スペイン語通訳・翻訳 / スペイン語講師

杉田 美保子

スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。...もっと見る スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。
石川県金沢市でスペインの生活や、スペイン語の楽しさを細々と伝授中。「故郷」バルセロナとはリモートでの繋がりが中心となっている中、余暇に畑を耕したりしながら、日本の生活も楽しんでいる。
京都のバルセロナ文化センターのスタッフとしても、どのようにしてスペイン語の面白さをみなさんに伝えられるか、日々模索中。

スペインの教育文化スポーツ省認定のスペイン語能力試験 DELE の C1(上級)所持。

“ 友人と連れ立ち巡礼の旅 = 行動はいつも一緒 ” という数式が当てはまらないことは、ここまでの 5 回のコラムでお分かりいただけたでしょうか?

紙面には書いていないけれど、素敵な出来事ばかりではないのが巡礼の旅なのです。

Estella - Los Arcos - Viana - Logroño

西に向かって歩くので、太陽を背に歩くことになる。サングラスは不要だが、P さんのふくらはぎは真っ赤

15 年以上前に知り合っていて、毎日のように顔を合わせ、ここ 6 年ほど前からは買い物やプール通いを共にし、私が姉のように慕っている P さんとも、泣きながらの口論をしたのが、この巡礼の旅です。お友達と泣きながら口論する、ってこと、みなさんにはありますか? 「ま、お互い様だから、嫌なことがあっても黙っていよう」というスタンス、これは万国共通な考え方でもあります。筆者から見ると「大人の考え方」に思えるのですが、この巡礼の旅は、少し日常から逸れたものであり、素の自分が出てしまうこともあるので、つい小人に戻ってしまうのです。

 

巡礼の旅と人生をオーバーラップさせてしまうのは、あまりに哲学的すぎだとは思います。事実、それぞれの人の好みや習慣だけでなく、歩くペースも、食べるものも、必要なものも千差万別なわけですから…。

 

ということで、炎天下を歩く 7〜8 時間は、先になり、後になり、途中で休憩をしていたら追い越されたり、追い越したり、という感じで、ほとんど一緒に歩くことが少なくなってきます。その間に何を考えるか、というと、大したことではないのですが、やっぱりちょっと哲学してしまいます。

例えば、それぞれが、それぞれの人生を歩いているので自分のことしか見えず、ついつい自分だけが苦しい思いをしている、大変な思いをしている、悲しい思いをしている、と錯覚してしまう傾向って、ありませんか?  でも、自分に起こっていることは、他の人にも起こっている、とても普通のことなのだ、って、考えたことってありますか?  とか、こんなことです。多分、筆者の自己中心的な性格から、今になってこんなことを考えるようになったんだろうけれど、苦境を乗り越えるには良い考え方だと思います。

 

他にもたくさんのことをスペインの巡礼で学んだのですが、一つは、苦しくても辛くても、前に前に足を出せば、目的地に到着する、という事実です。確かな道を一歩一歩踏みしめて、できればたまには目線を上げ景色を楽しんだり、目線を下げて道の矢印を追ったり。自然の中を無心になってひたすら前進してみれば良いのです。そうすれば、スペインの明るい太陽と、人々の優しさが感じられるはず。誰かとすれ違ったり、誰かを追い越したり、追い越されたりするときには「¡Buen camino! (直訳すると「良い道を!」意訳すると「良い巡礼の旅を!」)」という祝福の言葉を掛け合い、お互いが励まし合うのです。

道標のみならず、道端にある目に付くものには、たいてい帆立貝か黄色い矢印が記されている。 後から来る者が道に迷わぬようにという配慮が嬉しい

また、万が一道標を見逃し、違う道に行ってしまったならば(実際に、分かりにくい道も数々存在します)、その時は元来た道を引き返し、新たに矢印を探せばいいのです。実にシンプルなのです。これを人生とオーバーラップさせない手はないと思うのです。

 

朝、眠い目をこすり、Estella(エステーリャ)を出発し、30 分も歩くと、ボデガ・イラチェ(イラチェのワイン蔵)の「ワインの泉」にたどり着きます。白々と明けた朝空が美しく、昨晩の夕食でいただいたワインがまだ体から出きっていないボウっとした頭が理解できないのも、それが、この「ワインの泉」なのです。石の壁に、「イラチェの泉」「イラチェのワイン蔵」と書かれ、その下には、二つの蛇口!  左が「ワイン」、右が「水」です。

この泉には説明書きがあります。

 

巡礼者よ!

もし、みなぎるパワーとバイタリティを持ち続けサンティアゴに到達したいのならば、この偉大なワインを一杯ひっかけていきなさい。そして、この幸せに感謝の杯を捧げなさい。

イラチェの泉

ワインの泉

 

蛇口から直接飲む技術を習得していない筆者は、本当は反則なのですが、コップを使って飲んでみました。また、大きな説明書きの下には、注意書きがあり、「このワインは持ち帰り用ではありません。お持ち帰りになりたい方は、隣接のショップまで買いに来てくださいませ」という趣旨の文章が。たしかに、ここに毎日ボトルを持って来れば、無料で毎日ワインが飲めますものね。いくら水よりワインのほうが安い、と言っても、それじゃあ、ワイン蔵さんの負担が大きいというものです。たしかに、朝からワインで胃を満たすには、背中のリュックが重すぎて、目的地までまっすぐ歩いていけるか、というのが不安ですね。というわけで、カップに注いだワインを飲み、お土産は無しで、後ろ髪引かれる思いで泉を後にしたのです。

蛇口からワインを飲むという発想がなかったので、戸惑う筆者。巡礼中持ち歩いているプラスチックのカップに入れての写真撮影

旅程は飛ぶのですが、Viana(ヴィアナ)村で再会するのが、大きな洗濯石鹸を持って巡礼をしていたLogroño(ログローニョ)市出身の夫婦と息子さん。行く先々で「ログローニョでは、うちに泊まってね」と誘われていて、「うううん、私たちは宿泊所のほうが良いんだけれど」と言っていたにもかかわらず、「あら、もう私のいとこたちが、ログローニョの郷土料理を作って、遊びに来ることになっているの。7〜8 人分は余分に作って持ってくることになっているの。あなた方も数に入っているのよ」ということで、半ば誘拐のごとく、ご主人の車に乗せられた私たち。

息子さんの方は、「さあさあ、君たちの Credencial を出して。近所の宿泊所に行って、スタンプをもらってきてあげるから」。「えええ?  それって、ズルじゃないの?」と言うと、「大丈夫、事実、君たちはログローニョに宿泊しているじゃない。大丈夫。」ということ。13 時過ぎから始まった昼食は、ワインとみんなのジョークで 3 時間以上も続き、「また飲みすぎちゃった」状態。今日のワインは、お母さんの従姉妹がぶどう園を持っていて、そこでできた自家製のものでした。

たしかに、大鍋が段ボール箱に入れられ、到着した模様。 たしかに、10 人分はたっぷりできていた、ジャガイモを中心とした煮込み料理

さて、ログローニョまできましたが、実は日本から参加の O さんと S さんは、ここで一旦巡礼の旅を終了し、帰国となったのです。ということで、このスペインと日本のゆとりの違いを書いてきた巡礼の旅も、ここで一旦終了ということにしました。筆者がトータル歩いた 800 キロ(200キロ を 4 度、ルートを変えました)のほんの一部でしたが、いかがですか、みなさんも歩いてみたい、と思われましたか?

筆者の後ろ姿。やはり帆立貝はリュックから下がっていないと、巡礼に見えない
スタンプが増えていく。途中の教会などにもスタンプがあるので、 それを押しながら、途中で増冊をすることも

次回は、何をテーマにしましょうか?

スペインのこんなこと、あんなこと、リクエストがありましたら、お知らせいただければと思います。

そうでなければ、筆者がまたまたテーマを選ばせていただくことになりますが、お付き合いいただければありがたいです。

いろんな方に応援いただきました。

これからもよろしくお願いいたします。

 

ロンセスバリェスで始まった巡礼の旅。Credencial(巡礼手帳)はここまで埋まりました。

 

¡Buen camino!

(ブエン・カミーノ、「良い巡礼の旅を!」の意)