株式会社新興技術研究所 熊谷会長様のご好意による「生産性向上とメカトロニクス技術講座」の 30 回目です。第 3 章「生産性向上の 4 手法」を終え第 4 章「フレキシビリティが面白いインフォメーションカム」に入ります。
当月は「同一品種のための同一動作・ワーク側の斉一性に頼ったシステム」と「メカニカルカムの機能の抽象化と再具現化・力と情報の分離」について紹介します。
同一品種のための同一動作・ワーク側の斉一性に頼ったシステム
さてここでもう一度巧妙性実現の手段群を思い出してみましょう。
ヒンジとスライドによるメカニカルな巧妙性実現からカムによる高度の巧妙性実現までありました。そこで作業ユニットとしての生産の条件を考えてみますと、いずれも一品種専用のシステムと考えられます。
例えばトグルによる終端増力を用いた作業ユニットでは、終端で強力な力を出しますが、ワークの寸法が少し小さすぎると空振りになってしまいますし、ワークの寸法が少し大きすぎると十分な増力効果が得られません。 まして、図 2-49、図 2-50 などで説明した細いドリルによる深穴あけユニットなどでは、極めて巧妙性に富んだ動作特性を持っていますが、ワークの材質の硬さが少し増しただけで既存のカム曲線ではうまく穴あけができなくなってしまいます。そうなると、もう一度ベテラン作業員に手動で穴あけをしてもらって、これをビデオに録り、改めてカムの作り直しをすることになります。ワークの材質に変化がなくても、ドリルの切れ味は次第に悪くなってくるので、ある段階でドリルの交換をする必要が出てきます。
また、日常の品種切換えを考えても、ワークの寸法、材質、ドリルの直径、必要穴深さなどに応じてそれぞれの対応カムを用意しておき、品種切換えの都度、装置を止めてカムとドリルの交換をすることになるのは当然です。仮に穴径は一定でドリルの交換がいらない場合でも、最小限カムだけは交換しなければなりません。

例えば図 4-1 のような同一直径の深穴をあけるにしても穴深さが少し異なるだけでこれに使うカム曲線はそれぞれ異なったものとなり、品種切換えの度に装置を止めてカムを交換しなければなりません。
更に、新しい品種のワークが出てきた場合は、もう一度カムを作り直すことになります。
この、カムの作り直しも大変です。カムは一般に硬く焼き入れしておかなければすぐに損傷してしまいます。ベテランの作業員が行った通りの動作特性曲線を真似して、例えば 4 回ドリルの抜き差しをするカムを作ったとします。
ところが何回か試運転してみて、“3 回目のドリル推進時にドリルに少し無理がかかっているようだ”、などということが分かったとすると、
① もう一度タイミングチャートのカム曲線を少し修正して、CAD・CAM のデータに直し、
② 新しい材料を切削してカムの基本形状を作り、
③ 焼き入れ研磨して新しいカムを作る
ことになります。
数式通りに作る「数式実現型カム」ならほとんどの場合これでいいはずですが、「巧妙性実現のカム」の場合は、往々にして「この部分をもう少し修正したい」などということが発生します。微少な研磨修正などで済めばいいのですが、肉盛りとなると簡単にはいきません。やはりゼロから作り直しになる可能性が大きいのです。
その代わり、一度カムが完成したら、同一条件であれば極めて長期に亘って安定した巧妙性作業ができます。
ただし「同一条件であれば」ということです。
ワーク側の斉一性
同一品種の生産でもワークの寸法・材質などとともに、ドリルの切れ味にも変化があっては困ります。
人間であれば「少し切れ味が落ちたようだから推進速度をやや遅めにしよう」などと手加減する可能性がありますが、カム駆動の場合は全く不可能です。
以前、W・T・MACS について、どこからフィードバック信号をとるかは重要な問題と述べました。それは
「自動化システムは、フィードバック信号を得るためにセンサが検出した要素よりワーク側(ブロック図で左側)の状況は一切関知しない」ということでした。
システムが「関知しない」ということは、ユーザが常に一定に保っておかなければならないということです。
つまり、「フィードバック信号を取った場所よりワーク側」の条件の「斉一性を保つ」ことが自動化システムを順調に稼働させるための必要条件なのです。

そのために、
① 例えば加工前のワークの検査工程があり、材質・寸法が一定条件になるように保ちます。
② 一方でドリルの切れ味を一定に保つために、経験的に、「このワークの材質でこのドリルなら、一度研ぎなおせば 200 個の加工ができる」ということが分かっていれば、システムの動作カウンターを付けておいて、150 回の動作でブザーを鳴らして保守要員にドリルの交換をさせるなどの、予防保全手法を用います。
ワークの検査工程とツールの予防保全は、自動化システムが的確に稼働するためのワーク・ツール側条件の斉一性を保証するための手法なのです。
メカニカルカムの機能の抽象化と再具現化・力と情報の分離
以上述べた通り、カム駆動システムは長期間にわたって非常に安定した生産動作をする極めて優秀なシステムですが、その中心をなすカムの製作・修正には大変てこずります。
当然、何とかもっと簡便に製作・修正のできる方式はないかという疑問が出てきます。
例えば簡単に鋏で切って作れないだろうか? ということを考えても不思議ではありません。
一見、「そんなことが出来るわけがない!」ということでも、もう一度考え直すのが有効な場合があります。
何か新しい物事を生み出すのに、「アイデア捻出のための手法」と言われる手法を書物などでよく目にします。
曰く「逆転の発想をしてみよ」、曰く「物事を別の立場から見直してみよ」、曰く「全く別の世界(他の業界から生物界まで)の事例を応用してみよ」・・・などなどいろいろあるようです。
筆者の経験ではこれらの手法と少し違って「抽象化と再具現化」とでもいう手法を用いることが極めて有効でした。今回もこれを試みることにしてみます。
1 )現在の事象の抽象化
この手法は、まず現在の事象を抽象化してみることから始めます。
「カム」を抽象化してみますと、「巧妙性実現のための有力なメカニズムである」という抽象化もありますが、ここではカムの持つ機能を抽象化してみます。
前述の通り、カムは殆どの場合カチンカチンに焼き入れして研磨してあります。
なぜか考えてみますと、基本的にカムとカムフォロワーとの接触部分は「線接触」で、理想的には接触幅ゼロですが現実にはゼロでは無理ですからいくらかの幅を持ちます。
今、平カムの厚さを 10mm、接触幅 0.01mm と仮定すると、接触面積は 0.1mm2 となります。
ここに図 2-50 のようにユニット駆動力が集中するわけで、仮にユニットの重量が 10kg とすると、カムとカムフォロワーの材料強度を 1000N/mm2 にしておかなければ保てません。
勿論カムの厚さを厚くする、カムフォロワーの直径を大きくする、などの方法もありますが、これらの方法に加えて材料強度を上げておかなければならない場合がほとんどです。
つまりカムに必要な機能の一つは「力の伝達能力」なのです。
しかし、「力の伝達能力」だけあればいいわけではありません。
当然、極めて重要な「タイミングチャートの実現」が出来なければ何の価値もありません。
ここでタイミングチャートとは何かを考えてみると、それは或る時刻にツールの先端がどこに行っているべきか、を表す情報です。
つまりカムのもう一つの機能は「時刻/位置の関係情報」を持っていることです。
カムの機能の抽象化は、「力と情報」であると言ってよさそうです。
2 )別の事象の抽象化
さて、「力と情報」を使ったシステムは他にもいろいろありそうです。
例えば庭を美しく構成する造園業を考えてみましょう。
昔、あるお屋敷の持ち主 A 氏が、庭の再構成を頼んだら、庭師の親方が来て半日、庭を眺めてタバコを吸っていたそうです。
A 氏 「親方、ずーっとそうやっているけど何しているんですか?」
親方 「いや、まるでただ遊んでいるように思えるかもしれない。しかし、今は初夏だからあちこちの木に緑が多く、草花もきれいに咲いている。だが、秋になってあそこの銀杏が黄色くなってこっちの池のへりに落ち葉がたまったらどうか。冬になって雪が積もってきたらあそこに置いてある石の位置はどうか。春の梅・桃・桜の花のバランスはこれでいいか。という具合に一年を通して庭の美観を考えているんですよ。」
と答えたとの話があります。つまり半日庭を眺めた親方の頭の中には、年間を通した庭の美観を保つための素晴らしい情報が得られたわけです。
もし、その親方が大変な力持ちであれば、
とばかり、一人で一挙に造園作業ができてしまうわけですが、多くの場合親方は力持ちではないので、代わりに力の強い従者を使って、“石を移動せよ”、“木を植え替えよ”、と命令します。
ここでは親方の持つ「情報」と、それに従って動いてくれる従者(Servant)の「力」とがうまく連動することで美しい庭が構成できるのです。(図 4-2 参照)

3)抽象化したカムの再具現化
「これはいい! そうだ、カムのシステムにも従者を使えばいいのだ!」となります。
しかし、我々メカトロシステム屋は人間の従者「Servant」を使うわけにはいきません、使うのは機械の「従者」です。
情報を持った「親方の命令」に素直に従って力強く動く「機械の従者」のことをサーボ「Servo」と言います。(Servant と同じ語源だそうです)
こうすれば、親方は情報だけ持っていて、それによって命令だけすればいいわけです。

つまり、カムの持つ「力」と「情報」とを手分けして図 4-3 のようにコントローラはカム曲線の情報だけを持ち、それに基づく駆動命令を、力の強いサーボ系のアクチュエータに与えて、情報通りにツールを駆動するのです。
ここでアクチュエータは当然「可変速型アクチュエータ」であり、コントローラは情報通りにパルス数や電流値などを命令として出力する「数量型コントローラ」となります。
図 4-3 ではメカニズムが上段の「均等変換型」に属する「送りねじ」となっています。その理由は、“従者は親方の命令通りに素直に動いてほしい” からなのです。
もちろんひねくれ者の従者でも使いこなす方法はあるでしょう。この場合、
などと、親方は従者の癖を考えて命令しなければなりません。
同様にメカニズムにクランク機構のような不均等変換メカニズムが使われていると、
と思ってもクランク機構の高速部になってしまうので、予定のカム曲線よりさらに大きく速度を落とすようにカム曲線情報を修正する必要が出て来たりします。
その意味で、素直に動く「均等変換メカニズム」を使うのが便利なのです。(不均等変換メカニズムを使っていけない、というわけではありません)
不均等変換型メカニズムを用いたロボットの一例にスカラ型ロボットがあります。
その開発段階で、機構部分はかなり早くできたのですがソフトウエアが大変でした。
スカラ型ロボットは肩関節とひじ関節との組み合わせが基本です。
それぞれの関節単体では「均等変換メカニズム」ですが、組み合わせるとかなり厄介な「不均等変換メカニズム」になってしまうのです。
簡単に考えてわかる通り、肘を曲げた状態で肩関節のモータを 1 パルス駆動したときと、肘を伸ばした状態での 1 パルス駆動とは同じ 1 パルスでもツールの移動量が全く異なります。
一応使い物になる駆動ソフトウエアの開発に 10 年以上かかったたことも理解できます。
ということで、コントローラとして「情報(インフォーメーション)だけ持ったカム」による「インフォーメーションカム・システム」という概念が導入されます。
巧妙性実現の第 3 世代「インフォーメーションカム・システム」の登場です。
次回はこのインフォーメーション・カムについて詳しく解説します。
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