2017/06/06 業界コラム 熊谷 卓 4 フレキシビリティが面白いインフォメーションカム(1) 株式会社 新興技術研究所 取締役会長 熊谷 卓 1955年03月 東京大学工学部精密工学科卒業...もっと見る 1955年03月 東京大学工学部精密工学科卒業 1955年04月 マミヤ光機株式会社入社 1962年11月 技術士国家試験合格・機械部門技術士登録 1963年03月 株式会社 新興技術研究所設立 代表取締役就任、現在 同社取締役会長(業務内容:自動組立機をはじめ各種自動化設備機器等の開発・製作・技術指導) 【歴任】 米国・欧州自動化技術視察団コーディネータ 8 回 自動化推進協会 理事・副会長 精密工学会 自動組立専門委員会 常任幹事 日本技術士会 理事・機械部会長 中小企業大学校講師 日本産業用ロボット工業会 各種委員 神奈川大学講師 自動化推進協会理事 高度職業能力開発促進センター講師 等を歴任 【業績】 著書 自動化機構300選(日刊工業新聞社)、メカトロニクス技術認定試験教本(工業調査会)ほか多数 講演 アジア生産性機構講演で自動化システムを W・T・MACS で表示・解析を提示(世界初)ほか多数 論文 自動化システムのデバッギング理論「チェック機構と最適稼働率」が欧州年間論文大賞にノミネイトほか多数 発明 メカトロニクス技術実習モジュールの発明、地震予知システム「逆ラジオ」の発明ほか多数 株式会社新興技術研究所 熊谷会長様のご好意による「生産性向上とメカトロニクス技術講座」の 30 回目です。第 3 章「生産性向上の 4 手法」を終え第 4 章「フレキシビリティが面白いインフォメーションカム」に入ります。 当月は「同一品種のための同一動作・ワーク側の斉一性に頼ったシステム」と「メカニカルカムの機能の抽象化と再具現化・力と情報の分離」について紹介します。 同一品種のための同一動作・ワーク側の斉一性に頼ったシステムさてここでもう一度巧妙性実現の手段群を思い出してみましょう。 ヒンジとスライドによるメカニカルな巧妙性実現からカムによる高度の巧妙性実現までありました。そこで作業ユニットとしての生産の条件を考えてみますと、いずれも一品種専用のシステムと考えられます。 例えばトグルによる終端増力を用いた作業ユニットでは、終端で強力な力を出しますが、ワークの寸法が少し小さすぎると空振りになってしまいますし、ワークの寸法が少し大きすぎると十分な増力効果が得られません。 まして、図 2-49、図 2-50 などで説明した細いドリルによる深穴あけユニットなどでは、極めて巧妙性に富んだ動作特性を持っていますが、ワークの材質の硬さが少し増しただけで既存のカム曲線ではうまく穴あけができなくなってしまいます。そうなると、もう一度ベテラン作業員に手動で穴あけをしてもらって、これをビデオに録り、改めてカムの作り直しをすることになります。ワークの材質に変化がなくても、ドリルの切れ味は次第に悪くなってくるので、ある段階でドリルの交換をする必要が出てきます。 また、日常の品種切換えを考えても、ワークの寸法、材質、ドリルの直径、必要穴深さなどに応じてそれぞれの対応カムを用意しておき、品種切換えの都度、装置を止めてカムとドリルの交換をすることになるのは当然です。仮に穴径は一定でドリルの交換がいらない場合でも、最小限カムだけは交換しなければなりません。 図 4-1 細いドリルによる深穴開け対応品種の例例えば図 4-1 のような同一直径の深穴をあけるにしても穴深さが少し異なるだけでこれに使うカム曲線はそれぞれ異なったものとなり、品種切換えの度に装置を止めてカムを交換しなければなりません。 更に、新しい品種のワークが出てきた場合は、もう一度カムを作り直すことになります。 この、カムの作り直しも大変です。カムは一般に硬く焼き入れしておかなければすぐに損傷してしまいます。ベテランの作業員が行った通りの動作特性曲線を真似して、例えば 4 回ドリルの抜き差しをするカムを作ったとします。 ところが何回か試運転してみて、“3 回目のドリル推進時にドリルに少し無理がかかっているようだ”、などということが分かったとすると、 ① もう一度タイミングチャートのカム曲線を少し修正して、CAD・CAM のデータに直し、 ② 新しい材料を切削してカムの基本形状を作り、 ③ 焼き入れ研磨して新しいカムを作る ことになります。 数式通りに作る「数式実現型カム」ならほとんどの場合これでいいはずですが、「巧妙性実現のカム」の場合は、往々にして「この部分をもう少し修正したい」などということが発生します。微少な研磨修正などで済めばいいのですが、肉盛りとなると簡単にはいきません。やはりゼロから作り直しになる可能性が大きいのです。 その代わり、一度カムが完成したら、同一条件であれば極めて長期に亘って安定した巧妙性作業ができます。 ただし「同一条件であれば」ということです。 ワーク側の斉一性同一品種の生産でもワークの寸法・材質などとともに、ドリルの切れ味にも変化があっては困ります。 人間であれば「少し切れ味が落ちたようだから推進速度をやや遅めにしよう」などと手加減する可能性がありますが、カム駆動の場合は全く不可能です。 以前、W・T・MACS について、どこからフィードバック信号をとるかは重要な問題と述べました。それは 「自動化システムは、フィードバック信号を得るためにセンサが検出した要素よりワーク側(ブロック図で左側)の状況は一切関知しない」ということでした。 システムが「関知しない」ということは、ユーザが常に一定に保っておかなければならないということです。 つまり、「フィードバック信号を取った場所よりワーク側」の条件の「斉一性を保つ」ことが自動化システムを順調に稼働させるための必要条件なのです。 図 1-17(a) W・T・MACS の要素分類(再掲載)そのために、 ① 例えば加工前のワークの検査工程があり、材質・寸法が一定条件になるように保ちます。 ② 一方でドリルの切れ味を一定に保つために、経験的に、「このワークの材質でこのドリルなら、一度研ぎなおせば 200 個の加工ができる」ということが分かっていれば、システムの動作カウンターを付けておいて、150 回の動作でブザーを鳴らして保守要員にドリルの交換をさせるなどの、予防保全手法を用います。 ワークの検査工程とツールの予防保全は、自動化システムが的確に稼働するためのワーク・ツール側条件の斉一性を保証するための手法なのです。 メカニカルカムの機能の抽象化と再具現化・力と情報の分離以上述べた通り、カム駆動システムは長期間にわたって非常に安定した生産動作をする極めて優秀なシステムですが、その中心をなすカムの製作・修正には大変てこずります。 当然、何とかもっと簡便に製作・修正のできる方式はないかという疑問が出てきます。 例えば簡単に鋏で切って作れないだろうか? ということを考えても不思議ではありません。 一見、「そんなことが出来るわけがない!」ということでも、もう一度考え直すのが有効な場合があります。 何か新しい物事を生み出すのに、「アイデア捻出のための手法」と言われる手法を書物などでよく目にします。 曰く「逆転の発想をしてみよ」、曰く「物事を別の立場から見直してみよ」、曰く「全く別の世界(他の業界から生物界まで)の事例を応用してみよ」・・・などなどいろいろあるようです。 筆者の経験ではこれらの手法と少し違って「抽象化と再具現化」とでもいう手法を用いることが極めて有効でした。今回もこれを試みることにしてみます。 1 )現在の事象の抽象化 この手法は、まず現在の事象を抽象化してみることから始めます。 「カム」を抽象化してみますと、「巧妙性実現のための有力なメカニズムである」という抽象化もありますが、ここではカムの持つ機能を抽象化してみます。 前述の通り、カムは殆どの場合カチンカチンに焼き入れして研磨してあります。 なぜか考えてみますと、基本的にカムとカムフォロワーとの接触部分は「線接触」で、理想的には接触幅ゼロですが現実にはゼロでは無理ですからいくらかの幅を持ちます。 今、平カムの厚さを 10mm、接触幅 0.01mm と仮定すると、接触面積は 0.1mm2 となります。 ここに図 2-50 のようにユニット駆動力が集中するわけで、仮にユニットの重量が 10kg とすると、カムとカムフォロワーの材料強度を 1000N/mm2 にしておかなければ保てません。 勿論カムの厚さを厚くする、カムフォロワーの直径を大きくする、などの方法もありますが、これらの方法に加えて材料強度を上げておかなければならない場合がほとんどです。 つまりカムに必要な機能の一つは「力の伝達能力」なのです。 しかし、「力の伝達能力」だけあればいいわけではありません。 当然、極めて重要な「タイミングチャートの実現」が出来なければ何の価値もありません。 ここでタイミングチャートとは何かを考えてみると、それは或る時刻にツールの先端がどこに行っているべきか、を表す情報です。 つまりカムのもう一つの機能は「時刻/位置の関係情報」を持っていることです。 カムの機能の抽象化は、「力と情報」であると言ってよさそうです。 2 )別の事象の抽象化 さて、「力と情報」を使ったシステムは他にもいろいろありそうです。 例えば庭を美しく構成する造園業を考えてみましょう。 昔、あるお屋敷の持ち主 A 氏が、庭の再構成を頼んだら、庭師の親方が来て半日、庭を眺めてタバコを吸っていたそうです。 A 氏 「親方、ずーっとそうやっているけど何しているんですか?」 親方 「いや、まるでただ遊んでいるように思えるかもしれない。しかし、今は初夏だからあちこちの木に緑が多く、草花もきれいに咲いている。だが、秋になってあそこの銀杏が黄色くなってこっちの池のへりに落ち葉がたまったらどうか。冬になって雪が積もってきたらあそこに置いてある石の位置はどうか。春の梅・桃・桜の花のバランスはこれでいいか。という具合に一年を通して庭の美観を考えているんですよ。」 と答えたとの話があります。つまり半日庭を眺めた親方の頭の中には、年間を通した庭の美観を保つための素晴らしい情報が得られたわけです。 もし、その親方が大変な力持ちであれば、 「よし、この石を 5 メートルほど東へ移して 60 度ほど右へ回そう。あの楓を 2 本抜き取って池の南側に植え替えよう。」 とばかり、一人で一挙に造園作業ができてしまうわけですが、多くの場合親方は力持ちではないので、代わりに力の強い従者を使って、“石を移動せよ”、“木を植え替えよ”、と命令します。 ここでは親方の持つ「情報」と、それに従って動いてくれる従者(Servant)の「力」とがうまく連動することで美しい庭が構成できるのです。(図 4-2 参照) 図 4-2 従者を使うシステム3)抽象化したカムの再具現化 「これはいい! そうだ、カムのシステムにも従者を使えばいいのだ!」となります。 しかし、我々メカトロシステム屋は人間の従者「Servant」を使うわけにはいきません、使うのは機械の「従者」です。 情報を持った「親方の命令」に素直に従って力強く動く「機械の従者」のことをサーボ「Servo」と言います。(Servant と同じ語源だそうです) こうすれば、親方は情報だけ持っていて、それによって命令だけすればいいわけです。 図 4-3 情報だけを持ったカムによる駆動システム「インフォーメーションカム・システム」つまり、カムの持つ「力」と「情報」とを手分けして図 4-3 のようにコントローラはカム曲線の情報だけを持ち、それに基づく駆動命令を、力の強いサーボ系のアクチュエータに与えて、情報通りにツールを駆動するのです。 ここでアクチュエータは当然「可変速型アクチュエータ」であり、コントローラは情報通りにパルス数や電流値などを命令として出力する「数量型コントローラ」となります。 図 4-3 ではメカニズムが上段の「均等変換型」に属する「送りねじ」となっています。その理由は、“従者は親方の命令通りに素直に動いてほしい” からなのです。 もちろんひねくれ者の従者でも使いこなす方法はあるでしょう。この場合、 「庭石を南に向けて据えたいが、ひねくれ者の従者だから、わざと “北向きに据えろ” と命令しよう」 などと、親方は従者の癖を考えて命令しなければなりません。 同様にメカニズムにクランク機構のような不均等変換メカニズムが使われていると、 「ストロークの中間部分で低速にしたい」 と思ってもクランク機構の高速部になってしまうので、予定のカム曲線よりさらに大きく速度を落とすようにカム曲線情報を修正する必要が出て来たりします。 その意味で、素直に動く「均等変換メカニズム」を使うのが便利なのです。(不均等変換メカニズムを使っていけない、というわけではありません) 不均等変換型メカニズムを用いたロボットの一例にスカラ型ロボットがあります。 その開発段階で、機構部分はかなり早くできたのですがソフトウエアが大変でした。 スカラ型ロボットは肩関節とひじ関節との組み合わせが基本です。 それぞれの関節単体では「均等変換メカニズム」ですが、組み合わせるとかなり厄介な「不均等変換メカニズム」になってしまうのです。 簡単に考えてわかる通り、肘を曲げた状態で肩関節のモータを 1 パルス駆動したときと、肘を伸ばした状態での 1 パルス駆動とは同じ 1 パルスでもツールの移動量が全く異なります。 一応使い物になる駆動ソフトウエアの開発に 10 年以上かかったたことも理解できます。 ということで、コントローラとして「情報(インフォーメーション)だけ持ったカム」による「インフォーメーションカム・システム」という概念が導入されます。 巧妙性実現の第 3 世代「インフォーメーションカム・システム」の登場です。 次回はこのインフォーメーション・カムについて詳しく解説します。 株式会社新興技術研究所 熊谷 卓 による「生産性向上とメカトロニクス技術講座」は、クリエイティブ・コモンズ 表示 – 非営利 – 継承 2.1 ライセンスの下に提供されています。 Creative Commons Attribution-NonCommercial-ShareAlike 2.1 Japan License この記事に関するお問い合わせはこちら 問い合わせする 株式会社 新興技術研究所 取締役会長 熊谷 卓さんのその他の記事 2018/06/05 業界コラム 5 これから面白くなる自動化の考え方・第 4 世代のシステムへ(6) 2018/05/09 業界コラム フィードバックシステムの巧妙性実現からその先へ(その1) 2018/04/03 業界コラム 文学的表現から工学的表現にしてシステムを構築 2018/03/06 業界コラム 真の巧妙性を駆使するベテラン作業員の説明 2018/02/06 業界コラム 第 4 世代のシステムの実例 2018/01/10 業界コラム ベテラン作業員の頭の中はカム曲線の集合か? 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Glaser杉田 美保子田畑 和文タック 川本竹内 三保子瀧本 孝治田中 正人内海 政春上島 敬人山田 明山田 一米山 猛吉田 健司結城 宏信 2024年10月2024年9月2024年8月2024年7月2024年6月2024年5月2024年4月2024年3月2024年2月2024年1月2023年12月2023年11月2023年10月2023年9月2023年8月2023年7月2023年6月2023年5月2023年4月2023年3月2023年2月2023年1月2022年12月2022年11月2022年10月2022年9月2022年8月2022年7月2022年6月2022年5月2022年4月2022年3月2022年2月2022年1月2021年12月2021年11月2021年10月2021年9月2021年8月2021年7月2021年6月2021年5月2021年4月2021年3月2021年2月2021年1月2020年12月2020年11月2020年10月2020年9月2020年8月2020年7月2020年6月2020年5月2020年4月2020年3月2020年2月2020年1月2019年12月2019年11月2019年10月2019年9月2019年8月2019年7月2019年6月2019年5月2019年4月2019年3月2019年2月2019年1月2018年12月2018年11月2018年10月2018年9月2018年8月2018年7月2018年6月2018年5月2018年4月2018年3月2018年2月2018年1月2017年12月2017年11月2017年10月2017年9月2017年8月2017年7月2017年6月2017年5月2017年4月2017年3月2017年2月2017年1月2016年12月2016年11月2016年10月2016年9月2016年8月2016年7月2016年6月2016年5月2016年4月2016年3月2016年2月2016年1月2015年12月2015年11月2015年10月2015年9月2015年8月2015年7月2015年6月2015年5月2015年4月2015年3月2015年2月2015年1月2014年12月2014年11月2014年10月2014年9月2014年8月2014年7月2014年6月2014年5月2014年4月2014年3月2014年2月2014年1月2013年12月2013年11月2013年10月2013年9月2013年8月2013年7月2013年6月2013年5月2013年4月2013年3月2013年2月2013年1月2012年12月2012年11月2012年10月2012年9月2012年8月2012年7月2012年6月2012年5月2012年4月2012年3月2012年2月2012年1月2011年12月2011年11月2011年10月2011年9月2011年8月2011年7月2011年6月2011年5月2011年4月2011年3月2011年2月2011年1月2010年12月2010年11月2010年10月2010年9月2010年8月2010年7月2010年6月2010年5月2010年4月2010年3月2010年2月2010年1月2009年12月