スペイン語通訳・翻訳 / スペイン語講師

杉田 美保子

スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。...もっと見る スペイン・バルセロナ滞在27年を経て、2015年に帰国。
石川県金沢市でスペインの生活や、スペイン語の楽しさを細々と伝授中。「故郷」バルセロナとはリモートでの繋がりが中心となっている中、余暇に畑を耕したりしながら、日本の生活も楽しんでいる。
京都のバルセロナ文化センターのスタッフとしても、どのようにしてスペイン語の面白さをみなさんに伝えられるか、日々模索中。

スペインの教育文化スポーツ省認定のスペイン語能力試験 DELE の C1(上級)所持。

猛暑日で始まった8月1日。長袖、長ズボン、帽子で完全防備、そしてちょっと畑に出てトマトのお世話をしてみたら、10分も立って入られませんでした。「これが、『外での活動は危険です』という意味ね ?」と妙に納得し、おとなしくこのコラムを書き始めました。今日は寝坊してしまい、早朝に出かけられなかったのが敗因。普段は5時前起床、準備をして6時までには家を出発、そうすると、涼しいうちに、渋滞に巻き込まれずに移動できます。

すれ違いざまの挨拶、怪しい人?

外国に住んでいると、私のような外国人はとても目立ちます。私が相手のことを知らなくても、相手は私のことを知っている、という意味でです。なので近所を歩く時には、「¡Hola! (オラ=やあ!)」「¡Buenos días! (ブエノス・ディアス=おはようございます)」など、しょっちゅう挨拶を交わしていました。お隣さんであったり、よく行くスーパーの店員さんであったり、パン屋さん、薬局、などなど、挨拶を交わさない日はありません。それだけ、会った人とは言葉を交わす回数が多いのです。でも、自分の住んでいない地域に行くと、どうなると思いますか ? 「知らない人ばかりなんだから、挨拶なんてしないでしょ」と思われますか ?

サンツ駅の隣にある「スペイン工業公園」。スペインでは犬や猫を飼っている家庭が多いので、お散歩も盛ん

いえいえ、それがなんと、お店に入るたびに挨拶です。知らない人にも挨拶です。何しろ挨拶です。バス停で知らない人とも挨拶です。道を尋ねたりするときも、「すみません」の前に、「こんにちは」です。そしてその挨拶をきっかけに、様々な世間話が始まるのです。

その癖が、なんと日本でも抜けなくて、困っています。

早朝5時半から6時に家を出て、駐車場まで100メートル。大通りを渡り、ちょっと上り坂の道を歩く間、何人かとすれ違います。犬の散歩の人、ジョギング中の人、出勤途中の人、など。その日によってすれ違う人の数は違うのですが、細い歩道ですれ違うと、つい「おはようございます」と言ってしまいます。もちろん、向こうの方の反応は「………」なのですが。

スペイン広場から伸びる「サンツ通り」。建物の壁のグラフィティーが、殺伐とした工事現場を賑やかに見せる。バス停でバスを待つ人々とも「遅いわね」とかなんとか、会話が始まる

スーパーやドラッグストア、これも私は「困ったお客」になるのだろうか、と(本人はいたって気にしていないのですが)想像しながらも、レジに着くと「こんにちは」「こんばんは」などと言ってしまいます。さすがにレジの方はお客さんに対応しているので、「こんにちは」「こんばんは」とお返事がありますが、現在の感染症対策のビニールやプラスチックの仕切りで、ほとんど会話が聞こえない状況です。あ、そっか、会話はダメなんだったっけ ? と、何度自分に言い聞かせるか。なんとも寂しい社会になってしまいましたね。

カタルーニャ広場にある宝くじ売り場。まずは、オラ ! と挨拶。夢を求めて、多種多様な宝くじの中から選ぶのも楽しい

でも、子供の時、「ちゃんとご挨拶なさい」と言われたような記憶があるのですが、あれは私の思い違いなのかしら、と思い始めてしまったのも事実です。

かれこれ25年前に知り合った、やはり欧州での滞在経験のある友達がいます。彼女は私の帰国に前後して日本に戻り、それからも頻繁に連絡を取り合っているのですが、今回の私の疑問を的確に説明してくれました。あまりものを考えない筆者、誰かがブレーキをかけてくれないと、大暴走を起こしてしまう、ということを感じ、いろいろなことを相談します。今月のコラムは、彼女の助けがないと、ただの不満の話になってしまうところでした。いつも素敵な方々が周りにいてくれて、感謝 !

レンフェ(スペイン鉄道)とメトロ(地下鉄)の線路の下をくぐるトンネル。どんなに壁を修正しても、グラフィティーは減らない。早朝だと、1人で通るのはちょっと怖い。だから、誰かとすれ違ったら、ブエノス・ディアス !

やはり、私はなんでも誇大勘違いをするようで、「あら、美保子さん、子供の時の躾では、『知っている人にはちゃんと』ご挨拶なさい、だったと思うよ」と修正が入りました。そうですよね。いきなり知らない人に挨拶しちゃうと、相手方もどうリアクションすればいいのか、戸惑いますよね…。はい。「そして、お礼は全般的に、よね」とも。

彼女の洞察力というか、考え方がとても豊かで、これも今回学んだことなのですが、「ある意味、欧米での挨拶って、『私は敵ではありませんよ』の裏返しだと思うのよね」と教えてもらいました。そっか、だからハグしたり、握手したりして、「武器は持っていませんよ」みたいな挨拶をするのね、と、勝手に想像を膨らませて行く筆者。

市場はカーニバルの飾り付け(2011年3月)。魚・魚介のコーナーには、10軒ほどの専門店が入っている

日本では、スーパーマーケットで用事が済むので、専門店というところにあまり行かない筆者です。でもスペインでは市場に行くことが多く、その市場の中には専門店がひしめき合っています。鶏肉、卵ならば「鶏専門店」、生ハムが欲しいなら「豚肉・腸詰専門店」、魚なら「生魚店」、魚介なら「魚介専門店」と、それぞれのお店が特色を出します。最近は「精肉店」で全てのお肉が買えるようになってきましたが、それでも専門化はしています。

それぞれのお店で順番をつき、自分の番になると「¡Buenos días!」もしくは「¡Hola!」と挨拶をし、「この生ハム(一般的にJamón serrano (ハモン・セラーノ)と呼ばれるが、たくさんの種類が存在する)、200グラムくださいな」と注文が始まります。接客が始まると、世間話にも花が咲き、着々と買い物が進みます。「¿Qué más? (ケ・マス ?=他に何か ?)」と聞かれ、「Nada más. (ナダ・マス=他には何もいりません)」と答えてお会計。もちろん、買い物が終わると、しっかり「¡Buenos días!」とご挨拶、です。

缶詰・瓶詰、鶏肉・卵、青果、魚・魚介、専門店となっていて、カーニバルの日は市場全部が仮装

さて、ここで不思議なことに気づきましたか? 「¡Buenos días!」ブエノス・ディアスとは、「おはようございます」と訳されることが大半です。朝、初めて会った人への挨拶だという認識のもと、交わされる挨拶ですね。でも、実は「良い1日を」という意味でも使われるのです。Buenoが「良い」、díaが「日」、それを複数形にしてBuenos días。この、なぜ複数形になるのか、という点を調べてみましたが、いろいろな説があるようで、ここでは説明しません。というのも、スペイン語の「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」は、他言語とは違い、唯一複数形になる挨拶なのです。(例:Bon dia(カタルーニャ語)、Good morning(英米)、Buon giorno(イタリア語)、Bonjour(フランス語)などなど)

何れにしても、会った時にブエノス・ディアス、別れる時にブエノス・ディアス、案外便利な挨拶だとは思いませんか?

日本には、「ごめんください」という言葉がありますね。おうちを訪問した時などに玄関で声をかける時に使われるのがこの言葉ですが、よくよく考えると、「ごめん」と言っているので、謝っているような気がします。また、お店で店員さんを呼んだりする時には「すみません」と言うのをよく聞きます。これにも、謝る意味が入っていますよね。どうやら、日本の文化は、自分の非礼を詫びる感じで、挨拶に発展して行ったのではなかろうか、という結論になりました。

ワンちゃんがきっかけで、挨拶から会話に続く。かなりの家庭に愛玩動物がいるので、共通話題となる

スペインでは、相手の良い1日を願っての「おはようございます」。日本では、「早くからご苦労様」と言う労いの気持ちからの由来。同じ挨拶でも、語源や元々の意味が違っているのは面白いなぁ、と思いました。ただ、やはり早朝誰かにすれ違うと、「おはようございます」と言っちゃう癖は抜けそうにないので、明日はスペイン語で「ブエノス・ディアス」と言ってみようかしら、なんて想像し、1人ニヤニヤ。…いやいや、それはやっぱり…、しないかな…。

さて、コラムのテーマが抽象的な今月は、なかなか的確なものが見つからなかったのですが、これまでに撮りためた、新型コロナ感染症が始まる以前の写真のアーカイブを使用させていただきました。ここまで読んでくださって、ありがとうございます !

では、今日もよい一日をお過ごし下さい ! ブエノス・ディアス !

今月のフレーズは
¡Buenas tardes! (ブエナス・タルデス)
「こんにちは ! 」
¡Buenas noches! (ブエナス・ノーチェス)
「こんばんは ! おやすみなさい ! 」

≪ 写真協力 ≫
Salvador Barrau氏