、図1に示すように軸受外郭寸法の容積から、内輪、外輪、ころおよび保持器を除いた空間を指します。軸受内の空間容積の概略値は式 (1) で求めることができます。

\begin{equation} V=K\cdot W \tag{1} \end{equation}

 \(V\):開放形軸受の空間容積 (概略値) [cm3]
 \(K\):軸受空間係数 (表1参照)
 \(W\):軸受の質量 [kg]

図1 空間容積
表1 軸受形式と空間係数
軸受形式 保持器形式 \(K\)
深溝玉軸受 打抜き保持器 61
円筒ころ軸受 (NU形) 打抜き保持器
もみ抜き保持器
50
36
円筒ころ軸受(N形) 打抜き保持器
もみ抜き保持器
55
37
円筒ころ軸受 打抜き保持器 46
総ころ形針状ころ軸受 打抜き保持器
もみ抜き保持器
35
28

 軸受へのグリースの充填は、グリースガンやシリンジなどを用いておこないます。規定量を封入し、封入後は手で軸受を回転させ、しゅう動部に満遍なくグリースが行き渡るようにしてください。

グリースの寿命

 密封玉軸受のグリース寿命を推定するために、式 (2) および式 (3) に示す実験式が使われています。

汎用グリース (基油が鉱油)

\begin{equation} log t=6.54-2.6\frac{n}{N_{max}}-(0.025-0.012\frac{n}{N_{max}})T \tag{2} \end{equation}

ワイドレンジグリース (基油が合成油)

\begin{equation} log t=6.12-1.4\frac{n}{N_{max}}-(0.018-0.006\frac{n}{N_{max}})T \tag{3} \end{equation}

 \(t\):平均グリース寿命[h]
 \(n\):軸受の回転速度[min-1]
 \(N_{max}\):グリース潤滑の許容回転数[min-1]
 \(T\):軸受の運動温度[ ℃ ]
 ※\(n / N_{max}\)≦0.25となる場合は\(n / N_{max}\)=0.25とする。また、\(T\)<40 ℃ の場合は\(T\)=40 ℃ とする。

次回は、軸受の潤滑剤について解説します。

本コラムは全6回を予定しています。次回は8月号に掲載予定です。