株式会社新興技術研究所 熊谷会長様のご好意による「生産性向上とメカトロニクス技術講座」の 24 回目です。前号に引き続き「巧妙性が面白い第 2 世代・メカニカルカムのシステム」から「メカニカルカムの使用目的別分類と機能」を紹介します。
メカニカルカムの使用目的別分類と機能(その4)
2-4 巧妙性が面白い第 2 世代・メカニカルカムのシステム
全領域数式実現型カムおよびその他のカム機構
前回はポイント・ツウ・ポイントカムの「正規化」について述べましが、今回は全領域数式実現型カムおよびその他のカム機構について簡単に解説します。
《数式実現型 カム》
カムの使用目的分類で「全領域数式実現型」と呼ぶべきものがあります。典型的な例はズームレンズ駆動カムです。
図 2-61 に示すのは或るカメラの撮影レンズのレンズ構成で中央部に 2 枚セットになったレンズが二組あるのでレンズの全枚数は 9 枚ですが「7 群 9 枚構成」というような呼び方をします。

ズームレンズでは 9 群 15 枚構成など、さらに複雑な構成になります。
しかしこれらのレンズを役目ごとに分類すると図 2-62 のように、フォーカシング用、バリエータ用、コンペンセータ用とリレー用の 4 グループに分かれます(3 グループ構成もあります)。

【フォーカシングレンズ群】
対象物にピントを合わせるために前後に動かすレンズ群で、ズーミングに関係なく働きます。
【バリエータレンズ群】
像の大きさを変えるズーミングのために動かします。
【コンペンセータレンズ群】
バリエータレンズと連動して動き、ピントのずれや画像の収差を補正します。
【リレーレンズ群】
上記の 3 群によってできた像を像面に結像させるための中継動作をします。
例えば野球場の全景から選手のクローズアップまで画像のサイズを変更するためにはバリエータレンズ群とコンペンセータレンズ群とを厳密に正確な相互距離を実現するように駆動する必要があります。その移動量は精密な光学計算によっているので、バリエータレンズの移動可能な全範囲に亘ってコンペンセータレンズを正確に必要量だけ駆動しなければなりません。数式で計算された所定の移動量に対して 1/100mm の誤差も許されません。
これに使うカムの構成は幾つかありますが、簡単に考えればレンズの外筒に刻んだ精密カム溝に対して、直進スライドするための直線溝を持った内筒にカムフォロワーを持たせ、外筒を回転するとそのカム溝によってカムフォロワーが前後に直進運動をするように設定して、このカムフォロワーにバリエータとコンペンセータをそれぞれ持たせたレンズ筒を取り付けておくのです。(図 2-63A 参照)

図では 1 個のカムフォロワーを 3 か所に分けて描いてありますが同一のものです。カムフォロワーはバリエータに 2 個、コンペンセータに 2 個取り付けてあると考えてください(現実には耐久性・精度保持などに配慮して 3 個以上のカムフォロワーを用いる例が多いようです)。バリエータに取り付けたカムフォロワーが直進ガイド用内筒の直線溝と、ズーム操作用外筒の内面のバリエータ用カム溝に同時に挿入されています。外筒を回転するとバリエータ用カム溝と内筒の直線溝の交点が前後に直進するので、バリエータ全体が前後に直進するのです。
コンペンセータも全く同じ機構で外筒の回転によって直進動作します。

全体の構造は図 2-63B に示すようになっていて、フォーカシング操作用外筒を回転して被写体にピントを合わせ、ズーム操作用外筒を回して画像の大きさを調整するわけで、このズーム操作で駆動されるバリエータとコンペンセータとが、完全に光学数式に一致した動作をしなければなりません。
つまりズーミング駆動の「全領域に亘って数式を実現」するカム機構なのです。
往年のライカをはじめとする 35mm フイルムを用いたカメラの場合、三角測量式の距離計とレンズのフォーカシングとを連動させた「距離計連動カメラ」がもてはやされた時代があり、これにも全領域に亘って数式を実現するカム機構が組み込まれていました。
図 2-64 に原理図を示します。被写体を半透明鏡経由で見るとき、可動ミラーから来る光も見えるので目には被写体が二重像になって見えますが、可動ミラーをうまく動かして両方の光の角度を合わせればピタリと重なって二重でなく一つの像に見えるようになります。そのための可動ミラーの移動角度と、ピント合わせのための撮影レンズの繰り出し量とはいずれも光学計算で正確に算定されます。したがってピント合わせ用のレンズの駆動と可動ミラーの角度調整量とをメカニカルにカムを用いて連動しておけば、手でレンズを動かすことで可動ミラーも動かされ、二重像が重なって一つに見えるようになったところで完全にピントが合うわけです。これも全領域に亘って光学計算式に則った動作をさせるカム機構です。

《動作拡大・縮小型カムなど、その他のカム》
例えば洗面所の水栓などでは、一般にハンドルやレバーを用いて水流の開閉を行っていますが、ほとんどの場合均等変換機構を用いているので流量最大に対して、最小にする微調整が極めて難しいことが多いのです。 ネジを使った場合、通常ハンドルを一回転緩めて毎秒 360ml の水流が得られるとすると、ハンドルを 10° 緩めることで毎秒 10ml の水流になります。(図 2-65A 参照)
もし極微少量の点滴のような流量、例えば毎秒 0.1ml を望んでもこの方式では不可能に近いでしょう。
逆にネジのリードを小さくしてハンドルを 10° 緩めて毎秒 0.1ml を実現できたとすると、ハンドルを 10 回転緩めても毎秒 36ml の水流しか得られないことになってしまいます。
このような場合、必要であればネジではなくカムを用いて流量特性を図 2-65B のようにすることで、微少流量での分解能を稼ぎながらハンドルの一回転で最大流量を得られるようにすることが可能なはずです(ズームレンズ用のカムに似た構成でできるはずですが市販されていないようです)。

この例に限らず、カムを使えば入力ストロークと出力ストロークとの変換比率を必要な場所では大きく、または小さくして粗調整から微調整まで自在に応用できます。
これらは、目的分類として、入力動作に対する出力動作の「拡大・縮小用のカム機構」に分類され、カム曲線の作り方次第で拡大・縮小率を任意に設定できるので動作特性の微細調整などに有効に使われてきました。

上記のほか、往年のカメラのシャッター機構をはじめとして、玩具にも、昔からあるカラクリにも、カム機構はいろいろな工夫によって組み込まれてきました。これらについてはかなり興味を引かれますが、講座の目的にそぐわないので別稿に譲ることとし、ここでは生産システムに組み込まれた一例として、オルゴールの音源となっている振動板(写真2-9)の音程調整でカムを用いたシステムの例を紹介することにします。

振動板の音程調整の予備工程では、各振動弁の音程を合わせるために研削をして質量を減らすことで、自己振動数を次第に高音にして目的の音程に合わせます。図 2-66 はその研削量の設定にカムを用いた例です。目的の音程によって、カムの回転角をセットして各々の振動弁の押し下げ量を設定した状態で、下側から研削して質量を減らします。
研削ユニットのストロークは常に一定なので押し下げ量ゼロの振動弁は殆ど研削されません。
振動板はこれで完成ではなく、この後の工程で各振動弁について厳密な音程調整を行います。その方法はそれぞれの振動弁を振動させて自己振動数を正確に測定し、正しい音程になるまで特殊研削することになりますが詳細は別稿に譲ります。
次回は生産性向上の 4 手法について解説します。
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